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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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ネガティブ・ラヴァーズ(10)

 10月 7日(日)19:21


日が暮れてつい先ほど、達也さんのお母様が自宅に帰られて、

一度こちらに顔を見せて下さったので挨拶しました。

「良助君たち以外が来るのは珍しいわね」とお母様は言ってました。

それから達也さんとは色々違って、明るい笑顔のお母様でした。


お母様も帰られたし、寮の門限8時も迫っているので、

私と剛司はここいらで退散する事になりました。


「達也、今日はありがとね。」

「お招き頂き誠に有難う御座いました。」


一度お礼を(私の礼がかしこまりすぎているのは通常営業)しつつ、

帰り支度を整える私たちに、茶を飲みながら達也さんが答えてくれました。


「剛司、英語ありがとな。恒太は何かタメになったか?なっただろ?」

「……はい……達也さんの家がすごく綺麗だという事は分かりました。」

「何も分かってないじゃねえか!」


達也さんは笑いながら、僕の肩を軽く殴りました。いわゆる肩パンチです。

何でもないこの行動が、僕にはすごく特別に思えました。

……何せ、初めての肩パンチだったからです。

達也さんを見ると、口元が緩んでいます。


「恒太お前、やっぱ面白いよな。」

「……はあ、ありがとうございます。」

「ハッ。そうだな、お前らまたいつか遊びに来いよ。」

「また結構すぐ来るんじゃね?」

「はい是非……お邪魔させて下さい。」


完全に二人とも帰り支度を終えたので、そのまま部屋を後にしました。

玄関まで見送ってくれた達也さんは、いつもよりも笑顔が多めでした。

私と剛司は達也さんに手を振って、寮への道を歩き始めました。


ついでに剛司さんには、来る前に何があったかを話しておきました。

脇坂君から連絡が来たけど、達也がちゃんと断ってくれた事。

色々悩んでたけど、その一言でなんか納得した事。

剛司はしばらくふんふんと耳を傾けた後、ボーッとした表情で言いました。


「……恒太、かなり前進してるんじゃね?」

「そうだと良いんですけどね。」

「いや、肩パンチもらってたじゃん。達也も何かすげー嬉しそーだったし。」

「そうだと良いんですけどね。」

「やっぱリョースケ君の事も大切だけど恒太の事も大切なんじゃね?」

「そうだと良いんですけどね。」

「リョースケ君にいろいろ恨まれるんじゃね?」

「そうだと良くないです。」


そういえば脇坂君が私がここに来てる事を知っていたのが未だに謎です。

……まあ普段、脇坂君はよく達也さんの昼食時に現れて、

俺や剛司が一緒に食べているのを見ているので、

その辺は推測できなくもないっちゃないんでしょうけど、

それにしても「落合」限定だったのは何故?摩訶不思議です。


でも、脇坂君とはこれから接点がある気はしないので、

そこまで気にする必要ないと自己完結しておきます。

私はネガティブなので、どんどん憂鬱になっちゃいますからね。あはは。


あっという間に寮につき、夕食が始まっていたので、

いつものように大体決まった席で夕食を頂きます。

剛司はいつものように適当な事を喋っていたので、

「そっかー」と答えて適当に聞きつつ、私は色々考え事をしていました。


明日は体育の日で休みだから、今日やった内容を復習しようとか、

そういえば何か大事な事を忘れている気がするとか……。


「恒太聞いてる?ちょー上の空じゃん。」

「え、すごい聞いてますよ。普通に感動してました。」



大事な事を忘れているような気がしてならなかった私ですが、

剛司さんと一緒にお風呂場に行ってすぐに分かりました。

剛司さんが、菊池先輩のミニタオルを普通に持っていたからです。


「あの……剛司さん、それ菊池先輩の例のタオルですよね?」

「あー、そうなんじゃね?」

「え、何で私物化してるんですか?早く返して下さい。」

「今日タオルないから今日使ったら返すつもりだし。」

「お前隠さないから使わないだろ。」


剛司さんはオープンマインドなので、そもそもミニタオルは使いません。

その他剛司さんの風呂桶セットには垢すり等々全部揃ってます。

ミニタオルだけ無いんですけど、そもそも彼はいつも持っていません。

うん……、分かったから本当に返して?マジで俺死ぬよ?


「……剛司さん返してもらえますか?」

「えー、そこまで言うなら仕方ないね。恒太普通にしつこいじゃん。」

「いや、常識の範囲内ですよ?しつこいのはお前。」

「それじゃ今度他の菊池先輩のタオルも返そ。」

「剛司くん大好き!マジで今度殺してあげるね!」


もうこれ以上剛司に持たせておくのはアホだったと思い直した私が、

菊池先輩のブルーのタオルを奪い返しました。

先輩が寝たら荷物に入れとくか……と考えつつ、風呂場へと入っていきます。

湯気が立ち込める風呂場は、今は二年生がギリギリ残っている時間帯。

しかしもうスペースは結構空いているので、お咎めも無いし使わせて頂きます。


剛司が我先にと走り出したので、何とか危険な行動を止めようと動いた私、

その時不注意で、誰かと身体がぶつかりました。

すみませんと言いつつ振り返ると、180㎝を超える巨体でした。

眼鏡を掛けてないためか目つきが鋭く、人殺しのような目で俺を見ています。

そう、みんな大好き菊池先輩です★


「あ、大変申し訳ありません菊池先輩……以後気を付け」

「それは、何だ?」

「はい……?」


菊池先輩の目線の先には、私が片手に固く握りしめているもの。

はいそうですまぎれも無く、菊池先輩愛用のブルーのタオルでした。

菊池先輩、恐らくタオルが不足したせいで、前を隠していません。

何というかいつも以上の威圧感で、私との距離を詰めてきます。


「あ、これ私新しく買ったタオルなんですが、いかがなさいましたか?」


自然に嘘をつきました。これは仕方ないですよね。

だって既に「タオルは知らない」と嘘をついているんですから。

こんな時に剛司さんは向こうの方で何事もなかったように身体を洗っています。

あいつ絶対殺す。マジで再起不能にする。

菊池先輩は「ゴゴゴゴゴ」という音が聞こえるような気がしてきました。


「……タオルの端を見ろ。」

「はい、何でしょ……う……か……」


「菊池博明」。確かに先輩の字でハッキリと、名前が書いてありました★

わーい、菊池先輩が鬼のような形相をしてるー!


「……今日は安眠の時間は無いと思え。」

「菊池先輩尊敬してます。生まれ変わったら菊池先輩になりたいです。」

「安眠……いややはり永眠させてやろう。」


菊池先輩はそのまま脱衣場へ出て行きました。

……うん、はい、えっと。

皆さんここまで見て下さってありがとうございました。

私はこれから都合により語り手を、というか人生を引退しなきゃならないので、

これにて終了させていただきます。

また来世で会う機会があったらよろしくお願いしまーす。



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