最終話 水川玲奈が私に残したもの
面会から、数日が経った。
月曜日。
出社して、退勤した。
火曜日も。
水曜日も。
生活は回っていた。
頭の中だけが、散らかったままだった。
何がいつ起きて、誰が何をして、どこからおかしくなったのか。
知ったことが多すぎて、順番がつかない。
日曜日の午後。
パソコンを開いた。
テキストファイルを新規作成して、最初の一行を打った。
頭で考えても片づかない。書き出せば、少しは静かになるかもしれない。
◇◇◇
スマホに残したスクリーンショットやRINEの履歴を見返しながら、知っていることを端から並べた。
帝国データバンクの数字。
口コミの投稿。
小林さんから送られたPDF。
谷口さんが喫茶店で話してくれたこと。
一つずつ確認して、年表のように並べていった。
【ブライトスター関連 時系列まとめ】
■ 主要人物 在籍期間
・篠崎涼子 入社〜2023年秋 (自主退職)
・桐生(部長) 入社〜2025年 (懲戒解雇)
・水川玲奈 入社〜2024年 (自主退職)
(最盛期の従業員数:28名 → 倒産時:9名)
■ 〜2023年 篠崎さん在籍期間
【会社の状況】
・売上推移:4,800万 → 1.1億 → 2.3億 → 3.8億
・設立から約3年で売上高3億円突破
・データ分析レポートは全て篠崎さんが作成(後に全9件確認。桐生本人の作成0件)
・桐生は全案件でクライアントへのプレゼンのみ担当(口コミと一致)
・桐生が篠崎さんのレポートを「俺の成果」として発表
※RINEで確認済み:桐生「俺の成果な笑」
【玲奈と篠崎さんの関係】
・玲奈は「苦手で〜」と言いながら資料を篠崎さんに置いていく手口で業務を丸投げ
・玲奈は篠崎さんを「パソコンいじってるだけだし」と評していた(RINEで確認済み)
【桐生・玲奈の関係】
・桐生と玲奈の間で私的な関係があった(RINEの文面から)
・飲食費を接待費として経費処理することが常態化
■ 2023年秋 篠崎さん退職
・篠崎さん退職。引き継ぎUSBを桐生が目の前で廃棄
・桐生の発言:「代わりはいる」「パソコンに数字入れてるだけ」「あいつの仕事は誰でもできる」
・玲奈のRINE:「これで職場明るくなる。ホント嬉しい」
※この時点で桐生も玲奈も、何が失われたかを把握していなかった。
■ 2023年冬〜2024年 崩壊期
【サービス品質の変化】
・月次レポートの質が崩壊(口コミ:「ある時期を境に別会社のようになった」と一致)
・引き継ぎドキュメントなし。業務の属人化が露わになる
・主要クライアントとの契約が相次いで解消
・外注先3社が撤退
【人員の流出】
・中途採用2名が数週間〜1ヶ月で退職
【売上の推移】
・ピーク3.8億から1.4億へ急落(前期比▲63.2%)
【桐生への処分】
・経費不正発覚→桐生降格
【玲奈の動向】
・2024年末、自主退職
■ 2025年 倒産
・桐生、会社備品をメルカリで売却
→ゲーミングキーボード¥38,000を含む全8件、合計¥122,000(全品SOLD)
→備品管理ラベルの痕跡あり(出品物に確認済み)
→懲戒解雇
・売上6,200万円で倒産
・負債総額:約1億2,000万円
■ 退職後の各人の動向
【水川玲奈(退職時27歳)】
・2024年末退職後、風俗店勤務
・「未経験 高収入」「スマホだけで稼ぐ方法」等を検索
・深夜の閲覧時間が徐々に遅くなる
・11月:Xの「届けるだけで日給5万円」という投稿にいいね→DMで連絡
・12月:最後のDM閲覧。以降ブラウザ記録なし
→受け子として関与、逮捕(無職・27歳)
・被害:埼玉県内の高齢女性(82歳)から現金300万円を詐取
・供述:「届けるだけでお金がもらえると思った」
【桐生(元部長)】
・懲戒解雇後、転職活動中(推定)
■ 補足:売上の全推移(確認分)
4,800万 → 1.1億 → 2.3億 → 3.8億→ 1.4億 → 6,200万(倒産)
(篠崎さんが辞めた直後の下落率:前期比▲63.2%)
ここまでまとめて、やっと納得できた。
玲奈ちゃんは、桐生と不倫しながら、会社を支えていた人を使い潰して、笑いものにしていた。
すべてが露見したあと、楽してお金を稼ぐ方向に流れて、逮捕された。
面会に来た私には、自分に都合のいい話を吹き込もうとした。
たぶん、弁護士の先生にも同じことをしていた。
面会の内容は裁判でも提出されるから、逮捕されてる状態でさらに警察に取り押さえられるようなことをしでかした人に情状酌量の余地なんてないだろう。
玲奈ちゃんはもう終わりだ。
そして、それが当然だと思った私がいる。
冷たいだろうか。
かもしれない。
けれども話を整理して、やっと呑み込めた。
玲奈ちゃん――水川玲奈はこうなるべくしてこうなった。
ただそれだけの話。
* *
夜、母から電話が来た。
「玲奈ちゃんのこと、どう?」
「裁判のことは難しいから、私には分からないかな……
うまくいくといいんだけど……」
私の中ではもう水川玲奈を案じる気持ちはなかった。
あらゆる感情が醒め尽くしていた。
けれどそれを表に出せば何を言われるか分からないから、お母さんに話を合わせておく。
「叔母さんもかなり気が重いみたい」
「そうだよね。心配だよね」
「あんたも無理しないでね」
「してないよ。お母さんこそ気を付けてね」
電話を切った。
空虚な会話だった。
◇◇◇
翌週の月曜日。
いつも通りに働いて、定時を過ぎた。
フロアが静かになり始めていた。
あとちょっとだけ働こう。
席を立って、給湯室に行った。
コーヒーを淹れる。
カップを手に持って戻りかけて、フロアの奥を見た。
経理の内田さんが、まだモニターに向かっていた。
入社二年目。いつも一人で遅くまで残っている。話したことはほとんどない。
給湯室に戻って、もう一杯淹れた。
「お疲れさま」
内田さんのデスクの端にカップを置いた。
「え——ありがとうございます」
「いつも遅くまで大変だね」
「……見ててくれたんですか」
「視界には入ってた。ちゃんと見たのは今日が初めてかな。
ごめんね、急に話し掛けちゃって」
「いえ、ちょうど気分転換したかったところですし。
……あの、実はデータの処理で分からないことがあって。訊いてもいいですか」
「もちろん。Excelなら任せて」
水川玲奈が私に残したものがあるとすれば、たぶん――
周囲に少しだけ優しくなろう、という気持ちだろう。
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