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【完結】俺の彼女はセイジョウです  作者: アカアオ
3章 罪

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【ファナエルSIDE】人間がブランド物を纏うかの如く、私は古い日誌と斧を身に纏った 前編

 「……もしかしてそれが原因で酷い事されたりしたのか?」

 

 アキラが心配そうな顔をして問いかける。

 

 『こんな事を聞いたら余計にトラウマを刺激しちゃうんじゃ』

 『ファナエル酷い顔してるし……どんな声を掛けたらいいのか。そう言えば確か前に本でー』


 彼の思考は逡巡していてごちゃごちゃしている、いわば軽いパニック状態のような物だった。

 私がアキラの心を読めることすら忘れ、『私に対する心配』だけが彼の頭を支配している。


 内心は不安で一杯で、ダメだった時の想像が絶えない……だけどそんな気持ちをを必死に抑えて好きな人()の為に動き始める。

 初めて告白してくれた時から見えていた彼の本質の様な物、それを見て私は深い安心感を心に抱いていた。


 「ううん、アキラが考えてるいじめみたいな事は起こらなかったよ。まぁ、人間の世界と違って天界ではいじめなんて滅多に起こらないから」

 「そっか……でも、じゃあなんでそんなに辛そうな顔してるんだ」


 アキラにも他人の心を読む力が芽生えているというのに、真っ先に顔を見て感情を読み取るなんて……。

 あまりにも人間らしい彼にちょっとしたギャップを感じながら私は静かに口を開く。

 

 「……羽を失った後の私は保護対象として丁寧に扱われてたんだ。例えばそう、人間の親が赤ちゃんを育てるみたいに」


 もう何年前だったかも思いだせない最悪なあの日の事を振り返る。

 私はアキラの心配そうな顔をゆらりと見つめながら、ゆっくりと丁寧に言の葉を紡いだ。


 ◇


 「ファナエル、今日はアルゴス様が近くに来られるそうだ」

 「歩いても疲れない距離だし一緒に行ってみない?」


 右羽を失って早3年、私の生活は大きな変貌を遂げていた。

 天使の力はまともに使えなくなり仕事は当然のごとく回ってこない。

 今までは空を飛んで各地を移動していたというのに、ろくに体のバランスもとれなくなったこの体で空なんて飛べるはずもなく……両親や友人達と出かけようものなら彼らをわざわざ歩かせる事になってしまった。


 「……いいよ。今日は気分じゃないし」

 「そっか、何かあったら連絡しろよ」

 「……うん」


 今の私はもはや一人では何もできない存在になり果てていた。

 そうなれば周囲の天使達の私を見る目も当然変わってくる。


 『ファナエルは力が上手く使えなくなったんだから私達が手助けしてあげないと』

 『彼女は私達が居ないと危険だからな』

 『今度集会があるけど悪魔が襲ってきたら大変だ。誰かがファナエルの傍にいてあげないと』


 皆が優しく接してくれていた。

 皆が私の事を思って沢山の事をしてくれた。


 だけど皆の放つ言葉にはどこか私に対する壁を孕んでいるように感じてしまって、結果私の心は言葉には言い表せない不快な何かに蝕まれていった。


 今まで感じた事も無かった暗い感情が私を支配する。

 この世界で私一人だけが奈落に突き落とされ、皆から置いていかれる様な感覚を3年間ずっと味わい続けていた。


 「二人はもう近くに居ない……」


 人間はやれ一週間、一か月、一年をやけに長い期間だと声を張って主張する。

 天使である私はその感覚を理解することは出来なかった。


 でも今となっては理解できる。


 人間は欠けている所が沢山ある生命体だから時間を長く感じるんだ。

 苦しくて辛い時間は楽しい時間よりもずっと体に染みていく物だから。


 「……もうすぐ完成」


 人間は時々狂気じみた行動をする。

 親しくしてくれた家族を殺し、力を求めて狂い、様々な生物の死体を好き勝手加工して地上を支配する力を手に入れた。


 悪魔も裸足で逃げ出す様な彼らの思想にどこか同調してしまいそうな自分が居る。


 私と言う個人を認めてほしい。

 私の事を『力を無くした一枚羽の可哀そうな天使』と思われないほどの力が欲しい。

 いつの間にか出来てしまった『私と皆との壁』を壊せるほどの力が欲しい。


 そんな思考にずっぽりと染まった私は天界にある禁書庫から盗んできた『大魔女キルケーの日誌』をペラペラと捲る。


 「墨みたいに黒くなったら完成……ハハッ凄い」


 めくっているページの見出しにはデカデカと『アンチ・グラウコスガム』と言う名前が記されている。

 比較的簡単な材料で作れてしまったその黒い物体は、口に含めて噛むだけで自分の力……俗に神性なんて呼ばれる物を抑えることが出来るらしい。


 その効果の副産物として、神からも姿を隠すことが出来るらしい。


 正直、この日誌に書いてあることは信じていなかった。


 大魔法使いとは言えキルケーはただの人間と聞いているし、この日誌の文体が後半から人格が変わったみたいに崩れて汚れていて……研究の途中で狂ってしまったとしか考えられない。


 そんな奴が書いた日誌に書いてある技術なんてきっと眉唾物だ。

 私はこのガムを完成させたときにまた絶望するんだろうとうっすら考えていた。


 でも……左手に持つ『アンチ・グラウコスガム』はそんな疑惑を消し去ってしまうほどのおぞましい瘴気を放っていた。

 私に残った搾りかすの神性なんて一瞬で溶かせるぞ、なんて幻聴まで聞こえるほどの瘴気を。


 「これ……本物だ。これさえあればー」

 「これさえあれば……何が出来るんですか?」

 「…………え?」


 誰も居ないはずの私の部屋で、聞いた事すら無い声が響く。

 ハッとして後ろを振り返ると、そこに居たのは4枚の羽を生やした一人の神だった。


 「それを作ったあなたなら分かるでしょう?その日誌を書いた人間、何かときな臭いんですよ。だからその日誌もきな臭い、中に記されている物はきな臭いを通り越して危険です……だから返して欲しいんですよ、それ」


 そこに居た神は自分の役割をこれでもかと見せつけるような軍服を着ていた。

 彼女の服に複数植え付けられているぎょろぎょろと動く無数の目玉が私を逃すまいと監視している。


 その気味が悪い目線を私はきっと、いつまでも忘れる事は出来ないだろう。

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