ネガティブ・ラヴァーズ(3)
10月 4日(木) 8:07
翌朝、寮から学校へ通う時、僕と剛司は穏やかな会話をしておりました。
「冗談抜きで一回死んで帰ってきましたよ、剛司さん。」
「さりげなく俺にも責任があると言いたいだけじゃん?」
「……全くさりげなく言うつもりはないですけどね。むしろ明確に言いたい。」
「だよねーごめん!」
「……いや、もう良いですよ。はい。」
「そっかー、そしたらこの手を離してくれるかな?」
あ、別に大したことじゃないんですけど、
昨日菊池先輩にリアルに殺されて一度蘇ってきたので、
その憂さを今剛司君で晴らしてます★
まあ僕も鬼じゃないんで、犯罪者の横腹をつねる手はそろそろ離します。
「今日ラブラブ大作戦実行じゃね?まあ頑張れー。」
「……あ、はい……今日は一吐きで済んだので調子も良さそうです。」
「え、ごめん意味分かんね。一吐きって何、単位?」
「いや、一回しか朝吐いてないって事ですよ。普段だったら三吐きするのに。」
「お前もう病院行きなよ。」
それはともかく、今日は達也との勉強会ですね。
……どういう展開になるかは全く想像できませんが、
とにかく私が達也の前で吐いたり脱いだり死んだりしなかったら良いなと、
ただそれだけを願うばかりですよね。
「相変わらずのネガティブじゃん。」
だって人生に希望なんてありませんもの。
汚物の中から生まれ、ゴミ箱と等しい存在価値を持って育ち、
あ、ごめんなさいゴミ箱は結構価値がありました★
「寮の相部屋のくじ運ってのも大事なんだな。」
いつもと同じ昼休み、昨日の出来事を語れと言われたので、
語った所達也さんの返事はこうでした。
~~が大事なんだな。興味ない時は大体こうです。
「寮生の中でダントツ酷いですよ、あの鬼畜メガネ、いや菊池先輩。」
「……思いっきり菊池先輩の悪口言ってんじゃん。」
「しかし恒太の悪運には相変わらず定評があるな。」
「そんな、褒められると照れます……」
「褒めてねえよ。」
珍しく発言権を与えられていた僕ですが、恐らくこれで終わりでしょう。
自然と私の存在はフェードアウトしていくのです……。
「それより今日何の教科やるんだよ、お前。」
達也が真っ直ぐにこちらを見ている。何か緊張してきた。吐きそう。
というか僕が発言権を持った状態が珍しく続いている事に驚きを隠せません。
「え……数学の課題でもやろうかと。達也さん数学得意だし……」
「そうでもねえけどな。じゃあ俺は古典と英語だな。教えろよ恒太!」
「無茶ですよ、というか達也さんの方が全体的に出来るでしょ……」
「いや、ぶっちゃけ古典の助動詞の活用とか英語の分詞とかもう分けわからん。いつもはテキスト丸暗記で臨んでるだけだ。」
「……理解してないじゃん。点数ガタ落ちした原因それじゃね?」
「剛司は黙ってろ。そういうわけでそっちはよろしくな恒太。」
結局何をよろしくされたのか分かりません。
というか成績が落ちたとはいっても総合点で100点も上の人間から、
学習内容の解説を頼まれても困りますよ、はい。
単純なラブラブ大作戦というわけにはいかなそうだったので、
午後の英語の授業にはいつもよりも身が入るわけでした。
あっという間に放課後が来て、
僕の肩をポンと意味ありげに叩いて剛司が部活へ向かい、
(もちろんその場面には達也は居ましたが何も分かってませんでした)
人気の少ない一年三組に残って(俺はお邪魔して)勉強を始めるわけです。
「で、解説よろしく。」
早速ですかい。ちょっとは自分で考えて下さいやせんかねえ。
達也は英語の文法テキストを堂々と広げている。
……ちょうど今日授業で習った所でした。
「分詞構文……。何が分からないんですか?」
「俺を馬鹿にしてるのか!」
「いや……あの、そうじゃなくて、分からない所を指摘してくれないと……」
「全部だな。」
それを人は馬鹿と呼びます。
俺は長袖を捲し上げてシャーペンを手に取った。
「簡単に言えば副詞節を作ってる接続詞と主語・動詞を全部まとめて-ing形で表してるって事ですよ。それが様々な意味を持つってわけです。」
「なるほど分からん。」
「……だからBecause he is cool, he is popular in this school.みたいな文章を、Being cool, he is popular in this school.と言い換える事も出来るって言ってるだけです。」
「その例文面白いな。」
全然聞く気ないよこの子。
せっかく先生から聞いたようにきちんと話したんですよ?
と、思っていたら達也さんがしばらく何か考えた後、深くうなずきました。
「何となく分かった。ただ過去の文法とかもあの夏休みに全て置いてきたから、苦労しそうだよ、まったく。」
「それはただの怠慢です。」
英語に関しては達也さんと私、ほとんど点数が変わらなかったというのに。
ただしやはり面倒くさがりやなだけで容量は良い達也の事、
しばらく文法の解説をすると、すらすらと問題を解き始めました。
単語を忘れてるなあと言いながらも文法の部分はほとんど正解。さすがですね。
達也はその調子で発展問題に突入し、難しい文法の質問をしてきました。
当然僕には解けませんでした。うふふ。
「さすがに無理か。剛司なら出来たかもな。」
「……剛司ってそんなに頭良いんですか?」
「バカ言え。うちのクラスで五本指に入るぞ。」
よく真面目に自習しているな、程度の認識しかありませんでした。
それ聞いたら今まで頭とか殴ったりして申し訳なかったです。
「それでお前、さっきから同じ問題に詰まってるだろ?」
「……バレましたね。」
「何で詰まってんだよ?……放物線と直線の交点か。そんなの座標取って変化の割合で直線の式出して連立で一発だろ。」
うーん。それが出来ないから苦しんでいるのですがー。
生まれつき数学が出来る達也さんとは違うんですよ。主に頭の出来が。
「ったく……どれだよ?」
そういって達也さんは、俺の手を掴んだ。……え?
不意を突かれたので、無意識にビクッと手が痙攣したらしい。
達也さんが僕の反応に逆に驚いてます。
「……あぁ、悪い、問題が見えなかったからな。」
「あ……いえ、別に何でも……」
辺りを見渡した。先ほどまで二、三人居たはずの教室も、もう誰も居ません。
そして僕と、達也さんの二人きり。
いつもはほとんど剛司を交えて話すのに、今日は二人きり。
その事実を思い出した僕の、胸が高鳴り始めました。死亡フラグです★




