俺の嫌いな引っ込み思案(1)
第四部「さびしーじゃん」を読むとより分かりやすいです。
11月28日(水) 18:49
市民プールにて
腕を振り上げ、水をかくごとに、天井が少しずつ動いていく。
辺りは水の無音に包まれて、ただその一ストロークの事以外何も考えられない。
見覚えのある天井の紋様。そう、ゴールは目前。
「……良助、1:06:35!落ちてるぞ!」
「……スンマセン。」
水から上がった時、一瞬ヒヤリとするこの感覚が嫌いだ。
ズレたパンツを少し上げつつ、耳で聞いたタイムを目で確認してみた。
少しずつタイムが落ちてってるな。
このまま落ち続ければコーチの指導が入る。ダルいね。
向こうから留次(フリーの一年エース)が歩いて来るのが見えた。
「バックは二・三年も大した事無いから良助にかかってるッスよ?」
「一種のブランクだな。そこまで心配しなくても大丈夫だ。」
留次は水泳にのめり込んだのが中学からと遅いけど、
才能があって期待されている、俺とはかなり違ってる選手だ。
だからこそ留次とは話が合わない。
チームメイトだけど、無理に合わせようなんて思った事もない。
留次を振り切って更衣室へと戻ろう。今日はもう終わりだ。
プール端まで歩いて行こうとすると、先輩マネージャーに呼び止められる。
「……あの、良助君。」
「どうしました。」
「……お疲れ様、これ良かったら食べて。」
手渡されたのは手作りクッキーの入った箱だった。
去って行く彼女の後ろ姿が印象に残った。
正直彼女の気持ちが俺に向いてるって事はよく分かるが、
俺はあの人を好きにはなれないな。
だいたい、俺は引っ込み思案が人間として好きじゃない。
彼女はよく何か言いたげな目をしてこちらを見ている。
その眼差しが、疲れた体に……時にうざったく感じるもんだ。
濡れた水着を脱ぎ、身体をよく拭いてから、学校の制服に着替えた。
今日は帰りにショッピングモールでも寄ってみるか。
何か面白いゲーム出てるかもしれないしな。
11月28日(水) 19:27
ショッピングモール 本屋にて
「おっ、良助か?奇遇だな。」
ゲームを見終えて攻略本のコーナーをうろついていると、
横から声を掛けられた。ちょっと予想していなかったが達也だった。
「今練習帰りか?」
「そうだ。達也がこんな所に居るのは珍しいな。」
インドア派の達也はあまり人の多い所を好まないが、
手に持っているものからここに来た理由が分かった。ラノベの追加だ。
またいわゆるオタク系のラノベがあの本棚に加わるんだな。
確かに自動でラノベが本棚に追加されるはずないか。
こうして買い物する事もあるのか。達也にしては新鮮だ。
「良助は何か興味ある物でもあったかよ?」
「特にないかな。新しいゲームも特にこれと言ってなかった。」
「お前ホントゲームばっかりだよな。勉強もちょっとはした方が良いぞ?」
「達也が勉強始めたのは最近だろ。それも周りに手伝ってもらって。」
「言ってくれるぜ……。俺が教える事もあるんだぜ?」
「落合にお前の得意な数学をだろ。あいつは文系志望だろ。」
「おいおい、俺のアラを探さなきゃ気が済まないのかよ?」
「いや俺の周りにはテルしかいないからな。勉強する機会も無いわ。」
「ああ、テルか……」
ショッピングモールのエスカレーターを並んで降りていく。
達也が急に押し黙った。何か考え中なんだろうな。
俺も特に何も喋らず一緒に歩いた。すると達也が訊いてきた。
「……恒太とテルが話してるとこって見た事あるか?」
「いや無いな。そこまで注意深く見てないが、あまり話してないと思うぞ。」
「なるほどな。たまに話すらしいんだが、恒太が普段何話してるか教えてくれないんだよ。」
大した話題じゃないからだろう。変に気にする必要も無いと思うけどな。
達也がまた悩み始めた。そんなに落合に秘密にされるのが嫌なのか。
「好きな奴とか隠してんじゃないのかと思ってよ。まったく、俺には言わないくせしてよ。」
会話が少ない時点でそれは無いだろ。いやこれは口に出しても良いか。
「よく分からないが、テルに話してお前に話さない事は無いと思うぞ。」
「そうか?けどやたら口ごもるんだ。よく好きな人聞くんだけど、何か隠してやがるんだよ。まったく。」
……なるほど、そういう事か。
落合の奴、やたら達也と接点を持ちたがると思えば……。
本当に何となく考えていた可能性が、リアルになってきた。
――落合は達也のことが、本当に好きなのかもしれないな。
「ん、どうした良助?」
「何も。そろそろ分かれ道だろ。」
踏切を渡ったら、俺は寮や駅がある南側へ向かい、
達也は学校やテル達の家のある北側へ向かう。
ここから大して離れてない俺の家だが、学校から帰る時、
達也とルートが違ってしまうのは、何というか非常に心配だ。
「じゃあまたな、今度遊ぼうぜ。」
「ああ。」
達也は純粋である。誰がどう見ても純粋だ。
だからこそ、誰かに騙されたり変な知識を入れられたりして、
その純真な人生を邪魔してもらいたくないと俺は考えている。
別に俺は達也に気があるわけじゃないが、非常に心配している。
特に洋次とは一緒に居させたくないが、そこまでつるんでないから良いとして。
代わりに宇野と落合、二人とよくつるむようになったが、
宇野は普通の奴でクラスメイトだから仕方ないと思えるものの、
落合がわざわざ毎回会いに行き、達也の日常に頻繁に登場するのは、気になっていた。
するとどうやら、いかがわしい目的で達也に会いに行っているようではないか。
……これは非常にまずい。達也にその道に堕ちさせるわけにはいかない。
別にホモを差別するわけじゃない。テルや洋次だってホモだ。
だが達也は違う。ホモになってしまうのは何としてでも防がなければ。
ホモになんかなってしまったら、清純な人生が完全にメチャクチャだ。
……手を打とう。少々強引な手を使っても良い。
どうにかこちら側に引き戻す。そのための計画を立てるぞ。
今の所達也の方から五組に来ることはめったにない。
全ては落合のむなしい片思いなのだ。これを上手く利用しよう。
いざとなったらテルにも協力してもらうか。
よし……「達也リカバリー計画」を開始する。
(※おバカなのでたまに意味不明な行動に出る脇坂良助君ですが、
皆様温かい目で見守ってやってください。)




