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11  黒が連なる意義

「あなた達に姉ができたから、紹介しておくわ」


 母親の気まぐれには大抵慣れっこだが、さすがに家族が増えるとなると話は別だ。わざわざ忙しいさなかに呼び出されたと思えば、藪から棒にとんでもない宣言ときている。

 しかも紹介された『姉』の姿形ときたら――。


 末弟は初めてできる女きょうだいに興味津々、次男はいかにも猜疑に満ちた眼差しを隠さない。長兄は一瞬目は見張ったものの余計な口は挟まない。公爵夫人は扇子を片手に満足そうに頷いた。


「おやおや、では私があなた以外とということになってしまう」

「まあ、遠縁としておけばよろしいでしょう?」


 公爵はわざと困った体で妻の夫人と軽妙なやり取りをしている。割にすんなり受け入れた上と下をよそに、次男だけは苦虫を噛み潰した顔を隠さなかった。

 当の『姉』が簡単に名前を名乗ってよろしくと頭を下げる。従姉妹に当たる侯爵家の娘とは顔見知りのようで、母親と三人でいかにも仲睦まじく言葉を交わしている。

 次男だけはだまされるものか、と名誉ある公爵家に突然現れた娘を睨んでいた。



 兄は『姉上』と呼び、弟は『お姉様』と呼びかける。少しくすぐったそうな表情で、当の娘はその呼び方を受け入れた。

 弟は突然現れた姉にまとわりついては実に多くの質問を投げかける。その返事から、尻尾をつかんでやろうと次男は聞き耳を立てる。


「お父様の子供なのですか?」

「いいえ」

「どうして髪の毛が黒いのですか?」

「王都で流行しているので染めているのですよ」


 紛らわしい髪色にするなんて、と次男は密かに憤慨している。おおかた瞳の色がどんな拍子でか黒かったために、傲岸不遜にも髪色まで黒にしたのだろう。この国の歴史を知っていれば、そんな身の程知らずな真似をしようとは思わないだろうに。

 どんな手で母を丸め込んだのか知らないが、得体の知れない存在を公爵家に入れるなど赦しがたい。必ずたたき出してやると次男は決めていた。

 弟が困惑気味にある物を見せに来るまでは。



 次男は父親の所在を確認して、会いに行ってもよいかとうかがう。承諾の返事をもらい、約束の時間に父親を書斎にたずねた。


「父上、お時間を取っていただきありがとうございます」

「どうした? いやにかしこまっているではないか」


 強烈な母の影に隠れがちではあるが、国内屈指の名門の当主におさまってから、家を傾けることもなく時流に乗っている父は人当たりのよい分、母と違った手ごわさがある。今もにこやかにしていながら、まずはこちらの意向を確認する。


「突然現れたあの女についてです」

「彼女がどうした?」


 今、『姉』は兄と共に南に出かけている。なんでも知り合いに会いに行くらしいが、王都にろくに縁の者がいる様子もないのになぜ南なのかと疑問を投げかけてしまう。何より解せないのは従兄弟である騎士団の団長がよりによってあの女と婚約して、南まで同行していることだ。

 年上の従兄弟は憧れの存在でもある。国王陛下の側について、先だっては東で武勲をたてた。そんな従兄弟がなぜあんな胡散臭い女と婚約して付き添うのだろうか。


「あれは何者なのですか」

「一応私の遠縁で、このたび養女に迎えた娘だ」

「納得できません。なぜ父上も母上も、事情が分かっていない弟は別として兄上までもあんな女をすんなり迎え入れるのですか。公爵家としての誇りをお忘れですか」


 公爵は息子の言葉に動じる様子もなく、本を選ぶと机に戻り置いてある書類の横で本を広げた。少年から青年になりかけの青さが面白くもあり、おかしくもありと内心では思っている。

 無視されたと思ったのか、聞き流されたと思ったのか次男はむきになって、紙に包んだものを机に広げて見せた。公爵がちらりと視線を移す。


「それは?」

「あの女の髪の毛です。弟がもってきたのです」


 服に抜け落ちた髪の毛を拾ったと言う弟が難しい顔をしているので取り上げて、弟の疑問に思っている内容を聞いてみた。

 その目で見れば確かにおかしいと思い、自分では近寄れないので弟をたきつけてさらに数本入手し調べてみる。


「髪の毛がどうかしたか?」

「染めた様子がないのです」


 元の髪色がどんなかと色々手を変えてみても、黒のまま。ありえないのに、と父をたずねた。父なら何かこのからくりを知っているのではないかと期待して。

 公爵は髪の毛を挟んでいた紙を元のように折りたたんだ。それをつい、と次男の方に押しやる。


「――お前はどう思う?」

「国内の者ではない。別の大陸には黒い色を有する者がいると聞いたことがあります。ただ、いくら遠縁といえど別の大陸に渡った祖先や縁者の記録などは、私の覚えている限りではありません」

「奇遇だな、私にも覚えがない」


 あくまでもにこやかに言ってのけた父親に、次男は束の間混乱する。

 公爵は立ち上がり窓から外を眺めた。そのまま次男を見ずに独り言のように呟いた。


「お前の想像通りだ。彼女は、伝説の娘だよ」



「まさか、そんな」

「陛下の伴侶として召喚され、紆余曲折あって現在は私の甥、お前の従兄弟の婚約者だ」

 

 いくらなんでもと思っていた仮説をあっさりと肯定されてしまい、次男は新たな混乱に投げ入れられる。伝説の娘。代々の国王陛下のみのために別の世界から喚びよせられた娘が、なぜ王妃ではなく従兄弟の婚約者なのだろう?

 ここで公爵は、お茶を持ってこさせてじっくり話をすることに決めたらしかった。

 次男は正直お茶の味など賞味する余裕をなくしているが、公爵はゆったりと茶器を手に寛いでいる。

 

「彼女が――伝説の娘が特別なのは理解できるな?」

「は、い……」

「歴代の王族、それも国王陛下しか手にできない存在が公爵家の係累に加わる意味は?」


 そこで公爵は次男を促し、手入れの行き届いた広い庭に注意を向けた。

 代々の爵位と領地、王族に繋がる血筋。人もうらやむ恵まれた境遇。それでも手の届かないものが、厳然としてあった。


「王族には伝説の娘に対する並々ならぬ思い入れがある。神殿関係者、神官達にもだ。王弟殿下、大公殿下たちでさえ手に入れられない、勿論貴族など話にもならない。

 それだけに伝説の娘に対する畏怖と憧憬は大きい、違うか? そんな存在が公爵家に入る。これは公爵家の権威を高めるだろう」

「ですが、公表しないことには」


 公爵はまだ若い、それだけに直接的な次男の考えを一笑にふす。

 老獪な公爵の一面を覗かせた。


「こういうことは自然に知られてしまうものだろう。お前が疑念を抱いたように。

 それにお前は知らないだろうが国王陛下や、王弟である宰相閣下の彼女への態度を見れば一目瞭然なのだよ。貴族たちもそのうちに察するだろう」


 公爵は伝説の娘を公爵家に入れる利点を述べる。

 王族の関心が高ければ、娘の産むだろう子が次代の王族と結びつく可能性は高い。現団長の夫人、次代の侯爵夫人の子となればなおさらだ。王家の縁戚となれる。現公爵家に娘はいないので、次代への布石としても申し分ない。

 次に伝説の娘は王族のみならず、神殿にも影響力が大きい。現神官長は特にそうだ。前の神官長が急死した後、神殿は往時の勢力を失っている。王妃にならないにしろ、伝説の娘を利用するかもしれないことは充分に考えられる。


「悪用されないように、公爵家の養女の立場は牽制になる」


 娘を守りながら、娘に執着する神殿勢力を公爵家のために使えるかもしれない。

 最後にな、と公爵は楽しげに次男に語る。


「彼女がお父様と呼ぶのだ。伝説の娘がだぞ。わくわくしないか?」

「父上……」


 あの母と政略とはいえ長年連れ添える人だ。一筋縄ではいかないのは当然だ。

 ただ正体を知れば父の言わんとする意味も分かる。『奇跡』が姉になったのだ。

 公爵はこほんと咳払いをして、結論付けた。


「まあ、色々と鑑みてのことだがな。彼女のおかげで侯爵家ともさらに強固な繋がりができる。本来なら長男は跡継ぎ、次男は武人、三男は神官というのが相場だ。幸い、お前達にも分け与えることのできる爵位が複数あるのでその限りではないが。

 お前が公爵家の隆盛を願うなら、彼女の存在は益となるのを理解して振舞うがいい」


 ちょうどお茶のお代わりとともに手紙が届けられた。公爵は一通り目を通して、一通を次男によこす。


「お前の兄からだ。侯爵家から戻ってくるそうだ」

「彼女も、ですか?」


 あの女から昇格した呼び名に、公爵は微笑んだ。

 

「お前の姉だ。戻る家はここしかないだろう……今はな」


 折りたたんだ紙を手に、書斎から自室へと廊下を歩く。

 伝説の娘が姉になる。その事実がなぜかひどくくすぐったい。



 後日馬車から降りる娘を出迎えた弟達は、末弟は娘に抱きつき、次男は目を逸らしながらいささかぶっきらぼうに話しかけた。


「お帰りなさい、兄上。――姉上」


 娘は少しだけ照れた。そしてゆっくりと微笑む。


「――ただいま」








 

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