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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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月と太陽(1)

ストーリーは第一部「幼なじみの衝撃」の続きです。

――恋愛感情なんて、一時の気の迷いに過ぎない。



寂しい空に一つ白い雲が浮かんでいる。

太陽が遠くて、手を伸ばしたって届かない。


十月十三日の天気予報は晴れ。

だから、その日はきっと来る。



彼と、毎朝顔を合わせる。

友人の達也と一緒に居る、彼と、毎朝顔を合わせる。

二人が前を歩き、僕は後ろから声を掛ける。

そうするのが当たり前になってしまった。

そうしなかったら、それは異常とみなされるのだろう。

――嫌な、日課だった。



僕は、月。

毎晩かたちを変える、拠り所の無い月。



友人の達也というのは少し、他所他所しい言い方だなあと僕は考えた。

彼にとっての友人という意味に聞こえてしまうけど、

僕にとっても達也は友人。何も知らない、友人。


月が、太陽の光を受けなければ輝けない事を、知らない友人。



だから、僕は達也に何も、教えない。




「月山っていつもどこで食べてるんですか?」


落合恒太、隣の席の男が訊いてきた。

彼はこれから立ち上がって、昼ご飯を食べに達也達の所へ行くのだろう。

何故そんな質問が今飛び出すのかは分からないけれど、

無視するのは冷たいので、僕は答えた。


「ここだよ~。いつも弁当一人で食べてる~。」


落合恒太は戸惑った。

僕の友人関係を心配してくれているのだと思う。

でも、僕はどちらかと言うと一人でいる事が好きなんだから、

それは気にしても無駄、と思ったけど、言わない。


「あ、僕の席使っても良いですからね……住田君とかと一緒に食べたらどうですか?」

「……うん、分かった~。」


――今ちゃんと笑えていただろうか。

落合恒太が気に留めることなく教室を出て行ったので、

きっと傍から見ても分からない作り笑顔だったと思う。


無論彼をここに呼ぶつもりなんてまったく無い。

彼には彼の空間が彼のクラスにあって、それを大切にしているわけだから、

そこには僕の入り込む余地なんかないだろうし、

第一僕がそこに入りたいだなんて思った事なんて無いから。


達也から何を聞いたのかは知らないけど、

「そういう」認識を落合恒太が持っているのだとすると、

達也は非常に余計な事をしてくれる友達なんだな、と思う。



月はずっと夜に一つだけ輝くものだし、

太陽と一緒に居る時間なんて本当に僅かしかない。

それが、自然の摂理なんだ。




放課後、試験前最後の部活の日だから、

怒りっぽい先輩のせいで普段行く気の失せる部室へと今日ばかりは足が向く。

この期間は先輩も自分の練習に精一杯で、こっちまで気が回っていない。

だから僕は自由に、自分の世界に没頭する事が出来るんだ。


音楽室の窓から、中庭や渡り廊下が見えて、

何となく外を眺めながら吹いていると、見覚えのある姿があった。

……彼だった。陸上部の彼は、リレーの選手ではないものの、

日課としてよく渡り廊下周辺を走っている。


彼もまた、グラウンドを占拠する上級生に抗わないように、

中庭を使っているのだろう。

そんなどうでも良い事を考えながら、僕の目は楽譜へと移り、

残った時間を練習にちゃんと活用する。



すっかり日が沈んで、辺りが暗くなった頃、

僕は何人かの部活友達と一緒に歩いていたけれども、

彼らの多くは電車を使っていて駅に向かうために、

僕はすぐに彼らと別れなければならなかった。


一人いつもの帰路につくと、前に見覚えのある影が歩いていた。

……彼だった。


遅めに出た日はいつもそうだ。彼が少し前か少し後に学校を出て、

僕よりも彼が後に出た場合は、後ろから必ず声をかけてくる。

けれど彼が前に居た場合は、彼は僕に気づかないし、

僕が彼に声を掛ける事はまずないからだ。

今日もその例に違わずあえて速度を落とし、彼に気づかれないように歩いた。


どうせ明日、十月十三日土曜日に、彼と会う事になるのだから。


あえてその会う回数を増やす必要なんて、どこにも無いじゃないか。






そしてその朝が来た。

天気は穏やかな秋晴れだけれど、少しずつ寒くなっている。

これだけでは「行けなくなる」理由にはならないので、

仕方なくありあわせの服を選び、外へと出る。


彼の家の前に立った。表札には見慣れた「住田」の文字。

どんなにゆっくり歩いても十五分はかからない距離、

だからこそ仲良くなって、小学校からずっと一緒だった。

こんなに近くなかったら、なんて何度考えたか分からない。


インターフォンを押す勇気がなかなか出ないけど、外は寒い。

仕方ないので押した。彼が出た。


「上がれよ!今日は母さんたち居ないから。」

「お邪魔します~。」


真っ直ぐに彼の部屋に通された。

彼が何か言おうとする前に、僕は勉強道具を取り出した。

こんなにも行く気がないのにも関わらず、

どうしても彼の所に来なければならないのは、

僕が勉強面で彼しか頼る相手を持たない上に、

中学校の時から、ずっとこうしてきたから。


英語を教えてもらいながら僕はずっと考えていた。

何で僕には勇気が無いんだろう。

変えたいと思っている事を変えようと一歩踏み出す勇気さえあれば、

こんな事にはきっとならなかったんだ。


唇に、温かいものが触れた。突然で、警戒していないその瞬間を狙われた。

それは確かに、彼の唇だった。

十秒ほど唇を合わせた後、彼は少し距離を取った。

「茶取って来るわ」と一言、彼は部屋の外へと出ていく。


また、変われなかった。




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