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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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月と太陽(7)


月曜日の朝がやって来た。僕の物語は同じ展開をたどる。

きまった時間に家を出、いつもと同じルートを通り、

そして前を歩く洋次と達也の二人に、後ろから合流するのだ。


「おはよ~。」

「おっすテル!」


真っ先に気づいたのは洋次だった。達也もすぐに気づいた。

そういえば洋次にノートを返さなければならない。

一応全て目を通し、大事な所は写させてもらったから。


「よう、テル。勉強は順調か?俺はと言えばいつにも増しt」

「洋次、これありがと~。」

「ああ、役に立ったか?」

「それなりに~。」


……あの四文字の事は、黙っておこう。

きっと何にも意味なんてない、はずなんだから。

達也が咳払いして話に割り込んでくる。


「乙乙。まったくお前ら相変わらずだな。俺はと言えば今回は良助の誘いを断って勉強に励んでるぜ。」

「達也はちょっと勉強すれば何でも出来るだろ!」

「まあ、洋次くんの手なんか借りずにな!」

「何だよそれ~。だって洋次分かりやすいし~。」

「けど達也は俺じゃなくて結局宇野とかに教えてもらってんだろ?」

「けっ、それを言うんじゃねえよ。だがしかしほとんど俺の力だ。」

「まあ頑張ろうね~。」


達也の空気を読んでいるのか読んでいないのか分からないこの性格には、

僕としては助けられている。恐らく何も考えてないんだろうけれど。


仮に僕と洋次が毎朝二人だけで通わなければならなかったとすると、

今さら何を話したらいいか分からなくなるし、

昨日の今日だから、いっそう会話が無かっただろうし。


達也がこうして独特のギャグなのかギャグじゃないのか分からない話を、

常に僕達に振ってくれるおかげで、たまに気まずい関係になる僕達が、

これまでこうして関係を続けて来れたんだと思う。


達也の面白いのか面白くないのかよく分からないギャグを聞きながら、

オーバーリアクションする洋次に対して、僕は適当に頷きつつ、

ある一定の感謝の気持ちを感じていた。


下駄箱に着いて、それぞれのクラスへ別々に分かれていく。

めったに誰かが僕に話しかけてくる事は無いから、僕はこの時間が好きだ。

というのも無理に何か話題を持ってこようとする落合恒太は朝練で、

たまに話しかけてくる良助は始業ギリギリに着くからだ。


僕は廊下側の席に着き、遠くの窓から空を眺めて、

ボーッと、太陽がじっくり昇っていくのを見ているんだ。

そこには夜あんなに輝いていた月はどこにもなくて、

ただ太陽だけが全てを照らしてくれているけれど、

僕はむしろすっきりした気持ちで空を見れるんだ。



さすがに今週末がテストなので、普段空を見る事の多い自分だけれど、

授業中はいつもより黒板を見る時間が長かった。

意味は半分くらいしか理解出来ていないから、また洋次に教わらないと。

その習慣をすぐに思い立ってしまう自分が嫌だった。

なるべく洋次は頼らないようにしないと、いけないんだ。

そうするって決めたんじゃないか。また僕は、嘘をつくのか――。



色んなことを考え込んじゃって、また授業を真剣に聞けてないようで、

負のスパイラルを繰り返しているような気がする。

今日の思い悩みはいつもよりひどく、

自分が今お弁当の中身を口に運べているかどうかも分からない。



「よお。」


三組に向かった落合恒太の空席に、良助が体重をかけて座った。

僕はその「よお」が自分に向けられているものだと気づくのに時間が掛かり、

十数秒経って気づいた時には、良助はもう弁当箱を広げていた。


「たまには一緒に食おうぜ。」

「……珍しいね~。」


良助はいつも、決まった食事相手を持たず、

のらりくらりと色んなグループで食べている。場所だって決まってない。

けれど良助はどこでもいつでもグループの中心で、

「人気者」を体現したような存在だ。

だから良助とは幼なじみだけど、一緒に食べる事は少なかった。


「テルと一緒だと、ドベ2だな。」

「……そうだね~。」


恐らくスポーツ推薦で大学が決まるであろう良助と、単純に要領の悪い僕は、

優秀生の集うこのクラスにおいて、学力勝負では最下位とブービー賞だった。


「けどお前は教えてもらってんのに最下位じゃあ洋次が泣くだろ。」

「……本当にそうだね~。」


しかも残念なのは最下位が良助の方ではないという事だ。

洋次の指導に応えることすら、僕には出来ていない。


「せめて俺を抜くよう頑張れよ。」

「は~い。」

「いや、仕方ないか。実際家でセックスばっかしてたんだしな。」


良助があっさりそんな事を言うので、ちょっと怯んでしまった。

でも、きっと良助は僕に気を遣ってくれてるんだ。


「そうだね~。でもこれからは無くなると思うよ~。」


ミニサンドイッチを口に含んだ。

料理好きの姉和佳子は、頼んでも居ないのに弁当を作る時がある。

今日がその日で、なかなか味は良いと思っている。

良助は白米を大量に口へ詰め込みながら質問をしてきた。


「昨日は結局どうだったんだ。」

「……うん~、なんか突然訪ねてきて……」


昨日の流れを一通り説明した。

ノートを渡してきて、特に近寄っては来なかった。

それから今朝も普通に話した。という事を、少しずつ描写を加えながら。

「ごめんな」と書いてあった事は隠しておいた。


「良い方向には修復できそうだな。」

「……そう思う~?」

「ああ、洋次も意外と分かってると思うよ。さすがにな。」

「だと良いんだけどね~。」

「テルが行動で拒否るって結構インパクトあると思うし。」


僕があまり行動で示すタイプではない事を、僕自身分かっている。

けれど、あの時は自然に手が動いたんだ。

徐々に僕の深い所へ手を伸ばしてくる彼の身体を、押し返したんだ。


「何考えてたんだろうね~。」

「……ん、何考えてたのか分からないのか。」

「……うん~。なんか自分がこれからどうしたいのか、分からないんだ~。多分長い事続いてきたこの関係だったから、それが無くなって複雑な感情に、流されてるんだろうけど~……」


僕はあまりお喋りではない。久しぶりに、長い言葉を喋った。

ムキになっているみたいだった。何に対してかは分からない。

良助はしばらく黙った後、「そうか」とだけ言った。

良助の食事は終わっていて、ポケットに手を突っ込んで話を聞いていてくれた。

目線は前の授業で書かれた字が残っている黒板に向いていたが、

その黒板の文字を追っているようでもなかった。


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