第十二話
宇宙暦四五一四年五月十五日 標準時間〇二時一五分
<アルビオン軍軽巡航艦ファルマス13・戦闘指揮所内>
〇二一五
アルビオン軍キャメロット第五艦隊、第二十一哨戒艦隊所属の軽巡航艦タウン級ファルマス型十三番艦ファルマス13の戦闘指揮所では、情報士官のサミュエル・ラングフォード少尉が旗艦である重巡航艦カウンティ級サフォーク型五番艦サフォーク05で指揮を執る親友クリフォード・コリングウッド中尉がどう動くか必死に考えた。
(今の状況を考えるなら、クリフは必ず手動回避を命じるはずだ。その時のための通信手段を考える必要がある。恐らくクリフも同じことを考えているのだろうが、向こうは士官が一人しかいないから手一杯だ。俺にできることは少ないが、それでも奴の手助けになれば……)
サミュエルが考えた案は以下のようなものだった。
敵は先ほどの分艦隊との戦闘を解析し、こちらの回避パターンが全く同じだったことに気付いている。そこから、対宙レーザーを使った通信方法を推定するのは容易であると考えた。
味方が通信に拘り手動回避を行わないなら、敵は人工知能による回避パターンを解析し、次の戦闘では格段に命中率が上がる。
これを防ぐには操舵手による手動回避が必須となる。
クリフォードなら安全を考え、戦闘開始の直前に手動回避操作を命じる。しかし、手動回避が開始されれば、味方同士でも正確な位置を推定できないため、ピンポイントで位置の特定が必要な対宙レーザーによる通信は難しい。
特に長文は情報が途切れると意味を成さないため、艦隊内の意思疎通はほぼ不可能になる。
それを回避するためには単純化した情報なら通信が可能ではないかと考えた。
サミュエルは艦隊の各艦にナンバーを振り、パターン化された命令とセットで旗艦から送信することを提案した。
パターンAは百八十度回頭、Bは攻撃開始、Cは加速停止、Dは加速開始、Eは旗艦に続け、Fは各指揮官の判断に委ねると言うものだった。
艦ナンバーは指揮官の先任順位でつけられ、1が軽巡航艦ファルマス13、2が駆逐艦ザンビジ20、3が駆逐艦ウィザード17、4が駆逐艦ヴェルラム6、5が駆逐艦ヴィラーゴ32とされた。
アルファベット一文字と数字一文字であれば、対宙レーザーの集束率を下げれば、通信は難しくない。
また、この方法では敵に傍受されても、一回だけなら敵に看破されない。それに敵との接触中に何度も命令を変えることは考えにくく、接敵直後だけ看破されなければ問題はない。
更にサミュエルは複雑な命令は混乱を招くと考え、六つのパターンに限定したのだ。
彼は艦長であるイレーネ・ニコルソン中佐にその案を提案した。
ニコルソン艦長は話を聞くとすぐに承認し、旗艦に送信するよう命じた。
送信してすぐに旗艦から、その提案を各艦に転送することが承認された。ニコルソン艦長はホッと息を吐いた。
(コリングウッド中尉は度量も広いようね。サフォークから各艦に連絡するのではなく、提案した私から連絡させようというのだから。よい提案なら採用するということをこれによって各艦の指揮官に示すことができる……この戦いが終わったら一度きちんと会って話がしたいわ。どんな人物なのか……この戦いに生き残れたらだけど……)
「サミュエル。艦隊各艦にあなたの提案を転送しなさい。パターンAからFの解説も付けておきなさい」
サミュエルは「了解しました。艦長」と答えて、情報士官用コンソールに入力を開始した。
「HMS-F0202013ファルマス13より、キャメロット第五艦隊第二十一哨戒艦隊C05PF021各艦に通達。現在使用中の対宙レーザー通信は敵に傍受される恐れあり。戦闘中は通信管制を敷く必要を認む。本職は以下の提案を行うこととした。艦隊各艦に番号を振り、旗艦からの指示を暗号化する……なお、本提案は艦隊指揮官代行クリフォード・カスバート・コリングウッド中尉により承認された。ファルマス13艦長、イレーネ・ニコルソン中佐。以上」
各艦から了解の通信が入り、サミュエルは密かに安堵の表情を浮かべていた。
ニコルソン艦長は目の前のコンソールを見つめながら、戦いになったときのことを考えていた。
彼女はサフォークの損傷が確認でき次第、指揮権を得るつもりだった。
(人工知能がサフォークの損傷を確認すれば、通信不能を理由に合法的に指揮権を得ることができる。この状況で指揮を執ることに躊躇いがないわけじゃないけど、先任士官は私。だから、責任を取るのは私であるべきなのよ。若いコリングウッド中尉にこれ以上責任を押し付けるのは先任として情けなさ過ぎるわ……)
彼女はコンソールから目を上げ、情報士席に座るサミュエルに目を向けた。そして、自分が指揮権を得た後、情報系故障対応訓練と内部破壊者対応訓練を直ちに中止できるよう、彼に準備を命じた。
「サフォークが損害を受けたとAIが認めたら、すぐに私がモーガン艦長から指揮権を奪います。あなたはすぐに二つの訓練を中止できるよう準備をしておきなさい」
サミュエルは「了解しました、艦長」と言って、訓練中止申請を準備し始めた。
彼は準備をしながら一年半前のトリビューン星系でのことを思い出し、旗艦で指揮を執る親友クリフォードのことを心配していた。敵拠点内での戦闘でクリフォードが味方を撤退させるために、自らを犠牲にしようとしていたことを思い出したのだ。
(クリフ、死ぬなよ。こんな戦いでお前の才能を散らすな。生きて帰ることを考えてくれ……)
■■■
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク05・戦闘指揮所内>
〇二一五
旗艦サフォーク05の戦闘指揮所で指揮を執るクリフォード・カスバート・コリングウッド中尉は、メインスクリーンに映る味方の各艦と敵本隊との航跡を見つめている。
航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹の航法計算が終わり、艦隊全艦に合流する針路を採るよう命じた。
(現針路で進めば、こちらが合流した後の約十三分後、〇二三三に敵と接触する。それもほぼ真後ろからだ……)
ティレット兵曹の計算では、〇二二〇にサフォーク05を旗艦とするアルファ隊と軽巡航艦ファルマス13を旗艦とするブラボー隊が合流する。
現状のベクトルを維持して再加速するのだが、敵分艦隊を殲滅するためにアルファ隊の速度が大きく落ちており、星系内最大巡航速度〇・二Cに達するのに約千百秒必要だった。
ちなみに最大巡航速度を超えて航行することは可能だが、星間物質との相対速度が大きくなると防御スクリーンが過負荷になり、最悪の場合は艦が破損する。
また、防御スクリーンは艦首側の方が強く、後方から攻撃された場合は艦を反転させ、艦首側で敵を迎え撃つことになる。
もし、その状態で巡航速度以上になっていると、星間物質が艦尾側の薄い防御スクリーンを破って艦に損傷を与える可能性があった。このため撤退する側も最大巡航速度以上で航行することは稀である。
ゾンファ艦隊主力は現在、味方の右舷側後方を横切る形で速度を保っており、約三百秒の加速で味方を追撃する針路に乗せつつ、最大巡航速度〇・二Cに達することができる。
一方アルビオン艦隊は加速を続けても、〇二三三時点では〇・一八二Cにしか到達しない。加速性能の高い軽巡、駆逐艦を分離することも可能だが、敵も同じように分離すれば結果は変わらない。
つまり、艦隊が現針路を保つ限り、〇二三三に〇・〇一八Cの相対速度で、ほぼ真後ろの左舷後方十度から攻撃を受けることになる。
(ヴィラーゴとザンビジは戦力外だ。ウィザードも加速性能が二十パーセント落ち、艦隊の機動に追従するのが精一杯。ファルマスも防御スクリーンにダメージを負っているから、無傷なのはこのサフォークとヴェルラムだけだ……)
そして、追ってくる敵艦隊の情報を確認する。
(敵の戦力は重巡航艦一、軽巡航艦一、駆逐艦三。それもすべて無傷の艦だ。更に後方から分艦隊の生き残りの駆逐艦二隻が追い縋ってくる。まあ、この二隻が追いつくのはかなり後だから、今気にする必要はないんだが……)
クリフォードには更に懸念があった。
(恐らく敵はこちらの通信に気付いているはずだ。あれだけ接近されれば、防御スクリーンの干渉光を解析されている。つまり、こちらの通信は傍受される可能性がある……それを恐れて通信をやめれば、こちらは連携できない。それにこちらの回避パターンが人工知能による標準パターンしかできないこともばれているだろう。AIの回避パターンは読まれやすい。つまり、次に攻撃を受けるときはかなりの確率で命中するということだな……ジリ貧だな……)
彼が状況を憂慮していると、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹がファルマスからの通信が入ったことを報告してきた。
「中尉。ファルマスより通信です」
クリフォードは「読み上げてくれ」と命じ、ウォルターズ兵曹は「はい、中尉」と返事をしてから、通信文を読み始めた。
「HMS-F0202013ファルマス13より、HMS-D0805005サフォーク05へ。敵が一光分以内に接近した場合、艦隊内の通信を傍受される恐れあり。予め作戦プランを立案し、敵接近後はプラン名のみ通信することを提案する。行動パターンは以下の案を提案……ファルマス13艦長、イレーネ・ニコルソン中佐。以上です」
ファルマスのニコルソン中佐は予め行動パターンを設定しておき、そのパターンコードを送信するだけにしておくべきだと提案してきた。
(合理的だ。六つのパターンを組み合わせれば、自由度は大きく増す。要は反転して攻撃するタイミングと、敵の攻撃を回避する機動がばれなければいいんだからな……)
彼はウォルターズ兵曹に向かって、
「了解した。ファルマスに返信してくれ。内容は“ニコルソン中佐の提案を承認する。各艦に転送せよ”以上だ」
ウォルターズはすぐに了解し、返信した。
クリフォードはCICの指揮官シートに座り、約十五分後に起こる戦闘について考えていた。
(敵が近づけば、こちらの通信を傍受するだろう。更にこちらが回避を行えば、通信手段を失うことにも気付いているはずだ。接敵時の相対速度は〇・〇一八C。こちらが先手を打って減速したとしても、この小さな相対速度では敵の意表を突くことは難しい……敵がこちらの動きに疑問を持たない形で、味方に有利な機動を行う方法はないのだろうか……)
クリフォードはメインスクリーンを見ながら、あることを思いつく。
(一光分以内に接近されれば、敵はこちらの通信を傍受できる。そこで敵の裏を掻くことはできないか……例えば、サフォークが盾になって残りの艦を逃がすというような……そうか、これならいけるかもしれない……)
彼は通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に、
「全艦に向けて通信を頼む。敵が一光分以内に入ったら、サフォークが盾になるという通信を全艦に向けて送信する。これは敵に対する欺瞞情報である。各艦はサフォークに思いとどまるよう通信を実施せよ……」
彼の作戦はこうだった。
敵に欺瞞通信を聞かせておき、味方が混乱している芝居を打つ。
そして、有効射程距離の十五光秒になる直前にサフォークが反転し、いかにも盾になるかのような機動を行う。
(一光分以内に入るのは〇二二二で、その前から通信管制に入る。このタイミングで欺瞞通信を入れれば、こちらの罠に掛かるはずだ……これで敵はサフォークに攻撃を集中しようとするだろう。こちらはそのタイミングで手動回避を開始し、敵の初弾を回避する……)
他の艦はサフォークからの指示に従って反転し、敵に攻撃を掛ける。
(……味方がその直後に反転して最大加速度での減速を行えば、攻撃を受ける時間を短くできる。交戦開始時における敵の速度は最大巡航速度の〇・二C、こちらとの速度差は約〇・〇一八C。有効射程距離十五光秒に達する三十秒前から最大加速度で減速すれば、敵とすれ違うのに三百三十秒強。最終的には〇・〇七C程度の速度差になるはずだ。その後に敵が減速したとしたら、二百八十秒間射程内に留まることになる。つまり約六百秒が戦闘時間ということだ。この六百秒、十分間を耐えきらねばならない……)
彼は味方の艦の損傷を思い、どの程度の損害出るかと憂鬱になる。
(サフォークが敵の攻撃を引き受けるとしても、それは初期の一部のみ。後は低相対速度での砲撃戦になる。こうなったら、ダメージコントロールが効かない味方に大きな損害が出るだろう……)
彼は損傷しているヴィラーゴとザンビジを退避させる方法を考えるが、敵分艦隊の生き残りの駆逐艦二隻の存在が問題だった。
(ヴィラーゴとザンビジを逃がすにしても生き残りの二隻が追撃してくる。やはり、分離させることは無理か……)
彼は指揮官コンソールに映る敵艦隊の表示を見つめていたが、戦いに集中するべく、CIC要員に指示を与えていった。
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<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所内>
〇二一五
ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所でメインスクリーンに映る敵の航跡を見つめていた。
彼には余裕があった。
この状況では味方が有利なポジションから攻撃できることは確実で、更に諜報部の謀略が成功しているから、ダメージコントロールを行うことができない。
(どうやらジャンプポイントに向かうのを諦めたようだな。しかし、この針路なら充分に追い詰めることができる……教科書どおりの追撃戦だな。この状況で逆転することは私でも無理だ。まして、ダメージコントロールを失っているなら、一気に戦力は落ちていくはずだ……)
そして、敵が対宙レーザーを使った通信方法を使っていることに呆れながらも感心する。
(それにしても敵には切れる奴がいるな。対宙レーザーでの通信という方法はアルビオンも使っていなかったはずだ……まあ、当然だろう。多重化した通信システムが全停になるなど普通は考えんだろう。しかし、この状況でこんな手を考え付くとはな。それだけではない。こちらを罠に嵌めてきた。諜報部の情報では敵哨戒艦隊に注意すべき人物はいないとあったが、どうやらそれは間違いのようだ。だが、この先どんな手で来てもこちらの優位は覆らんがな……)
ゾンファ共和国軍の諜報部はクリフォードがサフォーク05に配属された情報を掴んでいたが、僅か二十歳の新米中尉であり、ほとんど注意を払っていなかった。
そのため、サロメ・モーガン艦長を暗殺したスーザン・キンケイド少佐と同じシフトに入っていると知っていても、それを現場のフェイ大佐に伝えてはいなかった。
正確にはシフト表は渡されており、フェイにも確認することができたが、諜報部から特段の指摘もなく、フェイも誰がサフォークの指揮を執っているのか気にしていなかった。
フェイ大佐は軽巡航艦バイホのマオ・インチウ艦長に回線を繋いだ。
「先ほど連絡したが、敵の通信手段は対宙レーザーだ。つまり、敵が通信手段を確保するためには手動での回避運動が不能になるということだ。これで敵を殲滅することができる」
マオ艦長はそれに対し、やや懐疑的な言葉を返してきた。
「敵がそのことに気付いていないとは思えませんが。敵にはレーザーを通信に使うことを思いつくような切れ者がいます。決めて掛かるのは危険ではありませんか」
その言葉にフェイも同意する。
「確かにそうだな。敵が通信手段を捨てて、思わぬ手に出るかもしれん。気付いたことがあれば、何でもいいから提案してくれ」
「了解しました。大佐」と言って敬礼し、マオは通信を切った。
二隻の軽巡を失ったことから、フェイ大佐には最後の軽巡の艦長であるマオの力が絶対に必要だった。そのため、マオを信頼していると示す必要があった。
(マオの言うことはもっともだが、敵が打てる手は少ない。ほとんどないと言っていいだろう。油断さえしなければ、こちらの勝利は動かん。そのための大前提は味方のやる気をどこまで引き出すかだ。分艦隊を見棄てたと思っている奴が多いから、その辺りには細心の注意が必要だろう……)
フェイは麾下の各艦に向け、奮起を促す演説を行った。
「八〇七偵察戦隊の各員に告ぐ! 我々はティアンオ、チュマイ、ツアンの三隻を失った。また、ヤンズは行動不能に陥り、回復の目途は立っていない」
彼はここで一旦言葉を切り、声量を少し上げ、自信に満ちた声で続けていった。
「しかし、分艦隊は敵に大きな損害を与えてくれた! それだけではなく、我らの作戦遂行のために敵を誘き出してくれたのだ! 分艦隊の挺身的な行動により、敵の命運は我らの掌中にある! 後は勝利を掴むのみ! 分艦隊の仇を討つぞ! 司令部の指示に従い、各員に与えられた任務を遂行せよ! 勝利をこの手に!」
フェイの言葉に旗艦ビアンの各所から歓声が上がった。そして、それは他の艦でも同じだった。
フェイはそれを知り、勝利を確信した。
(味方の士気は高い。そして、敵に取れる策はあまりに少ない。つまり、私の勝利は確定しているのだ。後はそれを完璧な形で再現するのみだ……)
彼は部下の索敵担当者に命令を下す。
「敵のレーザーによる通信に注意しておけ。検知でき次第、解読しろ」
索敵員は未だ距離のある敵の通信は傍受できないと報告した。
「距離的にもう少し接近する必要があります。最小出力で使っているようですから、一光分以内が検出限界だと思われます。敵の通信傍受は暗号解読に回した方が良いでしょうか?」
フェイは鷹揚に頷き、「暗号は使えんよ。すぐに解読結果を報告すれば良い」と言って、周囲に聞こえるように話し始めた。
「敵の通信を傍受できれば、こちらの勝利は更に確実になる。一時間もすれば、勝利の報告を本国に送り出せるだろう」
彼はそこで笑顔を見せ、
「ここで敵を倒せば、一ヶ月後には勲章と休暇が貰えるはずだ。だが、浮かれるのは敵を殲滅してからにしてくれよ。よし、全艦戦闘準備だ!」
CICに笑い声が広がり、陽気な声で了解の応答をする。
ゾンファ艦隊に自分たちの勝利を疑う者は誰もいなかった。




