さびしーじゃん(4)
10月31日(水) 12:29
昼食時、それは恒太にとって、
達也と話せる数少ない機会で、とても楽しみにしているらしく、
直前の体育から即効で着替えて、既にここに加わっていた。
達也はだるそうな顔をしながら昼食を食べている。
特に面倒な行事は何もないはずだが、達也はいつもこんな様子だ。
今は一旦会話が止まっているので、そういう時には恒太がそわそわし始める。
何か自分が話題を提供したほうがいいのか、でも上手く話せるか、
そういった事を恒太は必死で考えているのだろうと予想がつく。
三組は体育会系クラスということもあってか、昼食時の話し声はとても大きく、
ここが静かになると周りの大声がよく聞こえてくるものだ。
「よっ!お邪魔させてもらうわよ!」
「ハッ!仕方ないから愚かな人間の群れに加わろうではないか。」
そんな空間に、不確定要素が二人、入り込んできた。
俺が座っている横に、勝手に椅子を持ち出してきて、今にも座ろうとする。
ウェーブの黒髪美女、綿華と、クールな蒼髪男、上川だった。
「あれ、何で普通に加わってきてんの?」
「まあイイじゃないうのぽん、みんなで食べた方が楽しいわよ!」
「……う、うのぽん?」
「ハッ!まあ綿華女子は変なニックネームを付けることがあるからな。あまり気にしないでくれたまえ。」
とてつもない勢いだった。一気に空気が変わった。
ただ逆に、恒太と達也はどう反応したらいいかわからず困っているようだった。
そもそも綿華は恒太と面識がなく、上川は達也と面識がないはずだ。
それで二人は困っているのだろう。綿華たちもその事に気がついた。
「自己紹介タイム!私は綿華、一年四組、美術部所属!よろしくー!」
「ハッ!名乗る程でもあるが、私は神だ。よろしく。」
「あの、自己紹介がおかしい人が居たんですけど……」
「ハッ!君たちも名乗ることを許可するぞ!」
一応突っ込んだ恒太だったが、あっさり上川に無視されていた。
恒太がこんなにも上川と距離が近くなっているのは、
昨日さりげなく逃げた俺と違って、夜中まで上川の「神様体操」なるものに、
ずっと付き合わされた上、部屋に戻る時ドアの開閉の音をさせたせいで、
菊池先輩を怒らせたばかりか、翌朝、上川は堂々と訪ねてきて、
菊池先輩が出ていたから良かったものの、また神様体操を踊らされ、
もう恒太の人見知りレーダーは吹っ切ったようである。
「あ、俺は長瀬達也。どうも。」
達也がいつもとは全然違う話し方で挨拶して若干気持ち悪かった。
続いて俺が適当に頭を下げて「宇野剛司ですー」と名乗っておく。
それから恒太がかしこまった挨拶をして、一通り紹介が終わった。
「しかし、お前ら変わってるよな。何なんだよ。」
相変わらず率直すぎるが、達也のその気持ちはよく分かる。
こんなに人見知りしない連中は他にないだろうし、
いわゆるクラスの隅っこグループの一つであるここに加わってきたのだから。
「だって、体育の後の男臭いにおいには私耐えられないのよ。それで水曜のこの時間は、いつも避難先を探してたってわけ。そしたら三人がここで食べてるじゃない?今度から加わらせてもらうわ。」
「ハッ!五人で食べるには狭いぞ。神にもう少し広い空間を提供し給え。」
「神様は黙ってて。ま、いつも居たら邪魔だと思うから週一のこの時間だけにするから安心して!あ、何なら私の胸でも揉んどく?」
「綿華さんって若干痴女に近いんじゃね?」
「うのぽんったら照れ屋ね。いま揉んどかないでいつ揉むの?安定した揉み先があるなら私にもちょうだいよ。」
「もはや変態じゃね?」
ところでその時、上川と綿華が同じ弁当箱を使っていることに気がついた。
それは二人が揃えているわけではなく、俺や恒太とも同じ、
つまり、寮生が寮のご飯を持ち込むための弁当ケースだった。
「綿華さんも寮生なんだ?」
「あらそうよ。百合寮は楽しいわよー。上級生が不埒な格好でうろついてるわ。まさに花園。」
「恋愛対象が同性だと、そういう面で得だから良いな。」
達也がおそらく何の気無しに言った言葉は、色々波紋を呼ぶだろう。
綿華も不快な反応を示すかと思ったが、何故か笑っていた。
「たっちゃんったら純粋ね。彼女居た事ないでしょ。」
「たっちゃ……ってそうだよ悪いかよ!何で分かったんだ?」
「そりゃデリカシー無いからよ。」
俺たちが密かに思っていた事をズバズバ気持ちいいほどに言う綿華。
達也はキョトンとしている。第一デリカシーという言葉を知っているだろうか。
恒太も、先ほどの達也の発言(恋愛対象云々)には傷ついたようで、
勝手に一人ネガティブに突入し、明日地球が終わるような顔をしていた。
上川は時折「崇めよ!」と叫びつつ食事していた。どうかと思うが。
いつの間にかこうして賑やかな集まりになってしまったが、
孤独を好む達也を除いては大方この事態を楽しんでいることだろう。
寮に帰ると、本当に上川があんなにもクールぶっていたのは、
単純に綿華しか友達がいなかったからだと実感させられるくらい、
俺と恒太に構ってきた。彼は食事になっても、なかなか席につかない。
「早く座れば良いんじゃね?」
「ハッ!神が座れば、近くを通る愚民が神を見下すではないか。だから全員が着席してからと決めているのだよ。」
「じゃあ俺しばらく立ってようかな。」
「愚民がァァ!」
「……前から思ってましたけど、剛司さんは打ち解けるの異常に早いですよね、初めて会話したのが昨日だったなんて思えませんよ……。」
「そう?単純に恒太が引っ込み思案なだけじゃね?」
「そうだぞ落合男子。君は信仰の布教を任された重大な幹部なのだ。もっと積極的に他者に話しかけ、布教を勧め給え。」
「あの、布教を任された覚えも、あなたを信仰した覚えもありませんが……」
「ハッ!それでは今からすると良い。神様体操!」
鈍い音が聞こえたかと思うと、上川は泡を吹いてその場に倒れた。
一方恒太は落ち着いている。彼は何かと暴力で解決することが多いのだ。
「……やっと大人しくなりましたね。」
「大人しくさせたの間違いじゃね?」
「ところで、どう思いますか?今日の達也……」
やはり引きずっているようだが、別に特段気にすることもあるまい。
恒太は完全にネガティブな世界に入りきっているのだ。
「プラスに考えたらよくね?前よりもゲイに対して抵抗無くなってんじゃん。もうちょっと毛嫌いしてた気がするけどね。」
「……だと良いんですけどね、はは。」
「その乾いた笑い気持ち悪いんだけど。」
「剛司の食べ散らかした米粒の方が汚いですよ。」
「で、今度綿華さんに相談してみたら良いんじゃね?」
「……僕が女子に話しかける勇気を持っているわけないじゃないですか★」
「綿華さんは経験者っぽいし、俺よりお前の事分かってくれると思うけどね。」
恒太は複雑そうな表情をしていた。
ただ、綿華さんが俺よりもそういう恋愛について詳しいことには間違いない。
自分が言える内容にもそろそろ限りがあると感じてきた頃だし、
こうして相談相手を増やすことは恒太にとってかなりプラスになるはずだ。
恒太は何とかやってみますね、と言ってそのままフラフラと立ち上がっていく。
フラフラしてるのは珍しくないが、「無理」と答えておきながら、
「やってみますね」と答えたのは初めてで、違和感は拭い去れなかった。