第5話 糾弾と末路
面会の申し込みをした。
書類を書いて、窓口に出して、日程が決まるのを待った。
何を言うか、数日かけて考えた。
考えて、決まらなかった。
糾弾したいわけじゃない。
確かめたいわけでもない。
もう全部わかっている。
ただ、会わないまま終わりにすることが、できなかった。
◇◇◇
面会室のドアを開ける。
蛍光灯。
クリーム色の壁。
アクリル板。
その向こうに、玲奈ちゃんが座っていた。
前より痩せていた。
頬の輪郭が出ている。
爪にネイルの残りがまだらに残っていて、髪に艶がなかった。
「咲希ちゃん、また来てくれたんだ。
お母さん元気?」
「うん、心配してたよ」
「ごめんね。迷惑かけて」
「弁護士さんとは話せてる?」
「けっこう長くなるかもって」
「そっか」
少し間があった。
膝の上で指を組んだ。
「玲奈ちゃん、篠崎さんって覚えてる?」
アクリル板の向こうで、表情がわずかに止まった。
「だれ?」
知っているはずだ。RINEで名前を出して笑っていた。
「データ分析やってた人。前に『地味な子』って言ってた」
「あっ、あの子ね。それがどうしたの」
思い出した、という顔ではなかった。
思い出す価値もない、という顔だった。
「あの人が辞めてから、会社がおかしくなったの、知ってた?」
「は?」
玲奈ちゃんの声が上がった。
「あの子がいなくても別に困らなかったけど」
「桐生さんが発表してた実績、全部あの人が作ってた」
玲奈ちゃんの目がわずかに動いた。
「一件も桐生さん本人の仕事はなかった」
沈黙が落ちた。
「なんでそんなこと知ってるの」
「RINEの履歴、見たよ」
無視して、言葉を続ける。
「営業部女子会のグループも、桐生さんとの個別チャットも。全部」
沈黙があった。蛍光灯が小さく鳴っていた。
「……なんで」
声が低くなっていた。
目が据わっていた。
「なんで人のRINE勝手に見てんの」
「最初にここに来たとき、玲奈ちゃんの話を聞いて信じたの。
会社がおかしかった、使われてただけだって。
だから調べようと思ったの。玲奈ちゃんを庇せるものがあるはずだって」
「だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ」
「倒産のニュースを読んだ。業界の記事も口コミも全部読んだ」
玲奈ちゃんの言葉には応えない。
違う。
応える余裕もなかった。
気持ちが奔って、言葉が止まらない。
「叔母さんに頼んで、古いスマホを送ってもらった。
人のスマホを勝手に開くなんて最低だってわかってた。
でも弁護の材料になるかもしれないっていろいろと調べて――分かったの。
玲奈ちゃん、嘘ばっかり」
返事はなかった。
だから私はさらに告げる。
「篠崎さんのこと、RINEでよく話題にしてたよね。
仕事を押し付けて、バカにして。
辞めるって話に、ガッツポーズのスタンプ送ってた」
「待って、咲希。あんた何か誤解してるから――」
「営業部の部長が最悪な人? でもその人と不倫してたよね。
会社の経費でデートしてたよね。
あの会社がおかしかった?
上の人がみんなめちゃくちゃ?
まともだったの私くらい?
どういう気持ちで、私にそれを言ったの」
声が上がった。自分でも驚くくらい大きかった。
「玲奈ちゃんもおかしい側だった。めちゃくちゃだった。
まともだったのは篠崎さんだけで、その人がブライトスターを支えてた。
いなくなったから潰れた。それがホントのこと」
いつのまにか、涙が零れていた。
声が割れていた。
「私はずっと玲奈ちゃんの味方でいたかったよ。
叔母さんに『大丈夫、あの子は悪くない』って言いたかった。
けど無理だよ。
調べれば調べるほど、玲奈ちゃんを庇えなくなる」
「……違うの」
玲奈ちゃんの声が小さくなっていた。
「違うの、咲希ちゃん。実は桐生さんに脅されてて……」
「どうせ口から出まかせでしょ」
自分でもびっくりするくらい、冷たい声だった。
「あとは弁護士の先生と頑張って。
もう来ないよ」
「待って!」
大声で玲奈ちゃんが叫んだ。
「咲希、あんたが調べたこと、弁護士の先生に言った? まだなら――」
「弁護士の先生にも嘘をついてるんだ」
「違う! でも、言わないで!」
「――そこまでです」
留置所の面談では、警察の人が立ち会う。
ここまで黙って聞いていたけど、横からストップがかかった。
「今の発言は、関係者への口止めに相当します。
申し訳ありませんが、面会を終了とさせていただきます。
ご存知とは思いますが、会話はすべて記録されていますし、裁判でも使われます。
どうかそのつもりで」
「はぁ!?」
玲奈ちゃんが突然、鬼のような形相を警察の人に向けた。
「なんで!? 意味わかんないんだけど! 自分を守って何が悪いわけ!?」
* *
そのあと、玲奈ちゃんは警察の人に掴みかかって、すぐに取り押さえられていた。
そしてそれが、私が見た最後の玲奈ちゃんの姿だった。
叔母さんにもお母さんにも、とても報告できない。
……記憶から消してしまいたいくらいの、悲しい末路だった。




