第十七話
最終話です。
宇宙暦四五一四年六月三日。
<ゾンファ共和国ジュンツェン星系方面軍司令本部内>
ゾンファ共和国軍第八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は、今回の作戦の報告書を携え、ジュンツェン方面司令本部に出頭していた。
既にハイフォン星系駐留艦隊の通報艦により、作戦の失敗が報告されている。
彼を案内する二十代半ばの大尉は、近寄れば自分にも火の粉が降りかかってくるとでも言うように、彼とは一切無駄口を利かなかった。
司令長官室に入ると、苦虫を噛み潰したような表情のフー・シャオガン上将――ゾンファの階級、大将に相当――がフェイ大佐を迎え入れた。
フー上将はフェイ大佐を立たせたまま、「報告書は既に見ている。付け加えることはあるか?」と尋ねる。
フェイ大佐は「ありません!」と背筋を伸ばして答えた。
フー上将は副官を下がらせると、表情を緩めて、フェイ大佐に椅子を勧める。
上将の行動にフェイ大佐は驚きを禁じえなかった。自分は任務を失敗した指揮官であり、スケープゴートとして処分されると思っていたからだ。
「本心を言わせてもらえれば、君が失敗してくれて良かったと思っておるのだ」
フェイは上将の言葉に「どういうことでしょうか!」と声を上げてしまう。
彼は数百名の部下を失ったこの作戦が、最初から成功を期待されていなかったと思い、怒りを覚えたのだ。
上将は「落ち着きたまえ」と言った後、
「君に命じた時点では我々も成功を祈っておったのだよ。しかし、今回の作戦の全貌を知った後、この作戦が成功すれば、我が祖国は滅ぶと思ったのだ」
フェイは怒りを忘れ、「“滅ぶ”ですか」と聞き返す。
上将は「その通り」と頷き、詳細を話し始めた。
「私はここで調べられる限りのことを調べた。さすがに三十パーセク離れた本国の情報はまだ入っていないが、それでもヤシマに向かう侵攻部隊から情報は入手できた。その結果だが、私が怒りを覚えるほど、この作戦は杜撰極まりなかったのだ。もし、君が成功の報を持ってきたとしても、私はヤシマへの侵攻を承認しなかっただろう……ことの始まりは二年ほど前のトリビューン星系での失敗にある……」
フー上将は、トリビューン星系での私掠船用拠点建設に始まる一連の流れを説明し始めた。
宇宙暦四五一二年十月に軍事委員のスゥン・チンピン委員が強引に進めた作戦で、ヤシマとアルビオンの関係に亀裂を入れるというものだった。しかし、拠点建設中にアルビオン軍に発見され、その計画は何の成果を上げることなく頓挫した。
それだけでなく、アルビオンとヤシマはゾンファに対し、侵略行為であると非難した。ゾンファ側は証拠捏造と言って突っぱねたが、アルビオンとヤシマの関係は以前にも増して親密になってしまった。つまり、スゥン委員の思惑は完全に裏目に出たのだ。
「……スゥン委員は自らの失点を挽回するため、再び大胆な作戦を考えたようだ……」
スゥン委員の作戦はターマガント星系で哨戒を行っているアルビオン艦隊に対して謀略を仕掛け、通信機能を奪った上で通信に応答しない敵対行為という名目で敵艦隊を殲滅し、開戦の切っ掛けにする。
そして、アルビオンへの侵攻の足掛かりとして、まずはヤシマ星系を占領しようという大胆なものだった。
支配星系の公的機関が行う誰何の通信に対し、応答しないという行為はどの国でも敵対行動と認識されている。しかし、同星系は先の停戦合意でアルビオンの支配宙域と確定しており、ゾンファ軍に誰何の資格はない。
百歩譲ってゾンファ艦隊が安全のため、敵対行動として敵を葬ったとしても、その後が杜撰だった。
ターマガント星系で国籍不明船団を殲滅したとしても、アルビオン及びヤシマに対する宣戦布告の大義名分にはならない。スゥン委員は戦端を開き、勝ってしまえば、そんな細かいことは問題にならないと考えていると、フー上将は予想した。
「……何より問題なのは、我が国が停戦合意を守らない国家だと認定されることなのだ。仮にヤシマを占領し、アルビオンに打撃を与えたとしても、アルビオンを降伏させることは困難だ。その場合、我が国かアルビオンが滅ぶまで、停戦はおろか休戦すら望めないだろう……」
フー上将の言葉にフェイ大佐は言葉を失っていた。そんなフェイ大佐を他所にフー上将の説明は続く。
「……二ヶ国だけならば、それでもいいだろう。だが、スヴァローグ帝国がいる。我々が戦い続け疲弊すれば、スヴァローグが漁夫の利を得るだけだ。更に自由星系国家連合も死力を尽くして我が国に抵抗してくるだろう……その先に見えるのは我が国の滅亡だけなのだよ」
フェイは小さく首を横に振り、毒気を抜かれたような呆れた声で上将に質問する。
「軍事委員会はなぜそのような作戦を承認したのですか? 党は、なぜそれを認めたのでしょうか?」
党とは国家統一党のことで、ゾンファ共和国を実質的に支配する政治組織のことだ。
フー上将は「誰も認めておらんよ」と言って、首を横に大きく振る。
「先ほども言ったが、スゥン委員の独断なのだ。ヤシマ派遣軍はこの星系に先日到着したが、彼らが持つ命令書には国務院総理の承認はおろか、軍事委員長の承認すらなかった。あったのは、軍事委員長代行のスゥン委員の承認だけだった。ヤシマ派遣軍の司令官は私の権限で軟禁してある。もし、私に疑念が生じなければ、そして、君が成功させていれば、我が国は無名の師を興していただろう……」
国務院総理は国家元首であり、その承認がないということは彼が言うように“無名の師”、つまり大義名分のない戦いということになる。
「では、私たちの戦いは全くの徒労だったと。死んでいった部下たちは犬死だったと……」
フェイは力なくそう呟いた。
「犬死では決してない! 独断専行が過ぎるスゥン委員は我が国にとって危険な存在だった。その存在を葬り去るための証人が必要なのだ。実際に無茶な作戦を押し付けられ、死んでいった兵たちの存在は、軍事委員会、そして、党の指導者たちの心を打つはずだ……念のため、チェン委員に内々に伝えているから、今頃、スゥン委員の排除に動いておられるだろう。そして、君が本国に帰れば……」
フェイは軍事委員会での証言を承諾し、ゾンファ星系に向かった。一ヶ月前の彼の思惑とは全く違う目的で。
七月十三日。
フェイ大佐はゾンファ星系の首都星ゾンファに降り立っていた。
彼は軍事委員のチェン・トンシュンの私邸を訪れた後、秘密裏に開催された軍事委員会に呼び出された。
彼が会議室に入ると、八名いる委員が一斉に彼を見た。
そして、委員の一人が今回のターマガント星系での作戦について、彼の報告書を読み上げていった。報告書が読み上げられた後、彼に向かって質問と叱責が飛んだ。
「……すると、君は二倍近い戦力をもち、通信を制限された敵に勝てなかった、いや、破れたと言うのかね。諜報部の工作通りなら、戦闘指揮所にいたのは若い士官だが、その若造に君は敗れた。そう言うのだね……君にはプライドと言うものがないのか!」
フェイはフー・シャオガン上将とチェン委員と相談し、追加の報告書を提出していた。
彼はその報告書を使って、委員たちと対決することになった。
彼自身、作戦失敗に対して言い訳がましい説明をするのは不本意だったが、部下たちを守るため、上将と委員の思惑に乗るしかなかった。
「追加の報告書にある通り、ジュンツェン方面軍にて敵の動きを解析した結果、敵の通信不能は我が軍を惑わす擬態である可能性が高いのです。更に敵の戦闘指揮所を孤立させたことに関しては、間違いなく失敗しております」
質問した委員に代わり、スゥン・チンピン委員が「証拠はあるのかね」と詰問する。
「もちろん証拠はありません。ですが、諜報部の工作が成功したという証拠も同様にありません。諜報部の報告は客観性に乏しいですが、追加報告書は我々が得たデータに基づいて解析した結果です。恐らく敵は諜報部の工作に気付き、我が軍に対し、逆に罠に掛けてきたのでしょう」
スゥン委員は追加報告書をバンバンと叩きながら、「その都合のいい仮説を信じろと言うのか」とフェイを睨む。
「いいえ。ですが、客観的に見て敵が何らかの対策を打って戦いに望んだことは間違いありません」
その言葉に他の委員から「対策を打つのなら、戦力を増強してくるのではないかね」と質問が出る。
「現場の意見を言わせていただくなら、戦力の増強は考えにくいでしょう。もし、敵が通常の哨戒艦隊規模より強力な戦力を整えていた場合、私は戦うことなく、撤退しましたから」
「では、敵の目的は何かね。この報告書には我が祖国を国際的に非難するために、あえて戦闘を回避しなかったとあるが、俄かには信じられんのだが」
「一介の大佐である私には、そのような政治的な思惑は判断できません。その推測は方面軍参謀部のものです」
再びスゥン委員が、「君は今回の敗戦の責任を取らぬつもりか!」と一喝する。
フェイが答えようとしたとき、チェン委員が割り込んできた。
「スゥン同志。今回の委員会の目的はフェイ大佐の査問ではない。アルビオンが我が祖国にどう出るかを現場にいた大佐に確認する場だ。勘違いしないで頂こう」
そして、周囲を見回し、「他に質問が無ければ、本題に入った方が良いのではないかな」と言った。そして、誰も何も言わなかったため、「大佐、ご苦労だった」と言って、退出を促した。
フェイはその部屋を出て、控え室のような小部屋に待機させられる。
(うまくいったのだろうか……あのままでは捕虜になった部下たちが、脱走兵扱いになると聞いた。スゥンを排除すれば、最悪、現場責任者の私の暴走ということで片付けられる。チェン閣下がどうにかしてくることを期待するしかないのか……)
焦慮を抱えたまま、一時間ほど待っていると、満面の笑みを浮かべたチェン・トンシュンが現れた。
「うまくいったよ、大佐。スゥン同志はもうすぐ病気に掛かるはずだ。それも不治の病にな」
フェイはそれですべてを悟った。スゥンは自らのミスにより処分されるのだと。そして、次は自分の番であることも。
彼が覚悟を決めていると、チェンは小さく首を振り、「君にはジュンツェンのフー上将のもとに行ってもらう」と笑った。
フェイはその言葉が信じられず、「自分は処刑されると思っておりました」と呟いた。
「死にたいのかね? 死んでも構わんが、アルビオンが今回の責任者の首を要求した時まで待ってくれんか。その時は喜んで君の死を有効活用させてもらうから」
フェイはその言葉で自分が外交カードの一枚になったことを理解した。
(とりあえず、国の体面を保つために、今回の戦いの事実は無かったと主張するのだろう。その上で、アルビオン側に証拠を突きつけられ、誤魔化しきれなかった時に、現場指揮官の暴走として、私を処分する。そんなシナリオなのだろうな……)
八月になると、軍事委員会のメンバーの交代が発表された。急病によりスゥン・チンピン委員が死亡されたためと報道された。
八〇七偵察戦隊の敗北は公表されず、戦隊は解隊された。解隊理由及び艦の損失については緘口令が敷かれた。
戦死者たちは事故死として処理され、捕虜となった兵たちは行方不明とされ、ターマガント星系の戦いは闇に葬り去られた。
当然、フェイ大佐の処分も発表されなかった。
フェイは連絡艦に乗り、三十パーセク離れたジュンツェン星系に向かった。
■■■
宇宙暦四五一四年五月十六日〇八時〇〇分。
アルビオン王国軍キャメロット第五艦隊、第二十一哨戒艦隊の重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所ではアテナ星系側ジャンプポイントに現れた味方の哨戒艦隊の姿を見て歓声が上がる。
交替の艦隊が来ただけなのだが、敵の姿は消えたとはいえ、味方は主砲を使用できないサフォークとスペクターミサイルを撃ち尽した軽巡航艦ファルマス13のみという状況であり、不測の事態が発生した場合対応できないと考えていたからだ。
現れた哨戒艦隊は第五艦隊の第六哨戒艦隊だった。
彼らは六日前にアテナ星系を出発しており、ターマガント星系で戦闘があったという事実を掴んではいなかった。
そのため、大きく傷付いたサフォークの姿と、駆逐艦が一隻もいないことに驚いていた。
指揮官代行のファルマスの艦長、イレーネ・ニコルソン中佐から状況の説明があり、訓練程度の任務と軽く考えていた第六哨戒艦隊に大きな衝撃が走る。
一二〇〇
第六哨戒艦隊との引継を終え、ファルマスとサフォークはアテナ星系にジャンプした。
超空間に入った後、サフォークでは超空間内当直体制となった。
クリフォード・コリングウッド中尉は、緊張を強いられた戦闘から解放され、自室でのんびりと寛いでいた。
(初めての実戦指揮が小艦隊の指揮か……今思うと士官学校でのシミュレータは楽だったな。と言うか、戦闘開始後の通信の制限なんていう条件はやったことがなかったし……それにしても、僕たちに対する処分はどうなるんだろう。指揮官であるモーガン艦長は亡くなっているし、あの状況では僕が指揮官代行だったんだから、僕の責任だ。軍から追い出されるかもしれない……少尉に降格ですめばいい……)
彼は三隻の駆逐艦を失った責任が自分にあると考えている。
更に戦闘指揮所内でのキンケイド少佐の暴挙を止め得なかったことも、処分の対象になると考えていた。
実際には軽巡航艦二隻と駆逐艦二隻を沈め、任務であるターマガント星系の確保をしたことから、賞賛こそされ、処分されることはないのだが、彼は多くの人員を失ったことに責任を感じていた。
(何にせよ。艦隊に合流してからだ。詳細な報告書を作る必要があるけど、まだ六日も掛かる。とりあえず、ゆっくりさせてもらおう……)
彼はすぐに眠りに落ちていった。
超空間に入っても、サフォークの艦内では損傷箇所の修理が続けられていた。
そんな中でも、戦闘中に戦闘指揮所にいた七名の下士官兵たちは同僚たちにその時の話をせがまれて、彼らもそれを得意げに語っている。
掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹は、食堂デッキで仲のいいゴドフリー・ジョーンズ二等兵曹とロブ・レーマン二等兵曹の二人に捕まっていた。
ジョーンズとレーマンは共に掌砲手であるが、全損した主砲の担当であったため、他の下士官より仕事が少なく、暇を持て余していたのだ。
「……で、あの崖っぷちの旦那は、敵がやる気満々で隊形を変えた時、何て言ったと思う?」
ジョーンズは首を横に振り、「もったいぶらずに早く話せよ、ケリー」と言ってせかす。
クロスビーは黒ビールを一口飲む。超空間では非番の者の飲酒が認められているためだ。
「自信満々の顔で、“敵はしくじった。的を増やしてくれたぞ”って言ったわけよ」
レーマンはその様子を思い浮かべようとするが、どうしてもイメージできない。
「本当か? あの中尉がそんなこと言ったとは思えねぇが」
クロスビーはニヤリと笑い、「そう思うだろな」と意味ありげな表情を浮かべた。
そして、二人が前に乗り出してきたところで、
「ああ、本当だとも。あの若いのは本物だぜ。この俺でも玉がギュッとなる状況で操舵手のキャンベルに、昔の艦の操舵長の笑い話をしていたんだ。敵から攻撃を受ける、ほんの数分前のことだ。そんな状況であの若いのが、ブルってる俺たちを奮い立たせたんだ。信じられねぇだろうが、本当のことだ……」
気が付くと、掌砲手や掌帆手など、非番の下士官たちが彼の話に聞き入っていた。
機関科のデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、機関制御室で機関長であるトレヴァー・デイヴィッドソン機関少佐と、通常業務である対消滅炉の調整具合を確認していた。
デイヴィッドソン機関長はリアクターのデータを見ながら、
「あの状況で機関と防御スクリーンを最後まで生かし続けたのは、お前の功績だ。よくやった」
ぶっきらぼうとも言える言い方だが、サドラーはその言葉に驚いていた。
「俺の功績じゃないですよ、チーフ。CICからの調整なんてたかが知れてますし。まあ、最後までコンソールに、かじりついてはいましたがね」
機関長は「俺は見ていたんだよ。ここからな」と言ってから、
「最後の攻撃でB系列のスクリーンが過負荷になっただろう。あの時、お前は切り替わったA系の負荷を強制的に質量-熱量変換装置に送り込んで、A系を早く生かした。あれが無けりゃ、五秒で再展開できなかったはずだ」
サドラーは頭を掻きながら、
「そのせいでリアクターをトリップさせちまいましたがね」
そう言って笑うが、デイヴィッドソン機関長は真剣な表情を崩さず「俺でも同じことをした」といった。更に機関長は称賛を続ける。
「それにしても、よくあの状況で操作を続けられたな。RCRならともかく、CICじゃパニクって、操作も何もできないだろう?」
今度はサドラーが真剣な表情になった。
「確かに最初はパニクりましたよ。でも、コリングウッド中尉が後ろから見ていると思うと自然と落ち着きましたね。ありゃ、血ですかね。あの“火の玉ディック”の息子さんなんでしょう、中尉は」
“火の玉ディック”とは戦艦の艦長として名を馳せたクリフォードの父、リチャードのあだ名で勇猛果敢な指揮は古参の者なら誰でも知っていた。
機関長は「ああ」と答える。
「自分が死ぬかもしれない時に、軽口が叩けるっていうのは凄いと思いましたよ。正直、あの若い中尉のことを“艦長”と呼びそうになったくらいですから」
機関長はこのベテランからそんな言葉が出てくるとはと驚き、見ていたデータから眼を離していた。
「そうか……俺も見てみたかったな。士官室じゃ、間違って入ってきた候補生にしか見えんからな」
サドラーは「いくらなんでも、そりゃかわいそうですよ、チーフ」と言いながら笑っていた。
宙兵隊のボブ・ガードナー伍長も宙兵隊の食堂デッキの人気者になっていた。
彼は戦闘中のCICで、それも指揮官シートのすぐ近くにあるオブザーバー席で戦いの一部始終を見ていたからだ。
彼の班の軍曹が「で、ボブよ。クリフエッジはそこで何を言ったんだ?」と話を促す。
「“全艦にE“って、液体水素より冷えた声でそう言ったんすよ」
「しかし、それは“旗艦に続け”って命令だろ。それじゃ、ミサイルの一斉発射の命令にならんだろうが」
「俺もその時は何をするんだろうって思ったんですがね。クリフエッジの大将は理由も言わずに自信満々でミサイルを発射させたんですよ。そうしたら、味方が次々とミサイルを撃つじゃないですか。ありゃ、部下を信じる将官の顔でしたね」
軍曹は首を横に振り、更にその後ろで聞いていた宙兵隊副隊長のバリー・アーチャー宙兵中尉が話に割り込んできた。
「コリングウッド中尉はそれからどうしたんだ?」
彼は小柄なため、巨漢の軍曹の陰に隠れており、軍曹もガードナーも士官がいると思っていなかった。
ガードナーは「中尉? えっと……」と慌てた。士官であるクリフォードのことをあだ名で呼んでいたため、咎められると思ったのだ。しかし、アーチャー中尉は全く気にせず、
「だから、“崖っぷち”はその後どうしたんだって」
ガードナーは処罰されるわけではないと心の中で安堵の息を吐き出すが、すぐに話を続けていった。
■■■
宇宙暦四五一四年五月三十日。
半月前に起きたターマガント星系でのゾンファ共和国軍の攻撃は、キャメロット星系で大きな話題となっていた。
当初、軍は情報士官であるスーザン・キンケイド少佐がゾンファ軍に協力したことから、その事実を隠そうとした。
しかし、キャメロット第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート大将は直ちに事実を公表し、ゾンファ共和国の暴挙を他国に伝えるべきだと主張する。
これに対し、キャメロット防衛艦隊司令長官のジェラルド・キングスレー大将は軍のスキャンダルを公表することになると、消極的な態度を崩さなかった。
コパーウィート大将は“この事実を公表しないことは祖国に多大なる損失を与える行為だ”と主張し、キャメロット星系政府を通じて、この事実を公表すると脅した。
キングスレー大将はコパーウィートの政治家とのパイプを思い出した。そして、自分が公表することを躊躇ったと知られれば、退役前の自らのキャリアに傷が付くと考え、公表に踏み切る。
事実が公表されると、マスコミは挙ってゾンファ共和国の暴挙を報道した。大々的な報道により元々強かった反ゾンファ感情は一気に燃え上がる。それと共に再びゾンファの陰謀を防いだ若き英雄、クリフォード・コリングウッドを称える声が大きくなった。
マスコミは、コパーウィートがクリフォードを自らの副官にしていたことを思い出した。そのため、彼は連日マスコミを賑わすことになる。
コパーウィートはマスコミの取材に対し、
「本当はクリフ、いえ、コリングウッド中尉を手元に置いておきたかったのですよ。ですが、彼の才能は前線にあってこそ輝くのです。私は彼の才能を祖国のために生かすべく、前線に赴かせました。ですが、私の想像を遥かに超えた男でした。あの状況では前線で数多くの指揮を執った私ですら絶望したことでしょう……」
彼は国民が聞きたい言葉を発し続けた。そう、英雄を称える言葉を。
そして、コパーウィートは連邦下院議員のウーサー・ノースブルック伯爵に接触した。
ノースブルック伯はコパーウィートが退役したら、彼の軍事顧問として厚く遇すると約束する。更に伯爵はコパーウィートを通じ、クリフォードの名声を利用しようと考えた。
(私の想像を超える男だったな。二度の成功は彼の人気を磐石なものにした。これでクリフォードは子爵位を手に入れる資格を得た。ヴィヴィアンの婚約者としては申し分ないだろう。英雄を義理の息子に持てば、私の首相への道も大きく開ける。もちろん、彼が政治的な野心を抱かないという確証を得てからだが……)
ノースブルック伯はコパーウィート大将を通じ、できるだけ早い時期にクリフォードをキャメロットに召還するよう指示を出した。
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軍の情報部門では情報士官が敵の協力者となった事実に強い衝撃を受けた。
スーザン・キンケイド少佐は工廠勤務が長く、システムに精通した優秀な情報士官であった。彼女は将来を嘱望され、十年以内には将官級に昇進するだろうと言われていた逸材だったのだ。
元々情報ラインの士官に対する管理は厳しく、私用の通信すら記録を残す義務を負っている。恋人同士の甘い通信にすら検閲が入る可能性があるため、若い士官には著しく人気がないラインでもあった。
事実が明らかになるにつれ、今回の事件が特殊な状況であったと理解されていった。
艦隊運用規則どおりに運用されていれば、このような事態は起こり得なかったからだ。
元々戦闘宙域において通信系を停止する操作は厳禁されている。今回の舞台であるターマガント星系はゾンファ共和国との緩衝地帯と位置付けられており、当然戦闘宙域に指定されていた。
また、共通要因故障対応系についても、戦闘宙域では常に起動しておくことが義務付けられており、キンケイド少佐の行動が明らかに異常だったと上層部は判断した。
今回、ゾンファ共和国が仕掛けてきた謀略は、指揮官と情報士を兼任できるという点を狙ったものだ。戦闘指揮所を孤立させ、情報士官が指揮官を殺害すれば、このような状況を作り出せると点が問題だった。
更にゾンファの狡猾なところは、内部破壊者対応訓練を併用した点だ。この訓練を行えば、戦闘指揮所以外の乗組員はシステムから強制的に排除される。
これにより一時的だが戦闘指揮所にのみ権限を集中し、バックアップが不能になる自体に陥る。
もし、この内部破壊者対応訓練が同時に行われていなければ、キンケイド少佐がモーガン艦長を殺害しても、指揮権は副長であるアリンガム少佐に移るだけで、今回の事象は発生しなかった。
軍はこれに対処するため、新たな運用規則を定めた。
仮に同様の事象が発生した場合でも、人工知能が戦闘状態を認識すれば、自動的に訓練を中止し、通常状態に戻すことができるように改めた。
これまではAIによる戦闘状態の認定は、人間の指揮官の権限を機械が侵すものとして、全く行われてこなかった。
軍の本能的な機械への不信、あるいは人間至上主義と言った思想は、ここに至っては修正を余儀なくされ、AIの能力を認めざるを得なくなった。
また通信系の停止については、航宙中は指揮官と担当士官が承認したとしても、最低一系統の通信系を残さなければ、人為的に通信を停止できないように改める。
軍はこれらの対策を全艦隊に通知し、対策の完了を宣言した。
余談だが、今回の軍の対策にマスコミを始め、国民は納得しなかった。
今回の直接的な原因については対策を行ったが、モーガン艦長とキンケイド少佐の不適切な恋愛関係についての処分が何もなされなかったからだ。
アルビオン王国軍では、伝統的に艦内での恋愛を禁止していない。これは長期間任務に就く乗組員たちは民間人との出会いが少なく、結婚が難しいという事情が関係していた。
恋愛の中には同性愛も含まれ、これにも寛容だったが、今回の事件で保守勢力から、艦隊内での同性愛の禁止を求める声が大きくなった。
軍はこれ以上問題を長引かせることを嫌い、艦内での同性同士の恋愛を禁じる規則を策定した。
キンケイド少佐がモーガン艦長殺害に使ったナイフには強力な毒物が塗られていた。その毒物は自由星系国家連合のヤシマにのみ存在する植物から抽出された毒物だったが、軍及び公安当局はゾンファの謀略と考え、ヤシマに調査官を派遣した。数ヶ月に渡る調査を行ったが、結局、毒物の入手ルートは判明しなかった。
また、キンケイド少佐に接触したジロー・スズキを名乗る商社マンについては、会社は存在するものの、ジロー・スズキという商社マンは全くの別人だった。
ホテルの防犯システムに残る情報から彼を追ったが、既に出国し、ヤシマに入ったところまでは確認できたが、その後の消息は全く掴めなかった。
キンケイド少佐の官舎を捜索した際、極微量の薬物が検出された。
それは弱い成分の神経系に効く薬物で、当局が実験した結果、ある種のアルコールの原料――具体的にはジンの原料である杜松の実――と同時に服用すると、効果が上がる成分だと判明した。
当局は過去にゾンファの諜報員が同じ薬物を使用したことがあったという事実を確認し、キンケイド少佐はゾンファの工作員に洗脳されたと結論付けた。
もう一つの疑念、当直に就くはずだった航法長のジュディ・リーヴィス少佐の体調不良については、キンケイド少佐が関与したという証拠はすぐには見つからなかった。
リーヴィス少佐はキャメロット星系への帰還後、精密検査と事情聴取が行われた。そして、キンケイド少佐の個室から見つかった二種類のフレーバーティーの成分が、彼女の体調不良を引き起こした原因であると判明する。
二種類の茶を同時に飲むと、腹痛に似た症状を起こす。天然由来の安全な成分しか検出されないため、発見が困難だったが、聴き取りの結果、当直の前に士官室で当日、そのフレーバーティーを飲んだことが確認された。この事実により、ようやく原因が判明した。
ただの情報士官であるキンケイド少佐が、そのような知識を持っているはずもなく、このフレーバーティーもゾンファの工作員が渡した物と断定された。
その茶の入手ルートを探ったが、一つはゾンファ星系のもの、もう一つは自由星系国家連合のヒンド共和国のもので、いずれもアルビオンにはほとんど入っていない珍しい種類の茶だった。これもヤシマ経由で入ってきたが、いつ、どうやって入ってきたかは判明していない。
当局はその後一年間に渡り、キンケイド少佐に関する調査を行ったが、ゾンファ共和国の工作員については何も分からなかった。
軍は今回の賞罰についても対応に苦慮していた。
最大の功労者であるコリングウッド中尉は、僅か三ヶ月前に中尉に昇進しており、大尉に昇進させることが困難だと考えた。
軍上層部では勲章によって、彼を賞しようという意見も出たが、前回の授章でマスコミに叩かれた軍上層部は、勲章だけでは不十分ではないかと警戒する。
結局、コパーウィート大将の、大尉に昇進させるべきであるという意見が通った。これはクリフォードに好感を抱いている王室に配慮したとも言われている。
いずれにせよ、彼は大尉に昇進することになる。
更に宙軍士官の憧れである殊勲十字勲章(DSC)を受勲することも決まった。
この他には戦死した士官、下士官兵に対し、名誉戦傷章が贈られた。特に駆逐艦ウィザード17の献身的な行動に対し、当時戦闘指揮所で指揮を取っていた副長に対し、二階級特進とアルビオン勲章が贈られ、騎士階級から准男爵へと陞爵した。
軽巡航艦ファルマス13の艦長イレーネ・ニコルソン中佐は、同艦の情報士官、サミュエル・ラングフォード少尉の受勲申請を行ったが、戦功が不明確であるとして却下された。
■■■
宇宙暦四五一四年六月一日。
重巡航艦サフォーク05はキャメロット星系の大型工廠プライウェンに戻ってきた。
僅か四ヶ月前にオーバーホールされたばかりだが、主砲に大きな損傷を受けたため、アテナ星系では修理ができなかったのだ。
サフォークがプライウェンに係留されると、すぐに第三惑星上にある要塞衛星アロンダイトに出頭するようクリフォードに命令が下った。
彼はアリンガム副長らに見送られ、迎えに来た大型艇に乗って要塞衛星アロンダイトに向かった。
第二部完
あとがき
クリフエッジシリーズ第二部「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)をお読みいただき、ありがとうございました。
本作品は士官になった主人公クリフォード・カスバート・コリングウッドが、唯一の士官として、強力な敵と戦うというものでした。
新米の中尉が数隻の小艦隊の指揮を執るという無理な設定――小説ではシーフォートシリーズで士官候補生が指揮を執るという設定がありましたが――であり、強引な展開だなと思いながら書いていました。
また、人間関係ももっと深掘りしたかったのですが、全くできませんでした。更に終わり方があまりすっきりしていません。これは次作への布石として、最初からこうするつもりでしたが、もう少し書きようがあったと反省しております。
相変わらず戦闘シーンが地味で、戦闘艦の描写もいまいちですが、前作よりはミリタリーSFらしくなったかなと自己満足はしております。
本作の舞台、重巡航艦サフォークですが、イギリス海軍の条約型重巡洋艦カウンティ――イギリスの行政単位――級のサフォークから名前を取りました。
メジャーな艦ではないですが、沈没寸前の状態で帰港するなど、結構ハードな戦いをした船のようです。ちなみに日本にも来たことがあるそうです。
偉そうに書きましたが、イギリス海軍をイメージして書いている割には、私のイギリス海軍の知識は多くありません。ネルソンが活躍した十八世紀末くらいなら、ほどほど知っているのですが、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの大西洋での戦いについては、あまり知識がありません。今回のサフォークもWikiなどのネット情報から得た知識ですし……
次作ですが、宿敵ゾンファ共和国との開戦後の話にしようかと思っています。その前に主人公クリフとは関係ない外伝的な短編を書くかもしれませんが。
と言っても、別シリーズのファンタジーを二作も連載しているので、次作はいつになるかは……でも、本シリーズが一番のお気に入りです。と言うか、子供のころからSF作家になるのが夢でしたから。
出来るだけ早い時期に次作に取り掛かりたいと思っていますが、次は艦隊戦を書こうと思っていますので、結構時間が掛かると思います。
今回、小艦隊同士の戦闘を書いたのですが、大艦隊の戦闘のイメージがうまくできないのです。設定では一個正規艦隊が約五千隻ですから、万単位の戦闘艦がひしめくことになります。重巡航艦の主砲の射程が十五光秒ですから、戦艦同士なら二十から三十光秒くらいの距離での撃ち合いになるでしょう。そうなると、相対速度が光速の二十パーセントだとすると、百五十秒、二分半ですれ違ってしまいます。すれ違った後、一時間くらい掛けて反転するんですが、結構離れるんです。この辺りがネックなんですよね。
イメージと違うんで、どうやって格好いい艦隊戦にするか……
何かいいアイデアがあったら教えてください!
最後にここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
心より感謝いたします。 愛山 雄町




