婚約破棄されたので専属庭師になったら、氷の公爵様が毎日花よりも私のことを愛でてきます
「エレノア・フォン・リーベルト。君との婚約は今日限りだ」
王宮の舞踏会でそう告げられた瞬間、ゆっくりと丁寧にも私は頭を下げる。
私が婚約破棄された、その理由は見た目がとても地味だから――ただそれだけのこと。
第二王子は、隣で勝ち誇るように微笑む華やかな伯爵令嬢の肩を抱いている。
「……承知いたしました」
不思議と涙は出なかった。
むしろ、ようやく終わったという気持ちのほうが強かった。
幼い頃から私は婚約者として王子の趣味や趣向に合わせ、好きな花も、本も、そしてお茶会すらも我慢してきた。
正直、うんざりする……もう十分なはずだ。
自分の屋敷へと戻った私は、さっそくとばかりに父に向けて、こう口にする。
「お父様、領地へ帰らせてください」
「いいのか? 長年、王子の傍で我慢してきたのだろう?」
「はい。今度は好きなことをして生きたいんです」
硬い意思を持った私を見て取り、父はすぐさま許した。
きっと王子から虐げられてきたことを噂で聞いていたのかもしれない。
私の夢は、花を育てることだった。
社交界では地味と言われる薬草や野花も、私には宝石より美しく見える。
***
実家の領地へ向かうその途中、何の前触れもなく馬車の車輪が壊れた。
畦道に車輪をとられてしまい、どうやら車軸からもってして折れてしまったみたいだ。
困っていると、一台の黒い馬車が止まる。
降りてきたのは、「氷の公爵」と恐れられる若き公爵、アレクシス様だった。
「ここに居たのか……。君がリーベルト侯爵令嬢で間違いないか?」
「……はい」
「庭の面倒を見てほしい」
「え?」
「我が屋敷の庭師が全員辞めた。力を貸してくれないか?」
アレクシス様との最初の出会いは、そんな理由だった。
聞けば、公爵家の庭はなぜか植物が育たず、誰も原因が分からないらしい。
途端、壊れた馬車もそっちのけで私は興味が惹いた。
「……少しだけなら」
導かれる形で公爵家の屋敷へ着いた私は、庭の様子を見てとても驚く。
庭は広大なのに、どの花も元気がない。
空を見上げる子は誰もおらず、皆一様に顔を下に向けている。
私は土を触った。
「……ああ、なるほど。そういうことなのね」
原因はすぐ分かった。
「どうやら魔力が強すぎるんです」
「魔力? 花の成長に魔力が関係しているのか?」
「公爵様は魔力が非常に高いでしょう? その影響が花にも表れているんです」
私の言葉を聞いた彼は目を丸くした。
「花々がそんなことを理解できるのか?」
「植物が怯えています。強すぎる魔力は人にも悪影響を与えるのと等しく、植物の生育にも影響することがあると聞いたことがあります」
公爵は生まれつき強大な魔力を持っていた。
屋敷に住む人には平気でも、繊細な植物は耐えられない。
だから花が枯れていたのだ。
「魔力を逃がす花壇を作れば改善します」
私は薬草と魔法植物を組み合わせ、小さな花壇を作った。
翌朝のこと、庭中の花が咲いていた。
それを見た使用人たちは歓声を上げる。
「奇跡です!」
「いいや――違う」
公爵だけが首を振った。
「単なる奇跡ではない」
彼は私を見つめる。
「君の力だ」
その日から私は公爵家で庭師見習いになった。
毎日土を耕し、花を植え、薬草茶を淹れる。
公爵様は無口だけれど、花に関しては必ず感想を言ってくれる。
「今日の紅茶も美味しい」
「この花は好きだ」
「……君が笑うと庭まで明るく見える」
最後だけは何故か小声だった。
***
ある日、王都主催の園芸品評会が開かれることになった。
それに参加することになった私たちの庭は最優秀賞を受賞する。
そこへ現れたのは、なんと元婚約者の第二王子だった。
「エレノア!」
私を見るなり駆け寄ってくる。
「戻ってきてくれ! あの時は間違いだった!」
隣には、以前腕を組んでいた伯爵令嬢の姿はない。
どうやら王子は散財に巻き込まれ、大騒動になったらしい。
「君ほど堅実な女性はいなかった!」
私はゆっくりと首を横に振る。
「――もう遅いです」
王子がなおも食い下がろうとした、その時――
私の肩へ一枚の上着が掛けられた。
「私の婚約者に近付かないでいただこう」
低く落ち着いた声。
振り向けば、公爵様だった。
「こ、公爵?」
会場がざわつく。
公爵様は私の手を自然に取った。
「正式な発表はこれからだったが、ちょうどいい」
「――え?」
「エレノア」
真っ直ぐな青い瞳が私だけを見る。
「君が花を愛するように、私は君を愛している。屋敷へ来てから毎日、君が笑うたびに幸せだった。だから――」
私の目の前で彼は片膝を突く。
差し出される右手には、一輪の赤い薔薇の花が添えられていた。
「これからも私の隣で笑っていてほしい」
思わず涙がこぼれた。
王子から婚約破棄された日には出なかった涙だった。
「……はい」
周囲から大きな拍手が起こる。
元王子は青ざめたまま立ち尽くしていた。
――数か月後
公爵家の庭は「奇跡の花園」と呼ばれるようになった。
私は毎朝、公爵様と一緒に花へ水をやる。
「エレノア」
「はい?」
「今日は新しい温室を建てよう」
「また増やすんですか?」
「君が楽しそうだからな」
そう言って笑う公爵様は、もう誰も恐れる氷の公爵ではない。
世界で一番、花と私を甘やかしてくれる人になっていた。




