01 手紙
お姉ちゃん
急に消えてごめんなさい。驚いたでしょう。
私は前と同じところにいます。色々な事情でまた呼ばれてしまいました。二年半が経過していて、それなりにこちらの人も変わっていました。
お姉ちゃんに話した人もいました。
再会の時の姿はおかしなことに、椅子に縛り付けられていて。相変わらず大きくて――生きていてくれたことに安心しました。
こちらは戦でも、病気でも簡単に人が死にます。戦う職業の軍人のような人だから怪我とかの危険も一般の人よりも大きくて、だから体に傷はついていても無事でいてくれて、ああ、よかった、死んでなかったと心底ほっとしました。
あの人は私のせいでこちらの国家反逆罪にあたるようなことをしていて、そのせいで死んでいてもおかしくなかったのです。
罪は表には出さない配慮がされていたけれど、いくらでも理由をつけて死罪――死刑にすることが可能だったから、その意味でも死んでいなくて、殺されていなくて泣きそうなくらいに嬉しかったです。
私をこちらに呼び寄せた首謀者は、誘拐犯のトップです。お姉ちゃんが最初の時にその場にいたら、多分手が出ていたかもしれないくらいに横暴な人だったのが、別人かと思うくらいに変わっていました。家に戻った時にもいい方に変わっていたのに、そのままそれにしたたかさとか柔軟さとかが加わって、一言で言えば食えないやつになっています。
その人には弟がいるのですが、これがまたザ・腹黒なのに一見ものすごくさわやかな人です。腹黒さに磨きがかかっていました。にっこり笑いながら人を転がすというか、人を動かすのが上手い人です。一時は色々な意味で危ない目にあいましたが再会した時の感触では、一応和解した形になっているようです。
お姉ちゃん、ここまでの書き方で分かってしまったかもしれないけれど、私はそっちには戻りません。
こちらで生きていこうと思います。
二年以上も行方不明で心配させた挙句に、ずっと側にいてくれたのにごめんなさい。心ない視線や中傷から守ってくれたのにまた行方不明になることでお姉ちゃんがひどく追求されることになるかもしれないと、分かっていても私は残ることを決めました。
あの人、大型犬のあの人は私がいれば生きるんだそうです。そうでなければ生を手放しかねないと。
両親のことがあるからその投げやりな考え方には腹が立ちます。生きたくても生きられない人がいるのに、死んでもかまわないなんてうそぶくんだから自分勝手です。
それに属する組織の長という立場のある人です。責任を放棄するのも赦されるはずはありません。
私も死んだほうがましと思うことも経験しました。でも生きて両親を見送りたいとの思いを支えにして過ごしたところがあります。
呼ばれて求められたことには応えられませんでした。これまでの価値観に照らし合わせたら時代錯誤の人権無視もいいところの要求でした。
初対面の人と結婚しろなんて、絶対に無理でしょう?
だから抵抗して、逃げたり色々しました。
相手が権力者だったから事態がややこしくて、結果刺される羽目になりました。このへんは詳しく書くとお姉ちゃんの逆鱗に触れそうだから割愛します。
今回はここで違った役割を求められています。あの人の側にいられる役割です。
もし顔が見られたらなんて話をした時は、無事な顔を見て安心したいとお姉ちゃんには言ったけれど、いざ実現したらそれ以上のことを求めてしまう。欲張りだね。
でも今回はそれが可能になりそうで、少なくとも関係者からは認められたようです。
まだ障害は大きくてすんなりとはいきそうにないけれど、二人で頑張っていく覚悟を決めました。
だからこちらで生きていきます。
同封した手紙を他の人に見せてください。書類関係はまとめて銀行の貸金庫に預けてあります。鍵は貴重品をいれた引き出しに入っています。
お墓の管理も永代供養にしてあるので大丈夫だと思いますが。
本当に自分勝手でごめんなさい。
今日中に届けられるようにと大急ぎで書いているので、はしょりすぎなところがあるかもしれません。でも今回は私の意思で残ること、もう会えないだろうと思うことを伝えたくて書いています。
お姉ちゃん、ごめん。でも大好きです。遠いところからだけど、幸せを祈っています。
伯父さんと伯母さんにもごめんなさいと伝えてください。
本当にありがとう。さようなら。
突然消えた年下の従姉妹。呆けている間に時間が過ぎて、気付けば淡い光の中に手紙が出現した。
手にとると見慣れた筆跡。
中には別の封筒に入った短い手紙も入っていた。
「駆け落ちします。探さないで下さい……か」
本人の筆跡で書かれているし成人した人間が本人の意思で姿を消す意図が記された手紙なら、警察へも事件扱いとする説明も必要ないか。
両親にこの手紙だけを見せて、適当な話をしておけばいいかともう一通の手紙を読みながら考える。
同封されていたマイクロSDカードには大型犬らしき人物が引きつり気味の笑顔を見せている。
「なにこのいい男。羨ましい、っていうかけしからん」
食い入るように従姉妹をさらった形の『大型犬』をチェックする。軍人のような、と書いていたが体格が良く精悍な印象だ。髪の毛も目の色も茶色で、決して低くはない身長の従姉妹よりもはるかに大柄で、服の上からも鍛え上げられているのが分かる。
従姉妹が撮影したものの他に、別の人が撮影したものも入っているようだ。
その一枚に視線が釘付けになる。
寄り添う従姉妹を蕩けそうな眼差しで見つめている大型犬は微笑していて、さっきの一枚とは全く印象が変わっている。
「うわ、好意丸出しだ。静止画像なのに甘さが駄々漏れじゃない」
こんな目で見つめられて守られたりしたら、そりゃあ落ちるわ。
納得しつつも少し寂しい。もう会えないかもと思うとなおさらだ。
「それにしても、沢山の縁を結べるようにって叔父さんがつけた名前だったけど、まさか別の世界と縁を結ぶなんて思わなかったよ。そっちを『こちら』って書いているんだからもう覚悟も決まったんだ。
あんな顔した男が側にいるんじゃ仕方ないか。……泣くんじゃないよ」
そうして、手紙をそっと胸にあてた。