ネガティブ・ラヴァーズ(8)
10月 7日(日)13:04
「あれ、剛司は?」
うーん、何と答えるべきか。
色々言い訳を考えましたが面倒だったのでそのまま言います。
「寝坊です。彼は髪のセットにも時間が掛かるのですぐには来ないと思います。」
「ったく、何やってんだよあいつは。じゃ俺達で先に行くか。」
達也さんは達也さんで、私服は恐らく適当に手に取ったものを着ており、
いつも通り髪のセットはなさってません。
そろそろ前髪が伸びてきて目まで垂れ下がって来ている様子です。
いわゆる根暗ですね。恋に見た目は関係ないのです。
私は坊主なので全然髪なんかセットできませんし、
服は一応考えてますがみんなからは「古いファッション」とよく言われます。
え、漢字Tシャツとカーゴパンツって古いですかあ?
「男だらけで何を意識する事があるんだよあいつは。ゲイか?」
剛司はそうですね、ほどよい長髪をワックスで固めて、
ファッションもばっちりでストールとか巻いてます。
まだ結構暑いのに暑さを我慢するファッションは僕には耐えられません。
ところで、ゲイという単語に私は心臓が躍り出そうになりました。
「……さあ、全部キメていかないと外に出られないんでしょうねえ。」
特に違和感を持たれそうにない返事が言えてほっと一息。
ってか改めてですけど、今日マンツーマンですよね?
隣を歩いていると一度肩がぶつかりました。
ちょうど同じくらいの身長なので肩同士がぶつかったわけですが、
え、達也さん心持ち距離近くね?
向こうの方を歩いてるカップルより近いんですが。ゲイじゃね?
さて、徐々に細い路地へと入っていきます。
今日は秋晴れなのですが、家々に囲まれてあまり明るくありません。
何度か達也の話に出てきた、あまり人通りのない決まった通学路がこれですね。
駅とは反対方面なので、達也さん達しか、学生でここを通る事はないでしょう。
ところでさっきから会話がほとんど無いのですが。つらたん。
「……そういえばお前テルと班一緒なんだよな?」
「ハイ?ああ、そうですよ。」
驚いて声がうわずってしまいました。
こういう挙動不審な動作を私は頻繁に見せているのですが、
達也には、それらについては一度も突っ込まれたことはありません。
……多分いつも通り気づいてないんでしょう。ふう。
ちなみに剛司さんにはうざいくらい突っ込まれます。
というか剛司さん早く菊池先輩のタオル返して下さい。
あいつは死んで良い。僕が許可する。
「普段どんな事話すんだ?」
「……あまり世間話はしなくて……伝達事項ばかりですかねえ。」
「話す機会ないのか?」
「いえ、席は隣なんで結構あるんですけど……」
「じゃあなんで話さないんだよ!はっ、さては俺の悪口を……」
「言ってないです。……なんでですかねえ……」
あまりこの会話に意図はないと思うので、この位の答えで良いでしょうか。
月山(テル君)は、なんか達也さんの話に出てくるときは、
超天然でお花畑で何でも興味ある素直な子みたいな感じで出てきますが、
私にはそうは見えないんですよね。
何か色々我慢してキャラ作ってるようなイメージというか……
いや、さすがにあれはキャラ作りじゃないとは思うんですけど、
たくさん人と話したがってる感じには思えないんですよね。
そうこう言っている内に、達也さんの家が迫って来たようです。
「俺の部屋はそんなに汚くない、はずだから安心しろ。」
「はい。多分うちの男子寮より全然綺麗だと思います。」
「男子寮の中見た事ないから何とも言えんが……」
「長瀬」という看板のある家の前で、私たちは立ち止まりました。
黄色い屋根で、それなりの大きさの庭があって、二階建ての綺麗な家。
どうやらこれが達也さんの家のようです。
「ここまで乙だったな。というわけで入るか。」
「はい……お邪魔します。」
玄関は結構広く、靴はちゃんと下駄箱にしまってあるようで、
ここには達也さんが今履いてた靴しかありませんでした。
……綺麗すぎて引くんですけど。こういうのって汚いオチじゃないんですか?
さすがフラグクラッシャー達也さん。安定ですね。
すぐ目の前には木造りの階段があり、二階へつながっていました。
「じゃ、二階だから。上がるぜ。」
「……あ、そういえば挨拶を……」
「いや、今日は親居ないから俺だけだぜ。」
うーん。本当にマンツーマン。それ彼氏を家に呼ぶときの女子です。
変な反応しそうになった所をこらえて、そっと階段を上がって行きます。
壁には絵がかけてあって、正直結構お金持ちそうなお家です。
階段をあがって突き当たりが、達也さんのお部屋でした。
……何と言うか質素です。勉強机には教科書が並べられてて、
隅にはノートパソコンが置いてあります。
それから部屋には大きな本棚があって、漫画が五十冊くらいと、
ラノベが五十から百冊くらい並んでいました。中二病の原点を見た。
そういえば達也さんって、前ちらっと見たんですけど、
休憩時間は結構な確率でラノベを読んでるんですよね。まあ何も言うまい。
そして……何と言うか、達也さんの臭いがしました。
臭いフェチとかではないですけど、達也さんに近づいたときににおう、
石鹸かシャンプーかのほぼ無臭に近いけれど優しいにおいです。
「あんまジロジロ見てんじゃねえよ。」
「あ、すいません……綺麗な部屋ですね。」
「そうか?……ちょっと待ってろ。」
私が部屋を見渡している間に、達也さんは横に畳んでおいてあった机を出し、
部屋の真ん中にどんと置きました。
それから茶を取ってくると言って下へと消えていきました。
ポツンと取り残された私。仮にも好きな人の部屋で一人。
ほとんど汚れていない大きめのベッド、そのそばにはゲーム機もあります。
衣装だんすの中にはどんな服が入っているんでしょうか。
……色々な事が気になってきました。でもここはぐっと我慢。
メールチェックでもしよう。やっと起きた剛司から、メールが届いてました。
もう少ししたらそっち向かう。何となく土地勘でたどり着くから。
って書いてました。お前この辺の土地勘無いだろ。
「待たせたな。」
達也さんが帰ってきたときには私は机の傍に正座して待っていました。
私は一礼してお茶を受け取ります。はい、おいしいです。
達也さんの表情はあまり明るくありません。
「悪いな、何も無い家で。よくつまらんとか言われるんだよ。」
「いえ、全然そんなこと無いですよ。むしろ綺麗で羨ましいです。」
「そうか?……ゲームとかあるけど、今日はやらないだろ?」
「はい。ぜ、是非……ま、またの機会に。」
「おう。」
勇気を振り絞って言ってよかった。
私の緊張はもちろん悟られること無く、達也は軽くうなずきました。
とりあえず今日は失態をしなければそれで……。
ピリリリリ、高い音で電話の子機が鳴り始めました。
達也さんは立ち上がって子機を取ります。
「はい長瀬です……。ああ、良助か。」




