幼なじみの衝撃(8)
9月 4日 (火) 8:21
「いつにも増して浮かない顔してんね。」
ずっと目を開けてはいたのだが、こうしてツヨシに声をかけられるまで、
コイツが目の前に迫っている事には気が付かなかった。
しかもツヨシは、朝は話しかけてこない事が多い。
よっぽど最近の俺は物思いに耽る、その程度が尋常じゃないらしい。
「……状況の変化に対応しきれなくてな。」
「ちょー創作っぽい言い方じゃん。」
実際に創作だがな。しかし疲れた……。
ツヨシが俺に話すよう促している気がするので、話しておく。
「例の二人、恋人じゃなかったそうだ。」
「……ふーん。なんかよく分かんない付き合いしてんだね。」
ではなんなのか、とツヨシが追求しなかった事には素直に感謝を述べたい。
他人のプライベートを話すことにはそんなに気持ちの良いことじゃないからな。
もう少し話の続きがしたい気はしていたのだが、
それは俺の精神的にも、時間的にも無理のようだった。
まもなく時計は二十五分を差し、担任の水郷先生が元気よく教室に入ってくる。
ツヨシはのんびりと席に着く。
うちのクラスの生活委員は流河だから、相当厳しいらしい一年一組の勝村と違い、
チャイムと同時に着席の管理を行ったりはしないのだ。
水郷先生が伝達事項をつらつらと述べ終わった所で、大量の紙を取り出した。
「とりあえず今、数学の夏休み明けテスト返却するぞー。」
それはアンタの授業中にやってくれよと思ったものの、
俺は得意教科で点数も良かったので、よしとしてやろうじゃないか。
それに対して憂鬱なのは三・四時間目の体育だった。
嫌いじゃないんだが文化系の俺は足を引っ張ってばかりで、
周りからいつも白い眼で見られてしまう苦痛の時間だった。
一方ツヨシはというと、前にこそ出ないもののスポーツは得意であって、
しかもうちのクラスは万能少年神崎や、バスケ部の一年エース梓宮、
剣道部の主砲流河、それから野球部の期待の新人藤原など、
スポーツ万能が揃いも揃っているため、
体育の時間ばかりは俺では無くそいつらとつるむ事が多いのだ。
ちなみに体育は一年二組と合同で行う。
うちのクラスと比べて体育得意な奴は少ないが、
スポーツ馬鹿の竜飛と、おなじみ住田。……ヨウジだな。
やっぱり体育が得意な者同士、先生からグループ分けを任されたりなんかして、
今日も二学期初めの授業という事でグループ分けがあり、
その中で、流河・神崎・竜飛が三人で話し、梓宮と藤原が相談を始め、
それから……ツヨシとヨウジが何かしら話し始めているようだった。
ツヨシは俺と気が合うくらいだから、俺の幼馴染ともきっと気が合うんだろう。
今日はバスケ。俺の最も苦手とするスポーツだった。
チームが五人と少ないから個人の役割が重要になってくる上、
コートが狭いため動かないと目立ってしまう。
しかも常に走り続けるスポーツの一つだ。拷問かよ。
運悪く俺はあまり親しくない連中とグループが同じになってしまい、
おっとクラスの大半と親しくないじゃないかとかツッコむなよ。
二クラス八十人を収容する巨大な体育館で、小さく縮こまっていたのだった。
試合が始まって気持ち悪い冷や汗をかいている間に、
隣のコートでは試合が終わったらしくヨウジとツヨシが話している。
そのまま水飲み場へ仲良く向かうようだ。
ちょっとはこのぼっちに意識を向けてはくれないかね。まったく。
そうこうしている内に何故かボールが手元に回って来て、
焦って味方を見定めている内に敵側の竜飛にボールを奪われ、
鮮やかにゴールを決められるのだった。やっぱり拷問でしかないぞ。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「そういや宇野お前、達也から何か訊いてんのか?」
この機会に、と住田洋次は遠回しに事実確認を行った。
宇野剛司は友人を思って「何も」ととぼける。
「嘘つかなくていいって!お前らほど仲良かったら何でも言ってるだろ!俺もそれくらい分かってるさ!」
どうも怒るつもりじゃないらしいと考えた宇野は、
水を飲みつつ顔に水を掛けた所で、割り切ってこう言った。
「……ならちょっと質問していー?」
「どうぞお構いなく!」
「今のお前らの関係って、お互い同意の上なわけ?」
予想を超えて核心を突く質問に対して、住田は少しひるむ。
宇野は顔色を特段変える事も無く、ただ住田の目をじっと見ていた。
「例えばさー、テル君嫌がってんじゃないの?」
住田は一度蛇口に目線を移し、それから水を含んでから、
タオルで汗を拭いながら笑顔で答えた。
「それは俺に訊く質問じゃないと思うぜ!」
「お構いなくっていうから言ってみただけだって。ま、そこまでタツヤから聞いたわけじゃないし、俺の想像だから気にしなくていーよ。」
先にコートへと駆けていく宇野に対して、
住田は宇野の意外な鋭さに驚きながらも、微かに笑った。
○ ○ ○ ○ ○ ○
拷問の体育が終わって、一同は教室に戻って着替え始める。
運動部の奴らはさすがに高校生男子らしい筋肉がついてきてるようだが、
文化系の俺はと言うとメタボ気味だよ、まったく。
明日から筋トレでも始めるかな、って体育が終わる度に思ってる気がするぜ。
ふと廊下に面した窓を見ると、そこにネガティブコウタが立ち尽くしていた。
弁当箱を片手に、何ともいえない表情を浮かべてこっちを見ている。
もう四時間目が終わった所だから昼休憩か。
「コウタか。俺の肉体美でも見に来たのか?」
「え……あ、いや……申し訳ないんですが全然興味ないんで。」
「そうかよ。ま、悪いが着替え終わるまで待っててくれ。」
「あ、了解です……」
笑っているように見えない愛想笑いをした後、コウタはこちらに背を向けた。
しかし腰が低い割には素直なやつだ。
早くも着替えを終えたハロハロツヨシが弁当箱を持って近づいてくる。
「ハロハロー。タツヤは今日パンツ赤じゃん。勝負パンツ?」
「よく気づいたな、今日は彼女とホテルデートだからさ。」
「妄想乙。お、コウタじゃん。もう入って良いんじゃね?」
なら訊くなよ。ツヨシがいかに適当な感想を述べたのかよく分かるものだ。
コウタは何故か顔を赤くしながら教室に入ってくる。
俺はベルトを締め終えて、二人に続いて席に着いた。
その時、どうしたものかどうやら大きなため息をついたらしく、
ツヨシとコウタは共に俺に注目していた。
「最近ずっと悩んでんね。またテル君とヨウジ君?」
「……ああ……まあな。あいつらセフレだって言うもんだからよ……」
思わず口が滑ったぜ。チクショウ。