デート準備 その1
「とりあえず秋にぃはゲロクッキー女をデートに誘ってね」
「はぁ?!デ、デート!!」
「そうそう、デート」
洗面台の前に設置された椅子に座らされた俺は唐突な斬琉の発言に対し悲鳴のような声を上げていた。
斬琉は俺の様子などお構いなしと言わんばかりに俺の頭をがっと固定した後、普段あまり見ることの無い小さなハサミを洗面台から取り出した。
「秋にぃは認識が甘いんだよ。恋愛は早い者勝ち、今の状況に甘えてうかうかしてるとあのクッキー完食できる鉄の胃袋もった人とか異次元のイケメンとかにファナエルさん取られちゃうよ」
「それは嫌なんでしょ」と語りかけながら彼女はその小さなハサミで俺の眉を切って整えてゆく。
「嫌だ……目の前でファナエルが他の男とイチャイチャするのを見るのは……絶対に嫌だ」
「秋にぃはまだゲロクッキー女と友達の関係だからねぇ、今のままじゃその光景を見る可能性は十分にあり得ると思うよ~。例えばさぁー」
ニシシと悪戯に笑いながら斬琉は俺が考える中で最悪の未来を次から次へと話し始める。
その話を聞けば聞くほど、俺の心の中は危機感に苛まれていく。
もし、明日学校に行ったときにファナエルが知らない男の人と話してたら?
『アキラって思ったより面白くないんだね、この人の方が面白い』とか『アキラって思ったより何もできないんだね、彼はなんでも出来て凄いんだよ』とか言われたりしたら?
それに俺の体系だってちょっと太ってるのを服の着こなして誤魔化してるところがあるから……『実はアキラの体型前から気に入らなかったんだよね』とか言われたりしたら?
「……俺はもう生きていけないかもしれない」
「お~い、顔の手入れとっくの前に終わったんだけど。現実に戻ってこ~い」
ペチペチと頬を叩かれる感覚で一気に悪い想像から引き離される。
俺は思わず深い息を吐いて地面にうなだれるような態勢になっていた。
「さっきのは言いすぎたけど、そう言う可能性があるから早めに勝負を仕掛けてファナエルさんの心を掴む必要があるってことを秋にぃに分かってほしかったんだ」
「それは本当に痛いぐらい分かった……でも、ファナエルに初めて告白した時も緊張や不安で変な事言っちゃってるし……俺はファナエルを上手くデートに誘えるのか?」
どれだけ心を奮い立たせても消えてくれない弱音な気持ちを俺は吐き出した。
妹にこんな気持ちを素直に話してしまうのは情けないことだって分かってはいるが、どうしても言葉として吐き出しておかないと心の収まりがつかないのだ。
そんなちょっとした自責の念に駆られる俺に対して斬琉は自信満々な声を上げながら俺を励ます。
「フフフ、僕がそこを対策してないとでも思った?ちゃ~んと秋にぃがデートに誘いやすくなる下地を作ってあげるから安心して明日学校行きなよ」
謎のキメ顔でそう言う斬琉の左手には、何かの動画を映しているスマホが意味深に握られているのであった。
◇
「お、おはよファナエル」
「おはようアキラ。今日はなんだか落ち着きがないね、何かあったの?」
「い、いや何も~。それにしても今日はいい天気だな」
次の日、心の中を悟られぬようにと十分な警戒をしながらファナエルに挨拶したというのに一瞬でばれてしまう所から一日がスタートした。
早く彼女をデートに誘おうとする気持ちと、やっぱり彼女に拒絶されるかも知れないという俺の残念な弱気が心の中で戦争していて何もかもが落ち着かない。
結局、斬琉はあの後自分の部屋に籠ったきり俺に何も教えぬまま学校に行くし……あいつが言ってたデートに誘いやすくなる下地って一体何なんだ。
出来ることならさっさと俺の前に現れてくれ!!
「お~い、秋良おはよう!!それにファナエルさんも!!」
俺がそんな考え事をしていると、見知った声が後ろから聞こえてくる。
誰だこんな時にと思って振りかえると、そこに居たのは始だった。
「ハジメ君。おはよう」
「なんだ始か。今日も朝から元気だな」
「なんだとは何だ。それより二人はさ、最近ここら辺で見れるって言う鳥の怪異の噂知ってるか?」
始はポケットの中からスマホを取り出し、とある動画を俺とファナエルに見せる。
その動画には孔雀の羽のような模様の扇子をもった鳥頭の化け物が映っている。
その化け物は動画の中でキョロキョロと辺りを見渡しながら『ハネナシ、ドコダ』という無機質な声を放ち続けているだけだ。
なんて奇妙な動画だろうと思い、少し視線をファナエルの方へ移す。
その時俺の視界に映ったファナエルの顔は今まで見たどの彼女の顔より深刻なものだった。




