愛なんて所詮はちょっとの不幸で崩壊する脆弱な力
「あんまり驚かないのですね」
「初めて堕天使の力が宿ったあの時、あんたの過去をチラっと見たからな」
「察してはいたのですね」
氷雨がパチンと指を鳴らす。
その音に合わせて夢の世界はグニャリと形を変えていく。
出来上がったのは少し古びた映画館だった。
俺は隣にズィっと現れた椅子に腰かけ、銀幕へと視線を向ける。
そこに映っていたのは結婚式が行われている1シーンだった。
神父がお決まりの台詞で新郎新婦に問いかけ、二人もお決まりの台詞で返答する。
「ここに映っている新婦が一般人だった頃の私。そして、新郎の方が生まれながらの超能力者だった竜くん」
新婦の背丈は成人女性の平均より少し高いぐらいだった。
今の氷雨とは似ても似つかない。
「二人とも幸せそうな顔をしてる」
「ええ。この時は紛れもなく幸せな瞬間だったのですよ」
そう言う氷雨の声はすこしも幸せを感じられるものでは無かった。
彼女の心を覗こうと思っていると、それをフィルムを回す映写機の音が遮った。
場面がめぐる。
一般人と超能力者との間にある溝での葛藤。
共通の知り合いの超能力者である雄二への相談。
そして二人が結論を出した。
『他人を眠らせる』超能力を持つ竜の身体の一部を飲み込み、氷雨もまた超能力者になると言う結論を。
竜さんの髪の毛の一部を使って作った料理を氷雨が食べる晩餐のシーンは、俺の脳裏にファナエルの髪の毛が入ったオムライスを食べたあの時の事を思い起こさせる。
人間と堕天使、一般人と超能力者。
スケールは違えど互いを愛して歩み寄っている姿はどこか似たものを感じざるを得なかった。
また場面がめぐる。
氷雨は『他人の夢の世界を操る力』を持った超能力者になった。
竜の能力でぐっすりと眠り、氷雨の能力で夢の世界を操作して二人でデートをする。
そんな微笑ましい二人の結婚生活がダイジェストで流れていく。
「そこに愛があればどんな困難も乗り越えられるなんて、青い事をこの頃は本気で考えていたのです」
「今は違うのか?」
「愛の力なんて物はパートナーが隣に居てこそ成り立つものなのです」
氷雨が小さく呟いたその瞬間、大きな衝突音が辺りに響いた。
「所詮、ちょっとの不幸で崩壊する脆弱な力なのですよ」
銀幕は暗転。
次に映し出されたのは、大きなトラックに引かれた竜さんの姿だった。
「竜くんが死んでから私の生活は大きく変わってしまったのです。楽しかった毎日は悲しい日々に。二人で食べていた夕飯は一人に。唯一変わらなかったのは、私が竜くんの為に超能力者になる決断をした過去だけだった」
銀幕が暗い影に包まれた氷雨を映す。
彼女の持つ『他人の夢の世界を操る力』が次第にスケールを増していく。
次々と知らない人間の夢へ氷雨が入り込む。
他人の夢の世界を自由に歪曲させる力が大きくなっていく。
そして彼女の超能力が力を増していくたび、その代償と言わんばかりに彼女の体が縮み始めていた。
「最初は服のサイズが合わない程度の違和感だったのです。やがて仕事中に飲んでいたコーヒーが異常に苦くなって、22時になると体が睡魔に勝てなくなって、お酒を一口飲んだだけで体がSOSを発する様になって……大人だった私の体はいつしか小学生の頃まで若返っていたのです」
銀幕は氷雨の絶望を映し続けている。
体が若返ったなどと誰が信じてくれようか?
今まで出来ていた事が出来ないのがどれだけもどかしいだろうか?
自分の知識と自分の体の不和がどれだけ気持ち悪いだろうか?
そんなやり場のない彼女の思いを銀幕は淡々と映し続ける。
「この時私は思ったのです、なんであの時超能力者になっちゃったんだろうって。二人で考えて決断した事なのに、いつの間にか全部の責任を竜くんに押し付けてた。あんなに愛した人を私はこの時本気で恨んでた。幸せそうな誰かの夢の世界に迷い込んだ時、その人の幸せを壊してやりたいって気持ちが溢れ出て止まらなかった……でも、私が誰かを傷つけようとする度に竜くんと楽しく過ごした日々が脳裏をよぎって、自分が何をやろうとしていたのか自覚してしまった」
彼女は暗い顔で地面を見続けている。
堕天使の力で心を読んで居るから分かる。
彼女は未だこのトラウマを克服出来ていない。
竜さんを愛する気持ちも、竜さんを恨んでいる気持ちも、そんな自分を許せない気持ちも、竜さんに憎しみを感じれば感じるほど痛み苦しむ心も、全部本物だ。
「不幸中の幸いだったのが、超能力についての相談が出来る雄二が居た事だったのです。雄二の紹介で琴音ちゃんに会って、琴音ちゃんの研究を手伝っている傍らでるるちゃんと出会って……そして、私達と同じ超能力者と一般人のカップル達を沢山見てきたのです」
銀幕の場面が転換する。
そこに映る数々の超能力者と一般人のカップルは皆悲惨な結末を迎えている。
「一人ぐらい、ハッピーエンドを迎えたカップルは居なかったのか?」
「残念ながらそんな光景は見られなかったのですよ」
「もしかして、あんたが『シンガン』なんて組織を作った理由はー」
氷雨の居る方へ視線を向ける。
そこで見た彼女がなんとも複雑な笑顔を浮かべていた物で、俺はついつい言いかけていた言葉を引っ込めてしまった。
「最初に合った時に言ったのですよ。あなたの身体と未来を守るため、あなたの幸せな日常を壊しに来たと」
「……俺はこの体になった事やファナエルの為に神の類を殺した事は後悔してない。ファナエルを外的要因で死なせるつもりも毛頭ないよ」
「確かに、お兄さんほど強い存在であればファナエルさんを守る事は可能なのかもしれないのですね。でも、別れはどういった形で来るのか分からないのです。ファナエルさんの方が先に寿命を迎えてしまうかもしれないのです。そうして独りぼっちになった時、お兄さんはファナエルさんへの愛を維持できますか?」
『実際どうですか?想像以上に苦しく辛いものでしょう?』
予想と実感に計り知れないほど大きな差がある事はアルゴスを殺したあの時に嫌と言うほど分からされた。
もし本当にファナエルが俺の前から居なくなって『神を殺した罪』と『災厄になった体』だけが残ってしまった時、俺が本当にファナエルへの愛を保てるかどうか。
そんな事はその時にならなきゃ一生分からないのだろう。
それでもー
「この先何があっても、俺はファナエルを愛し続けるよ」
やっぱり俺にはこの答えしかなかったのだ。




