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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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月と太陽(6)


目が覚めて、朝の陽射しを浴びる。

窓から見える爽快な空とは対照的に、僕の心は晴れなかった。


今日は予定がなくなった日曜日。

洋次に教えてもらう予定だった分の勉強を、何とか自分なりにやらないと、

それこそ成績が下がってしまう。

関係こそ確かに普通の友人関係に戻るわけだけれども、

デメリットと言えば一緒に居る時間を減らさなければならないという事で、

その分勉強面で不安が残ると言う事なのだろうか。

……あの涙は、そんな漠然とした不安や、

様々な解放感を感じた事の安堵から来たものだと思いたい。

実際そうなんだ。きっと安心したんだ。

抱えていたトラブルを、一年越しにようやく解決できて安心したのだ。



あまり漫画やゲームを好むタイプでは無かったがために、

家に、というより僕の部屋にそういった遊ぶ物は何も置いていないけれど、

かといってずっと勉強できるわけもなく、たまにベッドで横になってみたり、

シャーペンを転がしながら、ボーッと物思いに耽ってみたりと、

今朝予期したように、勉強ははかどらなかった。


外を見ると、太陽がその光を弱め始めていて、空はほんのり薄暗く、

意外なほど速い時間の経過を感じずにはいられない。


そんな時、徐々に足音が近づいてくる。廊下を慌ただしく走る音だ。

足音の主は僕の部屋をノックもなしに開けた。

そこにはほぼ下着姿の、背が高く、目立つ色の金髪女が立っていた。


「カズテル、今日母さんいないからあたしがご飯作るわ。何が良い?」


彼女は僕の姉、月山和佳子だ。家でこそ普通の姉だが、

外に出ると、急に色気を出して男を狙い討ちするビッチに変身する。


「何でも良いよ~。」

「そういうの一番困るのよ。何か選んでくれない?」

「……ハンバーグ~。」

「メンドクサ!チャーハンで良い?」

「いいよ~。」


じゃあ聞くなよとは思ったが、早く出て行って欲しかったので反抗しなかった。

仲が悪いわけではないが、姉の感覚は僕の感覚とずれている事が多いので、

話がかみ合わない事が多々ある。姉は慌ただしく廊下を走り、階段を降りる。


さて、また勉強に向かおうと思うと、ピンポーンと来訪者を告げるベルが鳴る。

姉和佳子がハーイと慌ただしく玄関先に向かう。

彼女の場合、まず服を着なければならないので大変だろう。

そこから先は声が遠くて聞こえなかった。きっと大した客では無いだろう。



  ○   ○   ○   ○   ○   ○


「何だ洋次君か、イケメンが立ってたからびっくりしちゃった。久しぶりね。」

「あ、久しぶりっす。」

「ふふ、ますます良い男に磨きがかかって来てるじゃない。」

「……そ、そうっすか?」

「また今度一緒に遊びましょ?お姉さんが色々教えてあげるから。」

「…………」

「ふふっ、冗談よ?顔赤くしちゃって!ところで、和輝かしら?」

「あ、はい……居ますか?」

「ええ、上に居るわよ。今日はずっと暇してるみたいだから遊んであげて?」

「はい、分かりました……」


  ○   ○   ○   ○   ○   ○



またうるさい足音を立てながら、姉が上がってくる。

彼女に再びノックもせずにドアを開けられると、

ただちょっと客の応対をしただけのはずなのに、

胸の開いた服を着て少し化粧をしているのが見えてイラッとする。


「カズテル、洋次君来たけど。」

「……え、何で~?」

「そんなの洋次君に聞きなさいよ。もう入れちゃったから。」


姉は僕の事なんか知らないと言わんばかりに、

用件だけ伝えると乱暴に戸を閉めた。知ってほしくもないけど。

その数秒後、入れ違いに今度は扉をノックする音があった。

今日は用事で無理と言ったはずなのに、それを嘘だと気づいたのか、

堂々と家を訪ねてきたようだ。つべこべ考えても仕方ないので、

「どうぞ~。」と出来るだけ普段通りの声を出して洋次を招いた。



「よう!勉強はかどってるか?」

「まあそれなりにね~。」


昨日の一件から時間が経って、今日わざわざ訪ねてきた事に関しても、

言いたい事や訊きたい事が色々あったけれど、嘘をついたのは自分なのだから、

何も言わずに洋次の言葉を待った。しばしの沈黙に包まれる。

よく見ると、洋次の手には二、三冊のノートが握られていた。


「……これ、使うか?テルは内容理解してない部分多いだろ?」


洋次は手にしていたノートをこちらに投げてきた。

部屋の奥の勉強机に座っている僕が立たないのはまだしも、

部屋の入口から一、二歩進んだところで洋次がずっと立っているのが気になる。

中学の頃から僕は友人を部屋に招かなくなり、その事に気を遣っているようで、

別に気にしなくても良いのに、あくまで礼儀正しい男だ。

それから僕はノートを開いてみた。

相変わらず綺麗とは言えない字だったが、

僕のノートよりは分かりやすく要点を絞って書いている。

……それともこれは、わざわざ僕の為に書いたとでも言うのだろうか。


「ありがと~。わざわざ書いてくれたの~?」

「自分で要点まとめるために作ったノートだよ。テルも使えるかと思って。」

「え~そうなんだ~。ありがと~。」

「まあ、それは明日返してくれればいいから。」


意外と期限が短かったことに少し驚きながらも、

こうしてノートを貸してくれることに関しては素直に感謝をしたい。

ただ、僕の懸念は洋次がこの部屋にこのまま居すわらないだろうかという事だ。

僕は特に何も言う事は無く、黙って明後日の方向を見ていた。


「じゃあな。勉強頑張れよ!」

「……あ、うん、ありがとね~。」


洋次はそう言って部屋の外へ出て行った。

案外洋次もああ見えて分かっているのかもしれない。

今日用事があるなんて嘘をついた事を追及しないのがその証拠だ。

単に何一つ気づいてないだけなのかもしれないけれど。


僕は回転椅子を回して机に向かった。

そのノートをパラパラとめくって書いてあることを流し読みしてみると、

汚い字なりに丁寧に書いたものだと感心させられるものだ。


「ノートを借りる」のはあの時以来かもしれない。

あの事件があった時、僕は授業のノートを同じように借りていて、

それを返しに行って様々な事件に直面したのだ。

そういう意味では、あの時が始まりで、これが終わりなのかもしれない。


でもこうしてノートを貸してくれるという事は、

洋次が少なくとも友達としての僕の事も考えてくれているという事で、

洋次には怒る事よりも感謝する事の方が多いんだろうなと改めて思う。


そんな時、ふとノートを隅の落書きが目に留まった。

落書きなのか、意図したものなのかは分からない。

それが僕への、あるいは別の人間へのメッセージなのかも分からない。

だが、筆圧の濃い洋次らしくない薄い字で、確かに書いてあった。


注意して見なければ分からなかったかもしれない。

けれど、僕は気付いてしまったんだ。

洋次が書いた、ごめんな、の四文字に――。


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