幼なじみの衝撃(7)
9月 3日 (月) 20:12
今日一日でこんなにも一人の友人のイメージが変わるとは思わなかったよ。
人はこうして大人になるんだなと実感したね。まったく。
俺は机に向かいながら、あの顔を頭に思い浮かべた。
いつもの表情でありながら、あの言葉。
「気持ちいから」というのは男の欲望丸出しじゃないか。何という事だ。
あのクセっけのある天然パーマの前髪をいじるあの姿が、
お花畑で花をかき分けるほんわか天使系のイメージから、
身づくろいに余念のないチャラ男のイメージに変わってしまった。
ああ昔のテルよ、帰って来てくれはしまいか。
あのキスを見てから、あの突っ込みをしてからというものの、
俺は大分悩まされている。一生知らないままの方が良かったかもしれない。
納得は……したと思うけどセフレって何だよオイ!
心の中の突っ込みと同時にベッドに身を投げ込んだ俺だが、
携帯の鳴る音がしてすぐに起き上がらざるをえなくなる。
画面には「リョウスケ 着信」という文字が表示されていた。
「……もしもし?」
『よお。元気か。』
「……まあな。」
『そうか。俺の誘いを断って勉強したテストはどうだ。』
そういえばそんな事もあったな。
たくさんの事件がありすぎて忘れてたぜ。
結局ロクに勉強をしなかった事は伏せておこう。
「準備不足がたたったよ。」
『そうか。じゃ心置きなく遊べるな。明後日とか学校帰りにどうだ。』
「……結果の悪いテストを持って遊ぶ勇気は俺には無いな。」
『マジか。そういや昨日ショッピングモール行ったんだけどさ、』
大方どうでも良い話にようやく入ったので紹介しておこう。リョウスケだ。
お待たせしました俺の幼馴染最終号。一応今は俺と一番仲が良い。
しかし一緒に登校しないのは、若干方面が違う上、遅刻の常習犯だからだ。
そして一緒に下校しないのは、水泳部でハードな練習をしているからで……
『聞いてんの。』
「あぁ悪いな……」
『何か悩んでるな。』
「いや、その……まあ、いや……」
訊きたい。こいつはテルたちの事実を知っているのかどうか。
訊いてしまって良いのか?
プライベートを他人にペラペラ言いまくる俺は最低な奴なんじゃないか。
だがリョウスケは、俺にとって距離の近い友達だ。
それにテルやヨウジの問題は、こいつにとっても他人事じゃないはずだ。
「……秘密は守れる奴だっけ?」
『守るよ。』
「……じゃあ、まあ……うーん……その。」
『何。』
「いや、テルとヨウジの事なんだけど……知ってるか?」
『テルとヨウジがどうした。』
急かすリョウスケ。低い声のトーンは変わらない。
俺は自分でも、俺がドキドキしている事に気が付いていた。
「……いや、セフレ……だったらしい……んだが。」
リョウスケからの返答が途絶えた。
……知らなかったか。無理もない。
俺も随分驚かされたし、テルとヨウジとは最近距離の遠いリョウスケなら、
尚更の事だろう。
『色々あるんだな。』
俺はその返答に苦笑した。こいつはいつも通りのリョウスケだった。
最近テルとヨウジの変わっていた関係、テルの性格など、色んな変化を体験して、少し肩身の狭い思いをしていた所だ。
「……まぁ色々あるんだろうよ。」
『だな。それ本人たちから聞いた情報なのか。』
「……テルから。この前キスシーンを目撃しちまって、それから今日テルに本当の事を聞いたってわけだよ。」
『へえ。』
リョウスケは電話先で固まる癖があるので、俺は対応に困る事がある。
今まさにそれだ。しばらくリョウスケからは返答が無かった。
「……生きてるか?」
『ああ。テルって結構嘘つきだよな。』
長い沈黙の後がそのコメントか。確かにな。
俺も随分あの雰囲気とのギャップには驚かされたよ。
「……まぁなー。あれは騙されるよなー。」
『いや。多分タツヤの思ってる意味じゃなくて。実際に嘘をつくから。』
「は?」
『試してみて気づいたんだけどよ、テルは嘘つく時に癖がある。』
「……そんな単純な。」
『わざと嘘つかせてみて試したことあるから本当。』
「それで、どんな癖だよ?」
『前髪イジるんだよ。嘘つく時だけ。』
そう言われてみれば、テルが前髪を弄る場面をよく見かけた。
それはヨウジとの関係が恋人だと言っていたころの事だ。
テルが「セフレなんだ」と言った時の表情が浮かんだ。
……確かではないが、前髪を弄っていなかった気がする。
だが、あの時は鮮明に覚えている。あの時は、前髪を弄っていた。
どういった理由でセフレになったのかと訊いた時だ。
「気持ちいから~。」あの時、テルは前髪を弄っていた。
それは確かな記憶として俺の脳内に焼き付いている。
……セフレになった理由が、他にある?隠さなければならない本音を、テルは持っていると言うのか。
『何か思い当たる事あっただろ。』
「……確証は持てないがな。」
『セフレって言ってたのは嘘だったか。』
「いや、それはどうも本当らしい。少なくともお前の推察が正しければ、テルは前髪を弄っていないからその部分については嘘はついてないはずだ。」
『へえ。』
配慮してくれたのか、リョウスケは何が嘘だったのか訊かなかった。
いや、コイツは結構単純だから、配慮したわけではないだろう。
恐らく単純に関心が薄いのだ。テル達に今でも頻繁に会う俺と違って。
『俺はぶっちゃけどっちでも良いかな。セフレだろうが恋人だろうが。所詮あいつらの問題だしな。』
俺の読みは当たっていたようだ。
コイツと違って無関心を決め込むには近すぎる距離の俺を何とかしてくれ。
『タツヤもあんま気にしなくて良いだろ。向こうからヘルプかからない限りさ。』
「……その忠告、受け止めとくよ。」
『だな。じゃメシだから。』
「おう、またな……。」
電話を置いて、部屋が静寂に包まれた。
嘘をつく癖については俺は気付けなかったから、大きな収穫だったろう。
だがテルはどうして本音を隠したのだろうか。
よりによってセフレになった理由という部分で。
落ち着いて考えてみれば、セフレとは快楽を目的とするだけの関係なのだから、
快楽が目的であってそれ以外に何もないのが普通なんじゃないか。
……俺の思考はまたもや複雑化しながら、夜が更けていく。