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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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月と太陽(10)



『よお。』


ちょうど話したい事がいくつかあったので、

僕にとってこのタイミングでの電話はありがたかった。

良助はいつものトーンで語りかけてくる。


『なんかあったか。』

「うん、ちょっとね~。洋次のところに行ったんだけど~。」

『展開早すぎだろ。』

「自分でもそんなつもりなかったんだけどね~。」


洋次に対してうんと言ってしまう前までは、

こうして洋次の家に行くのはもっと先のことだと思っていた。

けれど、成り行きでこうなってしまって、そしてキスをされたわけで。

そうした話を、出来るだけ状況をちゃんと描写しながら、

僕は良助になるべく漏れなく全て話した。



「……洋次も分かりやすいよね~。」

『何がだ。』

「僕のこと、正確に言えば僕の身体を、利用してるだけだって事だよ~。」

『それはとっくに分かってた事だろ。お前がそれを認めようとしなかっただけだ。』


確かに最初から、そうだった。

ただこうして冷静になれる機会があまり無かったから、気付けなかった。

そうだ、洋次だけじゃない、自分だって愚かだ。


「そしたら僕も利用しちゃって良いかな~?洋次の頭の良さを、僕のテスト勉強に活かすためにさ~。」

『良いんじゃないのか。最初からお前らそういう関係だろ。』


上手く割り切ることができなかったけれど、そうだ。

洋次との関係は、もともと僕が洋次の力を借りなければいけなかったから、

こうして続いたわけであって、契約のようなものだ。

もちろん一度も口に出して言ったことはないけれど、

僕が身体を彼に預ける代わりに、彼は僕に勉強を教える。

ずっとそうやって来たんだ。……今更確認するのも可笑しい話。


「でも、なんか洋次も堕ちたよね~。」

『何でだ。』

「僕を引き止めるために、また利用するために、キスとかしちゃってさ~。」

『あいつなりに必死なんだろう。』


良助は口では洋次に同情するような言い方だったけれど、

多分本心からではなく、この場上の発言なんだろう。

僕は深くため息をついた。なんだろう、この気持ちは。


「でも、なんかガッカリだよ~。」


そう言ってもう一度、ため息をついた。

洋次は人間としてレベルの低い男だったのか。

改めて、そう認識してしまったから……。


『ガッカリって何だ。』



急に良助の声が大きくなったような気がした。

それほど、その言葉は僕の中にジーンと響いた。


「え、だって……」

『利用するだけなら、ガッカリしないはずだろ。俺と同じように、もしテルが本気で洋次を嫌いなら、ガッカリしたりはしないぞ。』

「…………」

『それにお前が拒んだあの時、あんなに後悔したのは何でだ。』


僕自身、まるでこの場にいない様な感じを受けた。

良助がいつにもまして、よく喋る。

その一声一声が、徐々に僕の真実をこじ開けていく。



『お前は「利用する」と言ってるが、そろそろ気付いたほうが良い。』

「……何に?」


その返答は返ってこなかった。それより、僕はどうして慌てているんだろう。

なんにも慌てることなんてないはずだけれど。


『他にもあるぞ。どうして今日キスを拒まなかった。拒もうと思えば拒めた。もっと言えば、その身体の関係もだろ。』

「…………」

『ちゃんと追及しておこう。逆に、どうしてこの前拒めたんだ。』


この前同じ質問をされた時に答えた、「何でだろうね~」という答えは、

やはり良助には納得がいっていなかったようだ。

なるべく隠しておこうと思ったことなのに、

どうして隠そうと思ったかは分からないことだけれど、

ただ今は自然と口が開いた。


「目を、見たんだ。」

『目か。』

「洋次は、目を閉じてた。きっと、まだ洋次の中にはカナちゃんが……」


『身体の関係だけなら、そんな事どうでもいいだろ。むしろ、今まではそれを知らなかったから、身体の関係を続けてたって事だろ。』

「…………」

『わずかな希望があったから関係を続けてたんだろ。もうお前だって、気づいてるんじゃないのか。』


真実が、引きずり出されていく。僕は良助を止められなかった。

自分がずっと守り抜いてきた、閉じ込めていた真実を。



『お前は洋次のこと、ずっと好きなんだよ。』



「違うよ。」


僕はすぐに言った。すぐに、遮ろうとした。

心臓が高鳴り、感覚が研ぎ澄まされていく。


『違わないだろ。』

「……違うって。」

『違わない。お前は洋次が好きなんだよ。だからあいつとずっとそんな関係を続けてきたんだ。そういう方向に発展することに、多少期待してな。』

「違う……。」

『でも何とか、拒もうとし続けたのは、自分自身背徳感があったからだろ。しかし、本心ではそのままの関係でも良かったんだ。』


「違う!!!」


叫んでいた。空間がそこだけ切り取られたように、共鳴していた。

良助は黙った。しばらくの間、沈黙が続いた。

何とか絞り出すように、僕は声を出した。


「……そんな、報われない恋なんて……嫌だよ……」


電話を切った。もう一度かかって来そうもない。

すぐにベッドに身を落とした。携帯もノートも、全て投げ出した。

涙が流れ落ちていく。今度は、それが自分の涙だとわかっていた。


自分の中に眠っていた真実は、こうして引き出された。

他人の言葉にされて始めて、真実は形を帯びてくる。


こんなに感情的になったのはいつぶりだろう。

洋次と関係を始めてから、ずっとこんな事はなかった。

――ない様にしてきた、という方が正しいかもしれない。

あれからずっと、感情を、真実を隠し続けてきたんだ。



でも、これが真実なんだ。



僕は、洋次が――好きだったんだ。



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