表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

第四話

 宇宙暦(SE)四五一四年三月三日。


 HMS-D0805005カウンティ級サフォーク型五番艦サフォーク05は大規模補修後の試験航宙のため、大型兵站衛星プライウェンを出港した。


 四等級艦(重巡航艦)は最大加速五kGをもって加速し、およそ二十分で星系内最大巡航速度〇・二(光速)に達した。その後、様々な機動を繰り返し、補修後の不具合を確かめていく。


 そんな中、クリフォードは重巡航艦の機敏だが力強い機動に魅了されつつあった。


(スループ艦の跳ねるような機動も魅力的だけど、重巡航艦の宇宙(そら)を斬り裂くような力強い機動は別格だ。同じ力強さでも一等級艦は重すぎて鈍重な印象が拭えない。でも、サフォーク(彼女)の機動には鋭さがある……)


 だが、彼の心が躍ったのはそこまでだった。

 試験航宙が終わると、すぐにモーガン艦長の厳しい演習が始まった。

 クリフォードは戦術部門だけでなく、航法、情報、緊急対策班など様々は部門に回されていく。


「士官たるもの、あらゆる業務に精通していなくてはいけない。いつ何時(なんどき)、担当士官が倒れるかもしれないのだ……」


 その言葉に納得するものの、心の中で愚痴をこぼす。


(艦長のおっしゃることは良く分かるんだけど、航法がなぁ……)


 彼の航法については、三人の士官候補生より酷く、毎回艦長の怒りを買っていた。


「コリングウッド中尉! よくそれで士官学校を卒業できたわね! 君に航法を任すことは艦を自爆させるのと同じことよ!」


 艦長は戦闘指揮所(CIC)の中に下士官や兵たちがいても、クリフォードを叱責し続けた。更に彼の得意な戦闘指揮に関しては、一切コメントしなかった。

 彼一人が艦長の叱責の対象となっているかのような状況に陥っていた。


(艦長のおっしゃっていることは正しい。僕の航法は酷過ぎるからな……でも、兵たちの前で士官を叱責することはないと思うんだけど……)


 本来、艦長が兵の前で部下の士官を叱責することはない。どのような失態があっても艦長室までその怒りを持ちかえり、兵のいないところで叱責するのだ。


 これは指揮命令系統を維持するために重要なことで、指揮命令系に入っていない士官候補生とは異なり、士官たちの兵に対する威厳を維持するための措置だ。


 若年の士官は能力で信頼を勝ち取ることは難しく、“士官”という地位によってしか、兵たちの信頼は得られない。その士官が兵たちの前で叱責されるということは、士官である資質に対して疑問を投げかけることになる。そして、士官としての資質に疑問を持たれた士官は兵たちの信頼を失ってしまう。


 信頼を失った士官の命令に兵たちは疑問を持ち、一瞬の判断が必要な戦闘で逡巡するかもしれない。その結果として艦を危機に陥らせることになる。

 そのため、士官の地位が揺らぐような行動は慎むというのが、アルビオン王国軍での伝統になっていた。


 もちろん、ヒステリックな士官は兵たちに嫌われる。当然、ヒステリー気味のモーガン艦長も兵たちに嫌われており、クリフォードは彼らに同情されることはあっても信頼は失ってはいなかった。


 しかし、彼の心は沈んでいた。

 同僚である士官たちは歳が離れており、この短期間では打ち解けられていない。共に慰め合うべき歳の近いものは部下であり、彼にとっては未だ心を曝け出せる友人が作れていなかったのだ。


(ブルーベルでもそうだったけど、友達を作るのが苦手なんだよな。サムはどうしているんだろう……)



■■■


 二ヶ月間にも及ぶ慣熟航宙と再調整も終わり、初期故障を取り除かれたサフォーク05は万全の状態で、第五艦隊第二十一哨戒艦隊に復帰した。


 クリフォードはモーガン艦長のいじめにも似た扱きに堪え、何とか士官室に彼の居場所を見付けていた。

 この二ヶ月間で彼は士官室に艦長派と副長派、そしてその両者から距離を取る中立派がいることに気付いていた。


 副長のグリフィス・アリンガム少佐は、サフォークに乗り込んでから四年目に入っていた。

 特別な事情が無い限り、いわゆるライン士官、つまり、艦の指揮系統を引き継げる士官は、三年で異動することが多い。

 特に四等級艦以上の副長は二年程度で昇進し、自らの指揮艦を手に入れることが一般的だ。


 アリンガム少佐は副長として非常に有能であるのだが、直情型の熱血漢であり、部下に対しては気を配るが、上司に対してはあけすけな物言いが多い。このため、下には強く、上には(おもね)るモーガン艦長とはそりが合わなかった。


 この性格的な拗れが勤務評定の悪化を招き、自らの指揮艦を得る機会を逃している。更に艦長自身も提督からあまり評価されていないため、割食う形で昇進の機会が訪れていない。


 副長派とみなされているのは、戦術士のオルセン少佐と機関長のデーヴィッドソン機関少佐だが、単に艦長から目の敵にされているだけで連帯して反抗しているわけではなかった。副長自身も艦長を嫌うもののプロの士官として、任務に影響を与えるようなことはしていない。


 艦長派は情報系の士官が多く、情報士のキンケイド少佐、副情報士のトムリンソン大尉、情報士官のエメット少尉、それに航法士官のリード中尉だった。この四人の人間関係が複雑で、クリフォードは最初、どう理解していいのか悩んでいた。


(キンケイド少佐が艦長の愛人(・・)で、二枚目のトムリンソン大尉とリード中尉が艦長のお気に入りだが、キンケイド少佐からは嫌われている。エメット少尉はキンケイド少佐が好きだが、少佐からは相手にされていない。トムリンソン大尉もリード中尉も艦長に興味はないが、押しに弱いため、キンケイド少佐の嫉妬で何とか肉体関係にはなっていないという状態……リーヴィス航法長に面白おかしく教えてもらったけど、こういうドロドロとした関係はあまり好きじゃないな……)


 リーヴィス航法長は中立派の筆頭で、彼女と仲がいい副戦術士のウィスラー大尉と宙兵隊隊長のハート宙兵大尉と副隊長のアーチャー宙兵中尉が中立を保っている。


(中立を保っている人は武闘派っぽい人ばかりだな。僕も出来れば関わりたくないけど、艦長に嫌われているから必然的に副長派と見られているんだろうな……)


 クリフォードは士官室(ワードルーム)内のギスギスした空気を思い出し、士官候補生時代のブルーベル34のことを思い出していた。


(サムとの折り合いが悪かったけど、小さな(ふね)は派閥なんかもなくて、家族みたいで良かったな。それにしても、この状況で何か起こったらどうなるんだろう? 哨戒艦隊にはサフォークの他に五隻の艦がいる。五百人近い人間がいるんだ。旗艦の指揮系統がこんな状態で大丈夫なんだろうか……)


 彼は現状に懸念を覚えながら、戦闘指揮所(CIC)の戦術士官席でメインスクリーンに映る五隻の僚艦――軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻――の姿を眺めていた。



■■■


 五月一日。


 第五艦隊第二十一哨戒艦隊はアテナ星系に向けて跳躍(ジャンプ)した。

 四パーセク(約十三光年)離れたアテナ星系には超空間航行でも四日ほど掛かる。


 超空間航行中は、戦闘はおろか僚艦との通信も不可能であり、操艦も必要ない。そのため、星系内航行中に比べ、艦内の仕事は大幅に減り、半数の当直員による四時間六交替の当直体制となる。超空間航行中は補修などの特別な任務がない限り、飲酒も認められていた。


 クリフォードはキンケイド少佐のシフトに入り、一日四時間の勤務になるはずだったが、モーガン艦長の命令により、兵装関係の調整任務が与えられていた。

 大規模補修後の完熟航宙で不具合は改善されており、掌砲長(ガナー)による微調整で十分であったが、艦長はあえてクリフォードにその微調整の監督を命じていた。


「コリングウッド中尉、主砲及び艦尾迎撃砲の微調整の監督に当たりなさい。それが終わり次第、全カロネードと、全ミサイル発射管の整備状況の確認を行いなさい」


 クリフォードは内心では溜め息をつきながら、「了解しました。艦長(アイ・アイ・マム)!」と答えて、掌砲長のいる主兵装ブロック(MAB)に向かった。


(念のため主砲の微調整をするのは分かるけど、この整備したての艦で監督なんて必要ないのに……勉強しろっていうことなのかな? それとも部下の掌砲手たちと交流を図れっていうことなのかな……)


 士官室に戻り、作業服に着替えていると、副戦術士のオードリー・ウィスラー大尉が「あら、今から作業でもあるのかい?」声を掛けてきた。


 彼が主砲と艦尾迎撃砲の調整とカロネード――百トン級レールキャノン、サフォーク05には八基ある――などの確認があると言うと、


「あらあら、徹底的に嫌われているね。まあ、艦長にとっちゃ、君のすべてが気に入らないんだろうけど……」


「どういうことでしょうか?」


「君が王室、政府関係者、提督連中に気に入られていることが気に入らないんだろう。艦長(あの人)は提督たちに媚を売っているが、全く相手にされていないからな」


「気に入られているわけじゃないですよ。利用されているだけです」


「そうなのだろうが……君は同期でダントツの出世頭。あの人の場合、昔はトップを走っていたが、今ではかなり出遅れている。同期には既に少将もいるが、あの人はこのちっさな哨戒艦隊(パトロールフリート)の指揮官に過ぎんからね」


 そう言いながらウィスラー大尉はクリフォードの肩を叩き、


「まあ、あと一年半もすれば、あの人もこの艦を出て行くだろう。准将に昇進するか、大佐のまま、戦隊の旗艦艦長になるか、それともどこかの小さな基地の司令になるか。まあ、いずれにしても我慢するしかないね」


 クリフォードは曖昧な笑みを浮かべながら、「それではMABに行ってきます」と言ってその場を後にした。


(あと一年半か……胃が痛くなりそうだ。それにしてもこういう嫉妬とは無縁だと思っていたんだけどな。はぁ……)



■■■


 宇宙暦(SE)四五一四年五月五日 標準時間一〇時〇〇分


 第二十一哨戒艦隊はアテナ星系に無事到着した。


 アテナ星系はG3型恒星に七つの惑星がある星系で、二千年以上前の第一帝国時代にテラフォーミング化の候補となっていたが、内乱勃発により着手されることなく、放棄された星系だった。


 アルビオン王国にとって、アテナ星系は対ゾンファの重要拠点であり、強力な要塞と二個の正規艦隊、約一万隻の軍艦が防衛の任に当たっている。


 キャメロット星系側のジャンプポイント(JP)付近にある、直径約百kmの小惑星を利用した要塞“アテナの盾(イージス)Ⅱ”は、五基の十ペタワット(十兆キロワット)級動力炉と、一ペタワット(一兆キロワット)級反陽子加速砲が三十門備えられた、アルビオン王国における最大級の要塞である。


 第三次対ゾンファ戦争で破壊された要塞イージスの代わりに五年の歳月を掛けて建設され、現在も拡張、増強工事は継続中だ。しかし、すでに一個艦隊が駐留できる港湾施設は完成し、百万人の将兵が生活できる大都市になっていた。


 現在、キャメロット方面艦隊のうち、サフォーク05が所属する第五艦隊と第六艦隊がイージスⅡ周辺に待機している。


 第五艦隊第二十一哨戒艦隊は久しぶりに主隊である第五艦隊に復帰した。


 サロメ・モーガン艦長は情報士のスーザン・キンケイド少佐を伴い、第五艦隊旗艦HMS-A0402006、クイーン・エリザベス級ヴィクトリア型六番艦ヴィクトリア06に向かうため、格納デッキに降りていった。


 クリフォードは主星アテナからの弱々しい光を受けた要塞と、それを守護するように遊弋する一個艦隊五千隻の姿に目を奪われていた。


(キャメロットで第一艦隊にいた時にも、アロンダイト周辺で同じような光景を見たけど、あの時は|旗艦《ロイヤル・ソヴリン02》にいたから、こうやって外から艦隊を眺めるなんてことがなかったからな……宇宙空間に浮かぶ黒い染みのような巨大な要塞。それを守る漆黒の(ふね)たち……)


 目を奪われていたのは一瞬で、すぐに副長からの指示が飛んでくる。


「ミスター・コリングウッド! 礼砲の準備は出来ているな!」


 クリフォードは慌てて、「はい、副長(イエッサー)! 準備は完了しています!」と叫んだ。


 礼砲は、低出力かつ低集束率に調整された主砲を規定数放つもので、要塞司令官及び艦隊司令官に対し、五秒間隔で十七回発射される。


「よろしい。それではオルセン少佐、礼砲を開始してくれ」


 戦術士席に座るネヴィル・オルセン少佐は、「了解」と小さく答えて頷き、「礼砲開始!」と体に似合わぬ大声で主砲の発射を命じた。


 オルセン少佐の合図と共に、十五テラワット級陽電子加速砲の砲門が開き、眩い光跡を宇宙(そら)に描く。

 十七発の礼砲を撃ち終えると、モーガン艦長は直ちに搭載艇である雑用艇(ジョリーボート)マグパイ1(カササギ1号)に乗り、旗艦に向けて出発した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本シリーズの合本版です。
(仮)アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)
内容に大きな差はありませんが、読みやすくなっています。また、第六部以降はこちらに投稿予定です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ