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16  長い冬と春に

「やるね、団長さん」

「余裕かっ?」


 緊張の極みにそぐわない暢気とさえ言える掛け合いが、剣のぶつかる音の合間に響く。

 傭兵のそれはのほほんと。団長のそれは少しばかりの怒気をこめて。

 忍び込んだつもりが待ち伏せされていたと知った侵入者達は、後ろに退くこともかなわずに前に進むしかなかった。

 たいそう分の悪い賭であっても、それしか道が残ってなかった。


 破れかぶれになった人間は、時に思いがけない力と反応を示す。生還の可能性が限りなく低くなったのだ。そんな人間は厄介だった。

 叫びながら剣を振るう敵は、しかしじわじわと数を減らしていく。

 塔からの階段側には裏切り者の男――傭兵がいて、鋭い突きと高い位置からの攻撃をくらわしている。砦の中側へは、団長をはじめとした騎士達が応戦している。団長は――新妻恋しさに腑抜けと評判を取ったのが嘘のように、元々味方すら油断させるための演技だったのだが、剣を振るっていた。

 主に叩き切る戦法の団長だが、侵入者側が余計な音を立てないようにと黒衣の下は革の鎧だった。ために、団長の剣は猛威を振るった。

 奇襲は奇襲でなくなった時点で意味を失い、不利になる。


 数も機動性も圧倒的に劣る状況にたたき込まれ、侵入者は混乱する。

 頼みの綱は山の向こうに待機しているはずの本隊が、駆けつけてくれることだけ。

 そうすれば形勢の逆転も可能だと、歯を食いしばって耐えてしのごうとした侵入者と頭目だったが、砦の外からの喊声は聞こえなかった。

 

「ぐっ、う」


 うめき声を上げて腕を切られた男の血しぶきが頬にかかる。

 頭目は何故だと繰り返していた。なぜ、どうして、計画が漏れて今まさに潰えようとしているのか。

 配下の者が拾ってきた男が元凶か。地理に明るく身も軽い。行き倒れ寸前を拾い上げれば思いがけずに役立つ男だったので、斥候がわりに使いだした。

 むろん間者かもしれないと最初のうちは警戒を怠らなかった。

 初めに痛めつけ、泣いて命乞いをするから雑用から始めれば、器用にしかし出過ぎないようにこなした。罠もしかけるのが上手く、獣も狩ってきた。

 特に怪しいそぶりも見せなかったから、こうして潜入まで連れてきたのに。


 ――最初から出し抜かれていたのか。


 不甲斐ない騎士団長の赴任からか? この忌々しい男、ひょうひょうとさっきまでの『味方』を容赦なく沈めていく男の拾い上げからか?

 それよりもっと前からか?

 どこから踊らされていたのだろうと疑問符が頭を巡るが、今はともかく切り抜けなければ。

 この計画の要が騎士団長なのは、出し抜かれていた今でも変わらない。

 騎士団長さえ倒せば、再び勝機も見いだせるはず。


「団長を仕留めろ。複数でかかれ」


 頭目の指示にざっと団長を囲むような半円が形成される。

 相対する団長は、偽りの赤毛も鮮やかに圧倒的な剣さばきを見せている。それは誘蛾灯の炎のような赤だ。

 ただ団長のみに意識がいった侵入者を、背後から咎めだてするような邪魔が入った。


「僕の相手はできないって?」


 軽い音をたてて体に刃をめり込ませ、足をかけて押し倒した傭兵が抗議の声を上げる。

 一角を崩して団長の背後に回り込む。


「こっちに来るな」

「ひどいなあ。共闘なんて初めてなのに」

「お前となどしたくはない」


 互いの剣の範囲を避けるように背中合わせに近い形を取りながら、油断なく周囲に目を配る。残りは五人。手負いであっても厄介な五人。

 ひどく嬉しそうに、傭兵は笑った。


「砦の外は?」

「手は打ってある」


 なら遠慮なく、と傭兵は侵入者の一人に姿勢を低くして突っ込んだ。

 瞬発力について行けないうちに、下から突き出された剣は右胸を貫いた。赤い血を纏わせつつ剣を引いて、今度は左胸を刺し貫く。頭上から振り下ろされた剣を肘を開いて相手の腕を跳ね上げて、軌跡を変えた。

 団長は内心傭兵に感心していた。傭兵の戦いぶりを目の当たりにしたのは初めてだ。

 それまでは自称で『凄腕』『強い』とうそぶいていた、副団長などは大言壮語だと切って捨てていたが、なるほど豪語するだけの力はあるらしいと納得する。

 間近で剣さばきを見ていて、団長はおや、と首をかしげる。


 戦い方としては変則的だ。姿勢をわざと崩したり死角から攻撃したりとなるほど傭兵の戦い方と思うが、そんな中にあってふと端正さが垣間見える。その剣さばきに見覚えがある気がした。

 ただぼうっとしている暇は団長にはなかった。

 潜入するだけあって、侵入者の腕は立つ。こちらにも負傷者が出ていた。

 利き腕を剣で叩き折る勢いで、振り下ろす。相手が剣を取り落としたところで肩から胸を切りつける。


 いかに精鋭でも多勢に無勢。勝敗は明らかだった。

 頭目は道連れを欲した。どうやら加勢は来ないか間に合わないようだ。

 このまま全滅すれば、自分達に意味はない。せめて、裏切り者の男か自分達をたばかった団長を――。

 そして頭目は団長を相手に選んだ。剣筋は似ている。体躯を利用して力で押し切る型だ。重い音をたてて剣がぶつかる。ぐいと前に出て、次には後ずさる。踏み込んで突くか薙ぐ。

 わざと隙をつくっては剣を横に振り抜く。間一髪で避けた頭目の口元に、一瞬笑みが浮かんだのを団長も高揚した思いで捉えた。


 ――もう敵は頭目しか残っていなかった。

 慌ただしく砦内の状況を報告しあい、他に侵入者がないか、混乱に乗じて門が開かれたりしていないかと内部は騒然としていた。

 顔を合わせる兵士達は、このために決められた合い言葉をまず口にしてから情報の交換をする。全て惰弱な団長に呆れ怒っていると思われた副官が、正体を明かしたと同時に取り決めた内容だ。

 敵がどんな格好で来るか分からない上に、混乱の中味方のふりをされても見抜くのは難しい。見抜けなければ聞き分ければいい。その発想で合い言葉が決められた。


 戦う団長と頭目をよそに、傭兵は後始末を始めていた。

 まだ息がある侵入者にとどめを刺し、一度砦の上まで上がって内通者を担ぎ下ろす。

 途中で気付いた内通者は身をよじって抵抗するも、面倒だからまた気絶させた。


「まだ利用価値があるかもしれないから、生かしとこう。うん、今のところだけど」


 うんうんと深く頷いてから傭兵は階段を下りて、団長を認める。

 脇にどさりと内通者を転がして、壁に背中を預けた。

 頭目は肩で息をしているが、団長はわずかに息が大きくなっているだけだ。目はひたと頭目を見据えて、剣先は微動だにしない。


「投降して吐くつもりはないか」

「愚問だ」


 団長はそうか、と声なく呟いた。

 まっすぐと見せかけた剣を横に変化させた頭目に、上から振りかぶった剣をたたきつけたのは最後の慈悲か。敬意か。

 頭蓋骨の割れる音がいやに生々しく響いて、頭目が膝をついた。

 剣の落ちる音の後でぐらりとかしいだ体が後を追う。どさ、と横倒しになり、ぴく、と最後の痙攣をしてから頭目は動かなくなった。




「ここは終わりかな」

「気を抜くな。他の場所への応援に行け。守りは固めてあるか?」


 気を緩める間もなく矢継ぎ早に団長から指示が飛び、兵士は散開した。

 傭兵と団長が残る。内通者は引きずられて行き、どこぞに監禁されるのだろう。

 ふう、と呼吸を整えてから剣をおさめた団長の耳に、拍手が聞こえた。


「お見事。さすが団長さん。敵を欺くにはまず味方から、を地で行ったね」

「うるさい。ぎりぎりに情報をよこしおって。おかげで間に合わないかとひやひやした」

「あまり早いと、内通者に逃げられたよ? よい頃合いと思うけど」


 傭兵の言い分ももっともなので団長は口をつぐんだ。

 ごろりと爪先で倒した侵入者を仰向けにしている傭兵を見やり、他に人がいないのを確認してから疑念を表す。


「お前は先の大公殿下と何か関わりがあるのか?」

「――何故、そう思う?」


 いつものひょうひょうとした、どこか人をからかうような響きはなかった。

 おそらくこちらが傭兵の本質かもしれない、と団長は漠然と感じ取る。それほど口調は平坦で声音は冷たかった。


「お前の戦いぶりは、正式に剣を習った者のそれだ。加えて剣さばきが似ているような気がしたのでな」

「そういえば、あなたは大公殿下と剣を交えたんだっけ」


 東の、もう何年も前の話だ。

 覚えている傭兵に団長は何も言わなかった。傭兵自身もけして語ろうとはしないだろうから、聞くだけ無駄だ。あのひやりとする返答だけで好奇心は十分に満足できた。

 す、と切り替えて団長は事態の収拾に乗り出した。あとの脅威は侵入者に呼応するはずだった隣国の本隊だ。

 こちらに内通者を仕立てたのと同様、あちらにも仕掛けている。傭兵の求めに応じて渡した、腹下しの薬がどのように使われたかは想像に難くない。

 山向こうに炎を認めて、団長は唇をゆがめた。

 砦から一団を差し向けて確認と事態の対処に当たらせる。


 朝になって事態の全容が明らかになる。内通者は横の繋がりを持たされず、従ってあまり有益な情報は持っていなかった。

 本隊は原因不明の病、おそらくは食あたりだと思われた症状で戦意が喪失し、ろくに動けないところを襲撃され、さんざんに翻弄されて生き残りはほうほうの体で隣国へと逃げ帰った。砦の損害は比較的小さく、修理で事足りる。

 団長は王城へ良い報告を送ることが出来て、安堵した。


 だが誰より安堵したのは、団長の身代わりとして団長室に押し込められていた騎士だろう。ずっと団長室で過ごさなければならず、芝居とはいえ団長の叱責や詰問を受けて疲弊し、精神的に消耗していた。

 最後の方は本気で泣き言が出ていて、それを砦の兵士に聞かれる始末だった。


「やっと外に出て戦えます」


 心底嬉しそうに、そして誰より勇敢に戦った彼を団長は高く評価した。

 


 すぐに王都に戻りたいのはやまやまだった。が、雪が団長の帰郷へと逸る心を妨げる。

 どこよりも早く、深く降り積もった雪に阻まれて春になるまで団長は砦に籠もるのを余儀なくされた。

 

「団長ってば気の毒。誰より帰って奥方の顔を見たいだろうにね」

「黙れと言うに」


 訓練ながらいささか物騒な本気を加えて剣を交えながら、軽口の応酬もなされる。

 器用なのか、不本意ながらどこかわかり合っているためか。

 二人の剣技は例年より長い冬の間、北の砦でたいそうな手本となった。

 


 ようやく雪がとけ、人の往来が可能になり。王都から交代要員が砦に到着した。

 報告と引き継ぎを済ませて団長は王都に戻る人員を率いて、旅に出る。


「なぜお前もくっついてくる」

「僕の依頼主に、報告の義務がある。どうせ目的地は一緒なんだから、くっついていた方が危険は少ないし合理的だ」

「まさか家にまでのこのこと顔を出すつもりじゃないだろうな」

「そういえば、新婚さんだったっけ。お気の毒」


 馬上でのやり取りに周囲は笑いそうになっては、慌てて表情を引き締めるのを何度となく繰り返した。

 ようやく王都に到着し、団長は致し方なく王城にまずは向かう。国王陛下と宰相閣下に報告し、今後の方針を話しあってそれをまた各地の砦や北の砦に伝える。

 気が逸る団長を引き留めるかのように、副団長は不在の間の仕事で急を要する案件を振ってくる。

 ぎりぎりしながら自宅に戻った団長が目にしたのは。


 玄関先で夢に見た妻の出迎えを受け、感動を覚えながら入った居間に図々しくも腰を落ち着けている傭兵、だった。

 思わず部屋の隅にいた家令を睨み付ければ、とても追い返せなかったのだと説明される。だが、不在の間に妻と談笑していたと面白くないことこの上ない。

 更に団長を逆なでするように、傭兵は妻に手紙を渡す。


「何ですか? ええと……」


 字を追っていく妻が黙って、代わりに頬と耳を赤くしていく様を団長はいぶかしんだ。

 妻の持つ手紙を覗き込んで、絶句する。


 ――寒くてたまらない、早く戻りたい。戻って顔を見たい。


 敵を油断させるために書いた偽の手紙。なぜこれが残っていると、傭兵をねめつける。

 傭兵はへらり、と笑う。


「こんな熱烈な恋文、本人に見せるべきだと思ってね。焼かずに取っておいたんだ」

「お前は、お前という奴は」


 怒りに震える団長と、偽手紙かと理解しつつもまだ顔の赤い妻、それを面白そうに眺める傭兵。

 久しぶりに主の戻った館は華やいで、賑やかだった。





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