レイニーデイ
『現在、関東全域は台風十八号による影響で暴風波浪警報が出ております。できるだけ外出はお控えください』
(ブラザー、こんなどしゃ降りの中で歌ったら、プロモみたいで最高にクールじゃね?)
おいおい、俺の本能。そいつぁムチャ振りってもんじゃねーか? え? やってくれると信じてるって? ったく、しょーがねぇなあ。オーケイ、ノってやろうじゃないかベイベー。ダブダブの半ズボンに、フード付きパーカー、っと。ちょっと外を確認してみるか。
……なるほど、こいつはスクランブルだぜ。ちょっとドアを開けただけなのにもう玄関が濡れてやがる。サングラスかけてフードを被ってしっかり防水しねーとな。「そーゆー道具じゃねえからコレ!」とか言われても気にしないのが俺のモットー。
今度は一気にドアを開き、六畳一間の部屋からランアウェイ。アパートの階段を下って、気分は少年にバックトゥザフューチャー。ヤッベ、雨のせいでなんも見えねえ。そっか、サングラスが邪魔なんだ。……いや、変わんねえな。しかも雨粒でかくてイテーし。
だが、この地面を叩く雨のビート、テンション上がるリズムだぜ! 雨音とのセッション、悪くねーな! イッツ・ショータイム!
「激しい雨降るレイニーデイ! 外に出る俺は変人でい!」
「そしてあなたは霊に出会い! この世とおさらばセイグッバイ!」
「イェア! ナイスリフレインだお嬢ちゃん! この調子でいくぜ……って、ん?」
おいおい、いつの間にいたんだお嬢ちゃん。俺のナイスポーズを邪魔すんなよ。てかなんだよその派手なレインコート。ドクロのエンブレムを散りばめてデスメタル気取りか?
「こんばんわ」
「……おぅ」
……普通に挨拶しちまった。怖そうなカッコしてるけど実はまともなお兄さんキャラで通すか? 否、エブリタイムチェケラこそ俺のジャスティス。
「お前の正体気になるぜい! 名前を名乗れやべらんめい!」
「なんで江戸っ子口調なのよ。私の名前は雨野司。二年前の台風の日、この通りで交通事故に遭って死んだの。それからは、こんな台風の日にあなたみたいなのこのこ出歩いているバカを取り殺すために出没しているの」
バカってなんだよ失礼なヤツだな。てか今さりげなくスゴイこと言ったなコイツ。幽霊? いるわけねーだろ。第一オマエちゃんと足があるじゃねーか。俺を殺す? やってみやがれコンチクショウ。
「ヘイお嬢ちゃん、ならウダウダ言ってないでさっさと俺を殺せばいいじゃないか」
「……! い、言われなくても殺してあげるわよ!」
おいおい、自分で宣言しといてためらってるよこのリトルガール。手首のカスリ傷見せながら「私、夏でも長袖しか着れないんだ……」とか言ってるイタい女と変わんねーな。そこらにいる自分に酔ってるタイプか。でも、オマエみたいなクレイジーガール、嫌いじゃないぜ。
「ブルーな顔して虚勢張るなよお嬢ちゃん。寂しくロンリーしてたくせによ」
俺にはわかるぜお嬢ちゃん。『孤独なアタシ世界で一番かわいそう』なーんて思ってんだろ?
「でも、もうノープロブレムだぜお嬢ちゃん、いや、司。俺はお前を避けたりなんかしねぇ。俺は司のフレンドだ」
そんなヤツを元気付けてやるのがラッパーの務めだ。ほら、戸惑ってないで俺の差し出す手を握れよ、司。……チッ、しょーがねえな。今回だけの特別サービスだぜ?
届け、俺のソウルフルヴォイス――
「司と出会えて良かったぜい! 俺のハートはサニーデイ!」
キマった。オーディエンスが司しかいないのが残念だが、今の俺、最高にキテる。
「……バカじゃないの」
あれ? あれあれあれ? 司の頬を涙が伝っている気がするぞ?
そっかー、俺のハートフルメッセージに心を打たれたんだな。中々カワイイ所があるじゃないか。心配すんな、俺が傍に居るからには毎日がエブリデイだぜ。
さあ、俺の胸にダイブして――
「全然違うんですけど。なによそのドヤ顔。最初にノってあげたからってつけあがんないでよ。あとなれなれしく下の名前で呼ばないでくれる? 勝手な妄想は家で孤独にシコシコやってなさいよ」
ダイブして――って、え? な、なんか司からブラックなオーラが出てるんですけど。うわ! 足に絡みついた! ヤメてヤメて何コレ!?
「あなたを殺したくないのは事実。それは認める。でも、理由は別よ」
殺す気がねーならさっさとこの黒いの解けよクソガキ! ……いや、チョーシこいてスイマセンでした解いてくださいお願いですから身体まで縛るのやめてください司様! ……あー、ビビったわマジで。今でも心臓バックバクだぜ。本当に幽霊だったのかよ。
「じゃ、じゃあなんで……」
俺を殺さずに助けてくれるんですか? って、うわ! な、なんだ、ため息かよ……脅かさないでくれよ。
「だって……」
だって?
「あなたが霊になると、ラップ音がうるさそうだから」