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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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月と太陽(8)


   ○   ○   ○   ○   ○   ○


落合恒太がいつもの談笑から戻ってきたら、いつもと違う風景がありました。

何で脇坂君が僕の席に座ってるんでしょう?これを人は地獄と呼びます。

あ、夢ですよね。分かりました。でも胸が痛いよ?今にも吐きそうだよ?

こんなに痛みをリアルに感じる夢ってあるんでしょうか?

もうどうでも良いので助けて下さい。


①「あの、どいてもらえませんか……」→睨まれて吐きそう

②「あ、脇坂君じゃないっすかー★」 →絶対頭おかしいと思われる

③「おい良助!今度遊ぼうぜ(達也声)」→似てないにも程がある

                  →もし遊ぶ事になれば地獄


「何やってんだ。」


ふと前を見ると、脇坂君が僕にガン垂れてました。

あっ近いところに立ち過ぎた★分かりました死にまーす。


「座りたいのか。」

「え、あ、いえ、あの」

「だったら早くそう言え。立ってるだけじゃ分からないだろ。」


脇坂君が弁当箱とともに席を離れていきました。

月山は微妙な顔をして同情してくれてます。


「なんか二人で使っててごめんね~。」

「いや、良いよ別に、大丈夫ですよ、はい。」


今日は早く帰って吐こーっと。


  ○   ○   ○   ○   ○   ○



あの雲はさっきまで僕が見ていた雲なんだろうか。

いつの間にか授業が終わって、吹奏楽部の練習も終わって、

僕はもう空が暗くなり始めている時間に帰路についた。

淡い光を放つ月に雲が迫り、徐々にそのフォルムを蝕んでいく。


僕はどうしたいんだろう。

答えの見えない自問に、僕は惑わされているのか。


洋次に怒りをぶつけたいのかもしれない。

今までの全てを、吐き出したら楽になるのだろうか。

それとも洋次に謝りたいのかもしれない。

あんな突然に、傷つけるような形で拒絶しなくても良かった。

けれど、どちらも違う気だけはする。真実なんて、視えないのに。


嘘をつきすぎたんだ。

嘘の使い分けまで出来るほど、この関係を始めてから、嘘をつき続けた。

周りに対する嘘。洋次に対する嘘。僕自身に対する嘘。

どれもが、僕の気持ちや考えを、覆い隠していった。


嘘とは雲のようだ。飄々として、実態が無い。

それでいて、月や、太陽さえも隠してしまう。


色々な場面が脳裏に浮かんだ。

彼を押し返した、あの瞬間も含めて。

昨日僕の家に来たときは何事も無く、間違いが起こる事は無かったけれど、

それは僕といざこざがあったからなんじゃなくて、

単純に下の階に姉和佳子が居たからではなかろうか。

今まで僕たちは、行為をする瞬間に、同じ家に誰かが居た事は少ない。

しかし彼の家族が居る時に、一、二度だけ行為を行った事はある。

それは……漏れる息を極力抑えながらの行為だった。

緊張という感情が混ざって、胸が高鳴り、不思議な感覚だった。

あれは行為を嫌がっていた僕をその気にさせる、彼の作戦だったのだろうか。


……嫌がっていた。そうだ。確かに最初僕は嫌がっていた。

快楽を感じてはいながらも、そのムリヤリを、僕は嫌っていた。

彼に迫られることに慣れてしまって、僕は大して嫌がらなくなっていた。

ただ、倫理観の関係で、やめなければならないとはずっと思っていた。


……そうだ、嫌がっていたんだ。それが僕の最初の、素直な気持ちだった。

やはりこの関係を止める事には意味があったんだ。

今だからこそ、本当に良かったのか?なんて考えてしまっているけれど、

もし僕が嫌がっていた時期にこうした行動を起こしていたらどうだろう。

きっと、スッキリしたはずだ。今よりもずっと。


彼はこの前確かに迫ってはこなかった。

一定の距離をずっと、彼の方から保っていてくれた。

けれど、それが彼の家に行っても同じかどうかは分からない。

肩を並べて勉強し、何度か触れ合う事もあり、専ら家族の居ない、

そんな彼のテリトリーで、彼は同じ生き物であってくれるだろうか。


それは彼に会ってみないと分からない。

もう少し時間が経って、余裕が出来たら、また自分から訊きに行こう。

そして彼の態度を見極めよう。

今は彼が単にやせ我慢しているのか、本当に改心したのかどうかなんて、

分からないんだから。



「おっすテル!」


僕の右肩を叩き、突然僕の隣に一人の男が立った。

まさに洋次だった。僕は驚きを隠して少し笑った。


「お疲れ~。」

「お前も部活帰りか、何か久しぶりだよな、帰り一緒になるってさ。」


……その通りだ。

部活が陸上部より遅くなりがちな僕が、久しぶりの原因を作ってきた。

彼を後ろから見かけたって、僕から話しかける事は無かったんだから。


「そうだね~。そういえば新人戦どうだったの~?」

「別にどうって事はねェよ!俺は区大会止まりだ。県大会出るヤツもいるらしいけどな!……ってこれ、この前言わんかったか?」


そういえばそんな事を聞いた気もする。

僕の脳が、優先度の低いそんな話を忘れてしまっていたのだろう。

もう家までは僅かな距離しかなかった。

今の僕にとっては最も苦痛である時間は、もうすぐ終わる。

すると洋次は思い出したように言った。


「そういやお前、勉強進んでる?」

「……え、そこそこ~。」

「分からん所は?」

「……あるよ~。すぐに出来るようにはならないよ~。」


僕は問いに答えた後で、自分が答えるべき言葉を間違えたと思った。

何となくギャグ調にして言ってみたつもりだけれど、

何故僕はこのタイミングでそう答えてしまったのだろうか。


「俺んち来るか?そこ見てやるけど。」


その質問が次に投げかけられることは、僕にも分かっていた。

そして「ある」と答えた手前、また今後の関係のためにも、

この質問にYESと答えざるを得ないのだ。

先ほど「分かんないとこある?」と言われた時、今の僕の正しい答えは、

「今のところ大丈夫~」だったのだ。

普段なら当たり前の様についてきた嘘が、当たり前の様にできた判断が、

今、まさにしなければならないタイミングで、出来なかった。


当然先ほどの質問にYESと答えた後、

僕はたどるべきルートを大きく変更し、洋次とともに洋次の家に向かった。

本当は、彼の家に行くのはもう少し後で良かった。

今行くのには、リスクが伴いすぎるからだ。


これで本当に洋次が僕に迫って来たならば、僕は何と言えばいいんだろう。

どうやって拒絶したらいいんだろう。

二度目の拒絶をする覚悟を、僕はしなければならなかった。

きっとその事態は、起こるだろうから――。


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