第八話
宇宙暦四五一四年五月十五日 標準時間〇一時〇〇分
<アルビオン軍軽巡航艦ファルマス13・戦闘指揮所>
HMS-F0202013タウン級ファルマス型十三番艦、軽巡航艦ファルマス13でも、突然の内部破壊者対応訓練と通信系故障対応訓練の開始に戸惑っていた。
戦闘指揮所には、艦長のイレーネ・ニコルソン中佐が偶然来ており、指揮官席で小さく毒づいていた。
(モーガン艦長もいい加減にして欲しいわ。せめて、各艦の責任者には、事前に一報を入れるべきよ。確かに抜打ち訓練は有効だと思うけど、もし、私がここにいなかったら、艦長が指揮権を使えない状況になったのよ……)
それでも彼女は通常の訓練であると疑いを持たず、CIC要員に不満気な表情を見せなかった。しかし、情報士官サミュエル・ラングフォード少尉の声に、思わず身を浮かせる。
「ハイフォン側ジャンプポイントに艦影あり! 防御スクリーンスペクトル解析により、ゾンファ共和国艦隊の可能性九十九パーセント以上……」
サミュエルの声は更に続いていく。
「……当艦隊との相対距離約三十光分。現針路との交差角十二・三度、相対速度約〇・四C……現状を維持すれば、四十五分後にゾンファ艦隊と接触します」
そこでようやく、ニコルソン艦長が「ゾンファ艦隊の規模は!」と声を発した。
サミュエルは落ち着いた声で、報告を続ける。
「四等級艦一、五等級艦三、六等級艦七。人工知能の解析では、四等級艦は武器級、五等級艦は鳥級、六等級艦は昆虫級及び花級の混成です」
艦長は当直長である戦術士のアンソニー・ローズ大尉に命令を伝える。
「私が指揮を引き継ぎます。アンソニーは戦闘準備を。サミュエル、あなたは敵の状況とサフォークの行動を注視しなさい」
二人が「「了解しました、艦長」」と答え、コンソールに向かう。
ニコルソン艦長は指揮官用コンソールを眺めながら、
(戦力的にはこちらの二倍ね。モーガン艦長はどうするつもりなんだろう。少なくとも、この訓練はすぐに中止するはずなんだけど……サフォークに動きがないわね……)
彼女がそんなことを考えていると、機関科兵曹から上擦った声で報告が上がる。
「防御スクリーンに高エネルギーが反応あり! サ、サフォーク05から攻撃を受けています!」
「正確に報告しなさい! 攻撃の規模、使用兵器を特定しなさい!」とニコルソン艦長は叫ぶ。
しかし、内心ではサフォークからの攻撃と言う言葉に動揺していた。
(突然の訓練とゾンファ艦隊の出現。タイミングが良すぎるわ。それに未だに訓練中止の連絡がないし……それにこの攻撃。もしかしたら、サフォークが乗っ取られた?)
彼女は疑問を感じながらも報告を待った。
「……使用兵器は対宙パルスレーザー砲一門。攻撃規模は……百キロワット……です」
機関科兵曹の戸惑いを含んだ声に艦長も「百キロワット?」と疑問を声に出す。
「はい、艦長。サフォークの十ギガワットパルスレーザーの最小出力で照射されています」
艦長はサフォークの意図が分からず、黙り込む。
(何がしたいの? サフォークで何が起こっているの? せめて、通信だけでも回復させればいいのに!)
その時、サミュエルはサフォーク05の当直について考えていた。
(確か、今のシフトならCICにクリフがいるはずだ。この状況でサフォークからの攻撃、何か理由があるはずだ……敵がいるのに訓練が継続されている。サフォークのCICが占拠された? それなら、パルスレーザーなんて豆鉄砲じゃなく、主砲を撃つはずだ。この距離で主砲を撃ち込まれれば、ファルマスは一撃で行動不能になる。なら、なぜ……)
彼はサフォークの攻撃におかしなところが無いか考えながら、防御スクリーンの状態を確認していた。そして、二十秒ほど見たところであることに気付いた。
(パルスレーザーの照射が断続的だ……いや、パターンがある! もしかしたら!)
「艦長! 気付いたことがあります!」と言って、立ち上がる。
「気付いたこと? 報告しなさい」と報告を促す。
「サフォークからのパルスレーザー攻撃なのですが、何らかのパターンになっている気がします。防御スクリーンに当たるレーザーが何らかの通信になっているのではないでしょうか?」
「通信? なぜそんな面倒なことを?」
「理由は分かりませんが、サフォークのCICで何か起こっている可能性があります。そして、今のシフトなら、コリングウッド中尉がシフトに入っています。彼が何か思いついたのではないかと……」
「コリングウッド? ああ、あのクリフエッジね。そう言えば、あなたは彼と一緒の艦にいたって……分かりました。すぐに解析しなさい」
サミュエルはきれいな敬礼と共に「了解しました、艦長!」と言って、コンソールに向かった。
彼はパルスレーザーのパターンをグラフ化した。そして、すぐにあることに気付く。
(デジタル信号? そうか! パルスレーザーの特性を利用してレーザー通信機にしたのか!)
彼はすぐにAIを呼び出し、パルスレーザーのパターンを言語化する。
「艦長! 判明しました! サフォークはパルスレーザーを使って、通信を行おうとしているようです。通信文の解読中です!」
サミュエルの嬉しそうな声にニコルソン艦長も「少尉、完了次第、報告しなさい」と微笑みを浮かべた。
すぐにAIによる解読は完了する。サミュエルはその通信文を見た瞬間、血の気が引くのを感じていた。そして、震える声で通信文を読み始める。
「HMS-D0805005サフォーク05より、HMS-F0202013ファルマス13へ。本艦の指揮官、サロメ・モーガン大佐は〇〇三〇にスーザン・キンケイド少佐により殺害された。キンケイド少佐も自殺し、クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉が指揮を引き継いだ……」
ファルマスのCICではサミュエルの震える声だけが響き、誰も言葉を発しない。
「……キンケイド少佐により開始された内部破壊者対応訓練及び通信系故障対応訓練については解除を行っているが、現在のところ復旧の目処は立っていない……」
この他に艦内連絡手段の提案と、敵の意図、そして、サフォークの搭載艇を発進させることなどが読み上げられていく。
「……現状ではゾンファ側の意図は不明であるが、戦闘が不可避になった場合、本哨戒艦隊は全力を持って敵を排除する。以上。第二十一哨戒艦隊指揮官代行クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉」
ニコルソン艦長をはじめ、CIC要員たちは皆、言葉を失っていた。
(モーガン艦長が死亡、いえ、暗殺された……ゾンファはこちらが通信手段を失っていることを知っている。そして、戦闘の口実にしようとしている……確かに考えられるわ。しかし、敵は倍近い戦力。それにこちらは各艦の連携すらままならない状況……この状況でも“敵を全力で排除する”って言うの?)
「サミュエル。ミスター・コリングウッドは本気なのかしら? あなたに分かる?」
艦長の問いにサミュエルは立ち上がり、
「クリフ、いえ、コリングウッド中尉なら、間違いなく本気でしょう。恐らく何か策を考えているはずです」
ニコルソン艦長は軽く頭を振り、
「敵は二倍よ。それにモーガン艦長が亡くなられた今、哨戒艦隊の指揮は最先任の私が執るべきだわ」
サミュエルは「いいえ、艦長」と言ったあと、クリフォードに指揮権があると主張する。
「敵からの攻撃の可能性がある以上、戦闘状態に移行したと判断されます。この状況下で指揮権を委譲された士官が旗艦の指揮を執っているのですから、指揮権はコリングウッド中尉にあると考えるべきです。もちろん、彼が艦長に指揮権を正式に移譲するなら別ですが、現状では通信機能が代替手段であるレーザーのみですから、正式な指揮権委譲は不可能です」
ニコルソン艦長は少し考えた後、「……そうね。少尉の言うとおりだわ」と呟き、
「サフォークがダメージを負わない限り、この状況では私が指揮を執るのは越権行為。でも、経験の無いコリングウッド中尉に指揮を任せるのは……」
ニコルソン艦長は頬をパーンと叩き、明るい声で話し始めた。
「さて、それじゃ、噂の“崖っぷち”君のお手並みを拝見させてもらいましょう。噂どおりであることを信じてね」
サミュエルは「了解しました、艦長!」と言って、敬礼した。
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク05・戦闘指揮所内>
五月十五日 〇一一五
サフォーク05の戦闘指揮所内で指揮を執るクリフォードの下に軽巡航艦ファルマス13からの対宙レーザー通信が届いた。
機関兵曹のデーヴィッド・サドラー三等機関兵曹が珍しく興奮気味に報告する。
「中尉! ファルマスが気付きました! 通信文を読み上げます!」
クリフォードが頷くと、サドラーが嬉しそうに通信文を読み上げる。
「HMS-F0202013ファルマス13より、HMS-D0805005サフォーク05へ。現在の状況は確認した。本艦は第二十一哨戒艦隊指揮官代行コリングウッド中尉の指揮権を認める。願わくば崖っぷちから落ちないことを望む。ファルマス13艦長、イレーネ・ニコルソン中佐。以上です」
その報告を聞きながら内心で苦笑する。
(運がいいことに艦長が指揮を執っている……しかし、崖っぷちから落ちないか。この状況が厳しいことは理解した上で、僕の指揮権を認めてくれているのか。期待に応えられるかな)
サドラーがやや戸惑いながら報告を付け加える。
「中尉、別の通信も入りました……これは中尉個人宛のようですが?」
サドラーは遠慮気味にクリフォードを見るが、「構わない。読み上げてくれ」とクリフォードに言われ、通信文を読み上げ始める。
「それでは読み上げます。“コリングウッド中尉へ、一人で無理をするな。周りを信じろ。サミュエル・ラングフォード”です」
クリフォードはサミュエルからの通信に驚くが、すぐに彼の心遣いに感謝した。
(“一人で無理をするな”か。サムらしいな……そうだ。少なくともファルマスにはサムがいる。それにここにいるみんなも……)
黙ってしまったクリフォードに、サドラーが「返信されますか?」と尋ねる。
「返信は不要だ。それより、他の艦からの返信はまだか?」
「まだです……いえ、ザンビジ20から返信です。ヴィラーゴからも……」
次々とパルスレーザーによる返信が届く。
ファルマス13がパルスレーザーで返信したことから、各艦の指揮官も通信だと気づいた。
駆逐艦ザンビジ20からの返信には、クリフォードの指揮権に疑問を呈する一文があったが、ファルマスからの直接通信が入ったのか、すぐにザンビジもクリフォードの指揮権を認めると修正してきた。その結果、サフォーク以下、第二十一哨戒艦隊六隻すべてが彼の指揮下に入ることが確定した。
(これで六百人近い人間の命を預かることになってしまった。僕にやれるのか? いや、やるしかないんだ……)
彼が責任の重さを感じていたとき、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が声を上げる。
「ゾンファ艦隊、減速を開始しました。最大加速度による減速と思われます!」
クリフォードは「了解」と静かに答え、敵の意図を考え始める。
(こちらが漫然と〇・二Cで進んでいるから、相対速度を落としに掛かったんだろう。明らかにゾンファには攻撃の意思がある……)
そのことをできるだけ冷静に聞こえるよう言葉にする。
「ゾンファ艦隊は攻撃を考えているようだ。これより、ゾンファ艦隊を敵性勢力と認定する。航宙日誌にその旨を記載してくれ。それから、各艦及び艦内に通達も頼む」
サドラー兵曹と掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹が了解と言った直後、航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹が声を上げる。
「Jデッキ搭載艇発進用ハッチが開放されました! マグパイ1が発進します!」
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク05搭載艇マグパイ1・操縦席>
〇一二〇
副航法長のグレタ・イングリス大尉は、サフォークの搭載艇、雑用艇のマグパイ1を宇宙に向けて発進させた。
マグパイ1は全長二十五メートルで、アウルなどの大型艇に比べると、かなりスマートな艇体をしている。
その見た目通り、加速性能は五kGと高く、固定武装は硬X線パルスレーザー砲二門と小型ミサイルを搭載していることから、武装商船程度となら交戦可能な性能を持つ。
また、大気圏突入能力を持つだけでなく、高いステルス性と各種センサー類を持つことから、小惑星帯や惑星上の調査にも使用される。更に小さいながらも貨物スペースを持ち、最大十五名の完全武装の宙兵隊員を運ぶことができる。このような多機能性からアルビオン軍の標準雑用艇として、多くの艦に配備されていた。
イングリス大尉は通常三名で操作するマグパイを一人で操縦し、サフォークと並行する軌道を取った。
(さて、ゾンファの通信を受信しましょうか)
通信システムに目をやると、ゾンファの通信を受信していることが表示される。
音声情報にして再生させると、バリトンの渋い男性の声が操縦席に流れていく。その声はややゾンファ訛りがあるものの、落ち着いた感じの声で戦いを仕掛けてきているとは感じさせない口調だった。
しかし、その内容は明らかにアルビオン艦隊が陥っている状況を知って、戦闘に持ち込もうとする文言だった。
『こちらはゾンファ共和国軍ハイフォン駐留艦隊、八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐である。既に先の通信を受取っているはずだが、貴船団は我が方の通信に返信せず、更に本星系より立ち去る意志を見せていない! 直ちに敵対する意思が無いことを表明せよ。既に十光分の距離を切っている。今すぐ返信なくば、我が艦隊は実力を持って貴船団を排除する。繰り返す……」
イングリス大尉は通信機を操作した。
「ゾンファ共和国軍ハイフォン駐留艦隊、八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐に告ぐ。私はアルビオン王国軍キャメロット方面艦隊第五艦隊所属四等級艦サフォーク05の士官、グレタ・イングリス大尉である。貴官らの主張は先の停戦合意に反している。本星系ターマガント星系は我がアルビオン王国の支配星系である。直ちに本星系より退去せよ。本星系での戦闘行為は先の停戦協定を踏みにじるものである、両国の無用な摩擦を回避するため、貴官の賢明なる行動を望む。なお、旗艦の通信機能が故障しているため、本哨戒艦隊指揮官に代わり、小官が通信を代行しているものである。以上」
それだけ言うとマグパイを小惑星帯に向けて加速させた。
(見えている敵との距離は十五光分弱。今の相対速度なら、実際には八から九光分くらいまで近づいているはず。でも、こちらを攻撃するつもりなら、減速しているはずだから、向こうからの通信が入るのは早くて十五分後。できるだけ、離れた方がいいわね)
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>
〇一〇〇
ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所で敵の動きを見つめていた。
(既にこちらを見つけているはずだ。今の相対距離は十八光分。この相対速度では“相対性の歪み”が大き過ぎる。減速が必要だが、敵がどう動くかだな)
頭の中で敵の位置と味方の位置を思い描いていく。
(……今、減速を開始しても、敵は十八分後にしか気付かない。敵が気付く頃には十光分を切っているはずだ。懸念は敵が俺たちを見て形振り構わず逃げ出すことだが、作戦がうまくいっているのなら、敵の司令部は混乱しているはずだ。ならば、十分や十五分は動けまい……)
「全艦へ命令を伝えろ! 最大減速開始! 敵との相対速度を〇・二C以下にするぞ!」
“相対性の歪み”とは、相対速度が光速に近づくと相対性理論に基づき“ずれ”が発生する。この“ずれ”を“相対性の歪み”と言う。
相対速度が〇・二C以上あると、一パーセント以上の“相対性の歪み”が発生する。歪みが二パーセント程度以下なら人工知能による補正で攻撃は可能だが、それ以上の歪みがあるとAIによる補正でも命中させることは難しい。
そのため、相対速度が〇・三Cを超える状況での砲撃戦では有効なダメージが与えられないと言われている。但し、相対速度が大きく、距離が近い場合はレールキャノン、いわゆるカロネード砲で質量弾を照射することにより、敵にダメージを与えることができる。
つまり、相対速度差を利用して逃げようとする敵に対しては、相対距離を縮めることにより、敵の意図を挫くことができる。
また、星間物質との相対速度、すなわち見た目の速度が〇・三Cを超えると、星間物質との衝突エネルギーが大きくなり、防御スクリーンの過負荷を招く恐れがある。
特に星間物質の濃い惑星周辺や小惑星帯では防御スクリーンが過負荷になりやすく、その間に攻撃を受けたり、大型のデブリと衝突したりすると、大きな損害を被ることになる。
このため、星系内では一般的に〇・二Cが最大巡航速度とされている。
今回、フェイ艦長はより確実な主砲と大型ミサイルによる敵の殲滅を企図した。そのため、相対速度を〇・二C以下に落とす必要があり、速度を〇・二Cからゼロまで減速することにした。
■■■
〇一二〇
アルビオン艦隊との相対距離は十光分を切っているが、映っている姿は十五分前の情報だった。その時間でもゾンファ側の減速に気付いているはずだが、十五分前のアルビオン艦隊に動きは無かった。
(やはり司令部が混乱しているのか。通信用電波も発信されていない。珍しく諜報部の工作が完璧だったということか。これなら、損害を受けることなく、全滅させられるぞ)
そして、「よし、最後通牒を突きつけるぞ!」と言ってマイクを持ち、
「こちらはゾンファ共和国軍ハイフォン駐留艦隊、八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐である。既に先の通信を受取っているはずだが、貴船団は我らの通信に返信せず、更に本星系より立ち去る意志を見せていない! 直ちに敵対する意思が無いことを表明せよ。既に十光分の距離を切っている。今すぐ返信なくば、我が艦隊は実力を持って貴船団を排除する。繰り返す……」
フェイ艦長は通信を終えると、艦内放送のマイクを握る。
「総員に告ぐ。我々の作戦は成功しつつある。敵は我が諜報部の工作により、通信機能を失っている。司令部の指示に従って敵を撃滅せよ。各員一層奮励努力せよ! 以上!」
放送を終えると、戦闘指揮所内を見回し、
「隊形十三に変更。百秒後、ポイントAにて、左舷十度、上下角プラス五度に変針せよ」
それだけ命じると、シートに深くもたれ掛かった。
(今回の勝利で准将に昇進できる。うまくいけば、本国に帰れる。そうなれば、家族とも一緒に……そのためにも、この作戦を成功させなければならない……)
〇一三〇
進路の変更を終え、敵との相対距離が七光分を切ったところで、通信兵曹が敵からの通信が入ったことを報告してきた。
「アルビオン軍からの通信です。約十分前に発信されたものです」
兵曹はそう言うと、CICに音声を流し始めた。若い女性の声がCICに響いていく。
『ゾンファ共和国軍ハイフォン駐留艦隊、八〇七偵察戦隊のフェイ・ツーロン大佐に告ぐ。私はアルビオン王国軍キャメロット方面艦隊第五艦隊所属四等級艦サフォーク05の士官、グレタ・イングリス大尉である。貴官らの主張は先の停戦合意に反している。本星系ターマガント星系は我がアルビオン王国の支配星系である。直ちに本星系より退去せよ。本星系での戦闘行為は先の停戦協定を踏みにじるものである、両国の無用な摩擦を回避するため、貴官の賢明なる行動を望む。なお、旗艦の通信機能が故障しているため、本哨戒艦隊指揮官に代わり、小官が通信を代行しているものである。以上』
フェイ大佐はやや不機嫌そうな顔になるが、すぐに情報士官に発信元を確認させる。
「敵の旗艦から通信電波は出ていなかったのではないか? 発進場所を直ちに確認しろ」
それだけ言うと、苦虫を噛み潰したような顔になる。
(これで通信不能による開戦の口実が使えなくなった。あとは強襲するか、撤退するか……撤退すれば、軍事委員会、いや、諜報部から責任を転嫁される。通報艦はすぐにジャンプするだろうから、強襲して敵を殲滅できれば、証拠は残らない。但し、全滅させなければならん)
「発信箇所特定できました。敵重巡の搭載艇と思われます」
「搭載艇だと……了解した。その搭載艇の位置も追尾しておけ」
(搭載艇に士官が乗って連絡してきたのか。ありえない話ではないが……諜報部が見落としたか、敵が対処できたか……どちらにしても、敵の士官が連絡してきたことが問題だ……)
フェイがそんなことを考えていると、通信兵曹が軽巡航艦バイホの艦長、マオ・インチウ中佐から通信が入っていると報告してきた。
「フェイ艦長、今の通信は不味いですね。作戦は中止ですか?」
マオ中佐は軽い口調でそう確認するが、モニターに映る顔は真剣そのものだった。
フェイは悩んでいる自分を見透かされたようで、つい、作戦の強行を口にしてしまった。
「中止は……中止はせん。敵を殲滅する」
「しかし、開戦の理由がありません。一方的に停戦協定を破ることになります。ご再考を」
マオ中佐の言葉にフェイは理由を説明していく。
「構わん。通信をしてきた士官は搭載艇から通信してきた。すなわち、敵の司令部からの通信ではないということだ。ならば、言い訳はできる。まあ、敵を殲滅すれば、言い訳の必要は無いのだがな」
自信有り気なフェイに対し、マオは危惧を抱き反論する。
「しかし、相手は旗艦所属の士官であることを明言した後、旗艦の通信設備が故障していると説明しています。これはあの士官が……」
フェイはその言葉を遮り、「マオ中佐、君に意見を求めてはいない。命令に従ってもらおう」と通信を切った。
(マオの言うことは正しい。だが、このまま帰れば、私に未来はなくなるのだ。何としても、この作戦を成功させなければ……)
フェイ大佐はこのまま何もせずに帰還することに危惧を抱いていた。この作戦を計画したのが諜報部であり、更に軍事委員会の委員が強く押したという事実がフェイの心に重く圧し掛かっていた。
彼は本作戦が失敗した場合、諜報部は工作の成功を訴え、軍事委員会は実行部隊の不手際という判断を下すだろうと考えた。特に搭載艇以外の通信が制限され、自分たちの戦隊を見ても何らリアクションを起こさなかったことから、この事実をもって工作が成功していると判断されると考えている。
(この状況は工作がほぼ成功していることを示している。そして、ジュンツェンから既に攻略部隊が発進しているはずだ。恐らく、攻略部隊はヤシマの手前に到着している。今更、失敗していたと言っても、諜報部も軍事委員会も納得しないだろう……)
フェイはそこで表情を緩める。
(現状なら敵の殲滅は難しくない。敵旗艦から通信がなかったことは、敵の通報艦が証明してくれる。それに先ほどの通信では、イングリス大尉が指揮官を代行していると言っていたが、それを証明するすべはない。これなら、いくらでも言い訳は出来るはずだ……要は勝てばいいのだ)
そして、彼は全艦に向けて、作戦の続行を命じた。