俺がファナエルの為に出来る事
「お邪魔します」
「はいどうぞ」
隣に立つファナエルと挨拶を軽く交わして彼女の家へと足を踏み入れる。
初めてここに来たときはあんなに緊張していたというのに今となっては最も落ち着く場所だ。
人の心は不思議なものだなと何処か他人事の様に考えながら俺はリビングのソファーに腰掛ける。
それに続くように様にファナエルは俺の隣に座る。
俺たちがこの位置に座るのはここ数日の間彼女の家に通っている内に出来たルーティーンの様なものだった。
そんなルーティーンは座る位置以外にも沢山のものが出来ている、例えばそうー
「それじゃあファナエルの分も捨てておくよ」
「うん、いつもありがとう」
口の中に入れていた黒いガムをいらない紙の上に吐き出して、その紙を俺が近くのゴミ箱に捨てることだったり。
「それじゃあアキラ、はいこれ」
「ありがとう。なんだか今日のは何かいつもと比べておしゃれな感じがあるな」
「いつも同じ味のクッキーは飽きると思って、チョコペンで模様をつけてみたの。ほら食べて」
ファナエルが作ってくれる白いクッキーを食べる事だったり、それはもう色々だ。
彼女から渡されたそのクッキーを手にとって眺める。
ファナエルが告白した人にクッキーを食べさせていた事も、そのクッキーがゲロクッキーなんて名前で呼ばれていたことも、それを無理やり飲み込んで告白したことも、全部が全部懐かしい事の様に思えてくる。
あの時は言葉に表せられないほどの吐き気に襲われたが、最近はそんな事すらとうに無くなって、ただただ美味しいそのクッキーを食べている。
そんな俺の様子を見たファナエルはふぅと安堵の息を吐いた。
それに合わせて彼女の頭上に赤い光輪が、欠損箇所から血液が滝の様に流れ続けている光輪が、彼女が堕天使である事を表す光輪が現れる。
「少しの間ゆっくりしてて、取ってくるものがあるから」
彼女はニッコリと笑ってそう言うと奥の扉へ消えてゆく。
階段を上る彼女の足音がトトトトと静かな部屋に響いている。
「この間に昨日のおさらいでもしておくか」
俺はそう言うと右腕を少しだけ浮かせて凝視する。
昨日ファナエルがこの家で教えてくれた事をゆっくりと思いだしながら右腕に力を入れていく。
すると右腕から銀色の髪の毛が生え、優しく右腕全体を包む。
やがて髪の毛から白い光が一瞬溢れかえり、気づけば右腕はあの時と同じプラチナ色の鎧みたいなものに変貌していた。
「ふぅ……よし、良い感じだ」
超能力組織『シンガン』との一戦から今日までの数日間、デートと称してファナエルの家に通っていた理由の一つが堕天使の力を扱う為の練習をする為。
俺がファナエルに頼んで始めた事だった。
「この力を完全に自分の物にすれば……ファナエルの孤独を癒せるはず」
『愛する相手が自分と同じ境遇になってくれる、これ以上に孤独を打ち消してくれるものは無いのですから』と、いつぞやに氷雨から聞いた言葉を頭の中で浮かべる。
超能力者は誰かに恋をすると狂ってしまうと、超能力者と普通の人間との間にある溝が埋まらないのではないかと不安になってしまうと氷雨は言っていた。
そうであるならばただの人間である俺と堕天使であるファナエルとの間にある溝も、ファナエルが抱えている不安も、きっと想像できないほど大きく深いものなのだろう。
俺はその事実を知ってなお、ファナエルの恋人でいる事を選んだ。
彼女を受け入れると決意した。
だから俺は今できる精一杯の事をファナエルの為に捧げるのだ。
『気持ちは嬉しいけど無茶はするのは駄目だからね。アキラが居ない生活なんて考えたくもないんだから』
俺の脳裏にそんな声が響く。
他人の心の内を聞き取る堕天使の力が働いた次の瞬間、俺の身体を温かくて柔らかい物が包んだ。
体に滴る生暖かい血液、慣れ浸しんだ大好きな匂い。
いつの間にかここに戻ってきていたファナエルが俺の身体を深々と抱きしめていた。
「今日私の話をゆっくり聞いて欲しいって言ったのはアキラのお休みも兼ねてなんだからね」
彼女はそう言うとゆっくりと重なっていた体を離す。
そんな彼女の右手には一冊の古い本が握られていた。
「ごめんごめん。それで今日は何の話をするんだ」
「……私が堕天使になった日の話。今日までアキラは私の為に頑張ってくれたから、私も勇気を出してアキラに伝えるよ」




