花の種
日曜日の午後、近所の優子ちゃんの家に行った。優子ちゃんは、僕より五つ年下の小学一年生の女の子だ。小さい頃から本当の兄妹みたいに仲良くしている。
インターホンを鳴らすと、ドアの向こうで優子ちゃんが二階から階段を下りてくる音がした。玄関から出てくるなり、僕の腕を掴んで裏庭までぐいぐい引っ張って行く。彼女は小さな青いプラスチックの植木鉢を指差した。二週間程前に二人で植えた種の目が出ないらしい。どうやら土の中で腐ってしまったようだ。
「寒い時期に植えたから調子が悪かったのかもしれないね」
困った顔で俯く優子ちゃんを励まして、僕は言った。
次の日、学校が終わると僕はまた優子ちゃんの家に行った。一年生だから優子ちゃんはとっくに帰ってきていて、お出迎えをしてくれた。
僕は、ズボンのポケットに忍ばせていた小さな種を取り出した。
「あげるよ、また植えたらいい」
「いいの」
優子ちゃんは、小さな手の平に乗せた三粒の黒い種を見つめる。
「また、枯らしちゃうかもしれないのに」
申し訳なさそうに、本当にもらってもいいの、と目で問いかけてくる。
「今度は上手く育てられるかもしれないじゃないか」
裏庭に回って、二人で植木鉢の前にしゃがみこんだ。優子ちゃんは、ぷすぷすと人差し指の先で土に穴を開ける。一つずつ種を埋めて、軽く土を被せて、少しだけ水をかけた。
「わたしね、お花をくれた方がずっと嬉しいな」
僕は、胸がどきりとした。素直な女の子が少しずつ我儘になってしまうのかと思うと、何かひどく切ない。
「それじゃ、しょうがないんだよ」
僕がプレゼントしたいのは、誰かが育てた綺麗な花じゃない。僕が知っている、小さな喜びを彼女にも教えてあげたいんだ。