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15  不本意な共闘

 ――北に赴任した騎士団長は、新妻を恋しがって部屋にこもりきりだそうだ。


 そんな噂は砦に到着してからほどなく、密かに囁かれだした。山賊のような者が少人数で山道を行き交う人々を襲っていたのが、最近は組織的になり、被害が近隣の村まで拡大していた。またどうも隣国が手引きしている節もある。

 山賊の討伐に人員を割かれている間に、小麦を貯蔵した場所が襲われたりしている。陽動か、作戦か。先ごろ先代の騎士団長も調査に来ていて、いよいよ騎士団長じきじきの赴任だったのだが。


 砦の者ですらなかなか騎士団長を目にしないと嘆く声が、漏れ聞こえてくるに及んで北の砦と土地は落ち着かなくなる。なにしろ厳しい冬が目前で、できるだけ食糧は備蓄しておきたい時節なのに、それを略奪されて頼みの騎士団の長が不甲斐ないでは心配も募ろうというもの。

 実際騎士団長は部屋にこもりきりで、側付きの赤毛の副官らしき男だけが団長の部屋に出入りしては、時間を過ごしているらしい。その副官が持参しているのが強い酒だとの噂が出ると、騎士団長への不審が一気に高まる。


「あの……団長はどうしてしまったのでしょうか」

「さあ、私の口からはなんとも。ただよほど王都に残した奥方のことが気にかかる様子で、手紙のやり取りは頻繁に行っているのだ」

「副官殿から団長に言ってもらえませんか。このままでは士気に関わります」

「そうだな。折をみて進言しよう。ところで、今日の巡回はどうなっている?」

「はい、こちらが人員と目的地になっております」

「どうも、相手に情報が漏れている節がある。心してかかれ」


 砦に派遣されて間もない若い騎士に厳しめの顔で告げてから、副官はふう、と溜息をついて閉じられたままの団長室を見やった。頭を冷やすと副官は外に向かう。

 なにかあると、砦の周囲を歩き回るのが副官の癖で、ことに団長の部屋を訪れた後でその頻度は高いのは周知の事実だ。今も足音も荒く立ち去る姿を砦の者は目撃し、顔を見合わせる始末だ。


 北の砦にも人の往来はある。国境を兼ねているので旅人の詮議や、冬越しのための準備で商人が訪れたりする。

 副官は部屋にこもっている団長の代わりにと、人目を引く髪色をなびかせて雑事に当たっているが、じわじわとと騎士や兵士の雰囲気は悪くなっていくばかりだった。


 商人に託された王都への手紙が途中で奪われたのは、そんな状況の中だった。

 ある場所に届けられた手紙の束を、頭目と思しき者がざっと目を通す。目当ての一通を選び出して火に透かして見るが別に細工はない。

 末尾の署名に少し口角をあげてから、冒頭から手紙を読み始める。

 そしていかにもおかしくてたまらないといった、侮蔑と愉悦を滲ませた。


「……内容は、なんと」

「泣き言と、恋文だな。寒くてたまらない、早く戻りたい。戻って顔を見たいと、まあ、よくこれで騎士団長が務まるものだ」

「副団長がかなり優秀とも聞き及んでおりますし、今砦にともに入った副官も、そこそこは有能なようです」


 寒さに慣れている一同らしく、毛皮で裏打ちされた服を身に着け、襟元や手首、足首から冷気が入り込まないように工夫している。

 それが騎士団長と思しき人物の手紙を読み聞かされて、失笑する者までいる始末だった。緩んだ空気を引き締めるように、頭目がすっと立ち上がった。途端にしんと静まり返る。


「砦の内通者からの情報とも合致する。騎士団長は新妻恋しさに役立たずもいいところだ。かえせば、今なら目的を達せられるやもしれん。かねてからの手筈通りに、家畜小屋を襲うのを陽動として砦を襲撃する。人数に差はあれど、内部の士気は低下の一途らしい。

 勝機は我らにあるだろう。ここを押えれば春からの進軍が格段に有利になることは、今更説明するまでもないな?」


 頭目はぐるりと部下を見回す。同意のしるしに頭を下げて、闘争心をあらわにした眼差しを向ける。山賊に身をやつし、さんざんに北の砦の兵士たちを引っ掻き回した彼らは隣国の騎士であり兵士であり、狩人でもある。

 この時期に砦を奪えばもうすぐに降り積もる雪のために、砦側は増援は見込めない。こちらは寒さと山に強い者達ばかり。

 攪乱してからこっそりと忍び込み、火事でも起こして隣国側を引き入れるために門を開き砦を奪う算段だったが、おあつらえむきにやる気のまるでないのが責任者としてやってきた。妻を恋しがって部屋に閉じこもるなど、笑い話にしかならない。


 絶好の機会が巡ってきたのだ。

 頭目の騎士は中でもいたって薄着でいる一人に声をかけた。


「お前は砦の方だ。身は軽いし、その細腕では家畜を持っては走れないだろう」

「分かりました」


 素直に頷いた男は薄い金髪で森の緑と枯葉の茶色を混ぜた様な瞳をしている。ひょろりとした細みの男で、確かに力仕事は心もとない。ただ身が軽く、反射神経に優れているので陽動のための襲撃には大いに役立っていた。


「髪には布を巻いて隠せ。砦内の者の手引きでまずお前が忍び込んでから、順次我らが侵入する」


 冬越し用に薪も藁もたくさん小屋に積んであるはず。まずはそこに火事を起こし、砦内を混乱に陥らせる。

 それから――。


「腑抜けの団長よりも赤毛の副官の方が厄介かもしれん。あれは目立つ髪色をしている、仕損じるな」

「はっ」


 砦への襲撃の任をおった兵士が短く返事をする。

 決行は新月と決まり、おのおの武器の手入れや襲撃の連携について語り合うなど最後の準備に取り掛かる。

 砦への一番乗りを命じられた兵士も、部屋の片隅で愛用の剣の手入れを始めた。

 そこに『同志』が話しかける。


「ずいぶん切れ味のよさそうな剣だな」

「僕は力がないから、刺すか切る方に特化したんです」

「ふうん。飾り気はないがいい剣だな」

「ありがとうございます。大事なものなんです」


 荒事の前とは思えない飄々とした物言いで、いかにも嬉しそうに男は微笑んだ。

 人のよさそうな顔につられて話しかけた方も、ふっと緊張を緩めてまた手持ちの武器に目を落とす。

 あてがわれた粗末な寝床に潜り込んで、寝具の冷たさにふるりと震えながら、男は至って図太くあっさりと眠りについた。

 


 砦は朝からぴりぴりとした緊張感に包まれていた。初雪を確認したのもそうだが、ついに副官が爆発したのだ。


「いい加減に仕事をしてください。泣きにここにいらっしゃったのですか?」


 扉の向こうからはぼそぼそと抗弁する声が聞こえるが、耳をそばだててもはっきりとは聞こえない。

 副官の声だけが響いて、びりびりと空気を揺らす。突然扉が開いて、副官が憤懣やるかたないといった表情で出てきた。扉を閉めながら最後通牒のような言葉を吐く。


「もう限界です。正式に代替の要請を王都にいたします。それがお望みでしょう」


 団長の返事も聞かずに乱暴に扉を閉めて、肩で息をしながら副官はぎろりと様子を窺っていた者を睨み付けた。


「お前達も心しておけ。王都の書状をしたためるから、返事があり次第一時的にでも指揮権が移ることになるだろう」


 ようやくあの惰弱な団長から指揮権が移る――おそらく、この副官にだろうと安堵する者、素直に喜べない者、砦の未来に不安を覚える者がさまざまに、副官の激昂を見守った。

 副官の行動は早かった。すぐに王都への書状を書きあげて、従者に託して馬で王都を目指させた。しかし途中でその動きを察知されて罠をかけられ、従者と書状は敵側に落ちた。

 頭目が真剣に吟味した内容は、やはり団長の弱腰ぶりを嘆き、砦の指揮を任せられない旨を説明して、王都から代わりの人物をよこすように懇願していた。砦内部の話とも合致する。


 書状を火にくべた頭目はほくそ笑む。思った以上に内部は動揺し、がたがたらしい。

 今をおいて機会はない。新月の計画に自信をもって、最後の準備に余念がなかった。


 闇の気配が常より濃い新月の夜、目立たないように黒の衣裳、黒の布に身を包んだ男たちが密に山道を歩いていた。途中で中から少人数が分かれて下へと向かう道を進む。頷き合って別れた彼らを見送ることもなく、無言で残った者で砦を目指す。

 見張り台や歩哨用の回廊のあちこちに火が焚かれ、かろうじて闇に沈むのを妨げている。あらかじめ取り決めていた場所で鳥の鳴き声がしじまを破る。松明の一つが小刻みに揺らされ、縄梯子がするするとおりてきた。

 ひょろりとした長身の男が縄梯子に取り付いて、いたって身軽に上を目指す。

 さほどかからずに、男は松明の揺らめいた場所にたどりついた。


「中の様子は?」


 気負わずに問いかける声に、かえって緊張していた砦の兵士が拍子抜けする。


「いつもと変わらない。団長は部屋にこもりきり。副官の忍耐が切れかけている」

「そうか……。なら、始めようか」


 すい、と防具の隙間から差し入れられた短剣を何かの冗談かと兵士は認識した。それほど自然に、素早い動きだったから。

 思わず侵入者を見上げれば、にこりと笑われた。


「声をあげれば殺すよ。一応大事な証人だから、命は取らない。風邪はひくかもしれないけど」


 動けないところをあっさりと昏倒させられて、兵士は物陰に転がされた。

 侵入者は松明を下に向けて振る。応じて、縄梯子に次々に人が取り付きだした。

 全員が侵入を果たし、頭目が周囲を見回す。ふもとの方で空が明るいのは、別働隊のおこした火事のせいだろう。内部はややあわただしい雰囲気を醸し出していた。


「おい。砦の見張りはどうした」

「これだけの侵入を許したのに無傷もおかしいから、軽く眠ってもらっている。その方が後々言い訳しやすいでしょう?」


 最初に入り込んだ男が下に通じる扉の鍵を見せながら頭目に応えた。確かに、声も上げず、殺されもせずに内通者がやりすごすには不意を突かれて気絶していたくらいでないと、説明がつかない。

 頭目は無駄な時間を費やすことはせずに、鍵を開け、下に向かうらせん階段を降りはじめた。皆、音を立てないように、息も殺して。ただ目ばかりは鋭い光を放っている。

 階段を降り切るところで、頭目は後ろを振り返る。――あとは手筈通り。

 手に手に武器を持ち、数人ずつで固まって散開し、砦の混乱に乗じて門を開く。山向こうに待機しているはずの本隊を迎え入れ、砦の制圧を図る。雪に閉ざされれば春までは手出しができず、その間にここを拠点に軍勢を整え時機をみて南下する。


「始めるぞ」


 そう発しようとした直前に、後方から苦鳴が聞こえた。らせん階段の向こうで、視界がきかない。何か不都合が生じたか。確認しようと駆け上がれば、階段をすべりおちる部下の姿が映った。

 しまったなあ、と殺気のかけらもない声がした――気がした。

 

「声を出させたのはしくじった」


 のんびりとした声で反省の弁を述べるのは、侵入を任せた男。

 殺気立った部下に下から威嚇されながら、片手にうつぶせる部下の襟首をつかんでいる。そんな力持ちだったのかと意外に思うほどに、意識か命を失った部下を苦も無く引きずって邪魔にならない場所に転がす。


「おま、え」

「もっと勢力を削ぐつもりだったのに。でも。まあ、いいか」


 ざっと殺気立つ部下が階上に刃を向ける。裏切った男は不似合いに笑うと剣を構えた。部下が突進する。らせん階段は防御側に有利なように作られている。右手が効き手だと、剣を繰り出しにくい。

 反対に男には有利に働く。しかも戦いが変則的だ。結果、不本意にも時間を食い、物音を立ててしまう。


「賊だ、侵入者がいるぞ」


 声高に叫ばれ、わらわらと人の集まる気配がする。そちらも気になるが、この男一人に翻弄されている現状に頭目はぎり、と歯を食いしばる。

 このままでは挟み撃ちになる。近くの部下だけでも先に行かせようと試みる。

 かけつけた砦の兵士達。先頭は赤毛の男だ。これが例の副官なのだろう。

 この期に及んでも団長が出てこないとはと、その一点に勝機を見出そうとした頭目だったが。


「赤い髪、久しぶりだけど似合うね、団長」


 のほほんとかけられた声に理解が数瞬遅れ、認識した際にはざっと血の気が引く思いがした。

 厳しい顔つきで砦の騎士や兵士を従えている、騎士団長を目の当たりにして。






 

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