幼なじみの衝撃(10)
9月 4日 (火) 12:56
やれやれ、俺の用事は話末ギリギリで済んだようだな。
最後に駆け足になったが、こっちも大変なんだぜ?
話数ギリギリで話数毎のノルマ達成するの……。
いやすまん、何でもないから忘れてほしいが、
とにかくテルとは帰る約束を取り付けた。
次は掃除か、と三組側へ歩き出すと、ネガティブコウタとすれ違った。
「あ、タツヤさんお疲れさまですう。」
「何なんだよお前は。つーかお前以上にあの五組の受付は何だよ。」
「いやまあ……色々あるからね。渡さんの警護がどうとか……」
ネガティブコウタも自分のクラスの異常性に気づいているようだった。
渡か。聞いたことのある名前のような気がするが、気にしないでおこう。
じきに掃除が始まってしまうので、口うるさい神崎に注意されないためにも、
コウタとの会話は切り上げて、俺はすぐ掃除場所へ向かったのだった。
俺にとって苦行と言わざるを得ない古典の授業が終わると、
残すは自宅までの遠足だけだった。
多くのクラスメイトが部活に勤しんでいるが、そんな事は俺には関係ないのだ。
ツヨシといつものノリで階段を下りた後は、下駄箱で待っておく。
「お待たせ~。」
甘い声が後ろから飛んでくる。
未だに雰囲気はお花畑のまま。声の高いトーンに柔らかな笑顔。
よくよく考えてみれば、こいつは全くと言っていいほど男らしさが無いな。
テルは自分の靴を取り出しながら、俺を見た。
「珍しいよね~。タツヤが帰るの誘うなんてさ~。」
「俺はいつでも新しい自分を開拓中だからな。」
「何だよそれ~。」
そんな事を言いながら俺たちは歩き出した。
本当の目的は、テルの嘘を突き止めるため。その一つに尽きる。
だがあんまり気負いすぎると、逆に意識し過ぎてしまう。
意識しすぎる事は無く、あくまで冷静に、そしていつも通りに。
「ヨウジとの事~?」
不意にテルがこちらの目を真っ直ぐに見て、そう尋ねた。
こいつも馬鹿ではないらしい。俺の目的を見透かしている。
ここで黙っても仕方がないので、俺は早速本題に入る。
「ヨウジとセフレとして付き合ってんの、嫌じゃないのか?」
「……別に~。だって気持ちいしね~。」
テルは意外と即答した。がしかし、前髪を弄っていた。
やはりこの言葉は嘘なのだ。……何故だ?
「嘘付くなよ。……お前、無理矢理付き合わされてるんじゃないのか?」
ストレートに言った。テルは案外自分の心を隠すのが上手い。
だからこそ、気遣いはこいつの逃げ道を作ってしまう。
テルは前髪を弄るのをやめ、俺を見ずにまっすぐ前を向いた。
「どうだろうね~。確かに、あんまり続けたくはないかな~。」
どうやらこの言葉は嘘ではないらしい。やはりか。
今の感想としては、見損なったぜヨウジ。という所か。
NOと言えないテルを強引に道具扱いするとはな。
「俺が言ってやろうか?お前、ヨウジに言いにくいだろうし。」
「……大丈夫だよ~。」
テルは少し無理して笑っているように見えた。
そんな時に遠慮してどうするんだテル。俺たちは友達だろ?
「自分たちで解決するからさ~。タツヤを巻き込むのは悪いし~。」
俺はテルに歩幅を合わせてゆっくり歩いている。
こいつは俺を巻き込まないが為に、進んで望まない関係を続けるのだろうか?
「いや、今までどうにもならなかったんだろ?お前たちだけで解決するのは、多分難しいと思うぜ。こういう問題だからこそな。」
お前はよく耐えてきたよテル。だから俺に任せろ。
ヨウジを一発くらいぶん殴って、あいつの目を覚まさせるからよ。
それを聞いたテルは困った顔をしている。
「タツヤは入って来なくていいよ~。自分なりに何とかするからさ~。」
もうお前のやり方で解決できる問題じゃないんだぞ、テル。
なんでそんな無理をするんだよ?
「テル、でも今までのお前のやり方じゃ……」
俺が話しながらテルの表情を見ようと右を向くと、そこにテルが居なかった。
俺は振り返った。テルは少し後ろに居た。立ち止まっていた。
俺も思わず、足を止めた。
テルがいつもと違った様子で、いつもと違った声で、言った。
「しつこいよ。」
夕陽がまぶしい。逆光でテルの体全体が黒く覆われているように見える。
細めた目では、テルの表情までは読み取れなかった。
「タツヤが直接ヨウジに言ったら余計関係がこじれるだろうし、悪いけど何の解決にもならないと思うから。その気持ちだけ受け取っておくね。」
テル独特の話し方である、語尾の「~」が消えている。
聞いたことも無い位真面目な口調だった。
ただ徐々に目が慣れてくると、テルの表情が読み取れるようになる。
……テルは、笑っていた。
「そんなに困ってるわけでも無いんだ。気持ちいのもある程度事実だしね。」
「…………」
「だからさ、あんまり言及しないで。その方が正直、困るんだ。」
彼はハッキリと、珍しく自身の思いをぶつけてきた。
俺は多少今まで追求しようとしてきた事を反省するのだったが、
ただ一つ見逃せないポイントがあった。
……前髪を弄っていたのだ。
「そういえば、今日は寄りたい所があるんだった。また明日ね、タツヤ~。」
最後にいつもの口調に戻って、彼は逆方向に歩き出した。
あからさまな嘘だとは気付いたが、あえて俺は追わなかった。
恐らく、明日からは何事も無かった日常が続くのだろうと俺は思った。
しかし……あいつの本心は一体どこにあるんだ?
やっぱり助けてほしいのか?あいつがついた最後の嘘は、何を意味するのか。
「あんまタツヤが首突っ込まない方が良いんじゃね?」
ツヨシの言葉が鮮明に蘇ってきた。
現にテルは突っ込んでほしくないと、嘘か真かそう言った。
テルの意見は尊重しなければならない。だが、俺は……。
俺はただ、あいつらにはずっと笑っていて欲しいんだ。
テルだって、ヨウジだって、ついでにリョウスケだって、
昔からずっと過ごしてきた仲良し四人組なんだから――。
こうしてひとまずこの二人の物語は幕を閉じる事になる。
そう、これで俺の案内は終わりという事だ。いかがだっただろうか?
語り手が変われば物語も変わる、そんなバルガクを、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。See you!