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第4話 ブライトスター崩壊の真実、そして内幕


 眠れなかった。


 玲奈ちゃんのスマホ。

 RINEの内容が頭をよぎる。


 奴隷。

 桐生さん♡

 経費で落ちる?♡


 時計を見た。

 午前1時を回っていた。


 起き上がってリビングに出た。

 ソファに座って、自分のスマホを開いた。

 小林さんとのトーク画面。前回のやりとりは「一人、だったんです。全部」で止まっている。


『すみません、夜遅くに。篠崎さんという方は、具体的にどんな仕事をしていたんですか』


 メッセージを送った。

 この時間だから返事は明日になるだろう……と思っていたら、すぐに既読がついた。




トーク:小林


小林:篠崎さんは、クライアントに出すデータ分析レポートを全部一人で組んでました。市場データ、競合比較、ROI予測。全部入りで。


咲希:普通、何人でやるものなんですか


小林 :私が転職した先だと、5人チームでやってます。篠崎さんはそれを1人で、しかも複数クライアント並行でやってました


咲希:めちゃくちゃできる人なんじゃないですか。


小林:たぶん業界でもトップクラスの人だと思います。


咲希:じゃあ、社内でも有名だったんじゃないんですか。


小林 :いえ、実はその上の桐生部長って人が「俺がやりました」って発表してたんです。


咲希:篠崎さんは何も言わなかったんですか。


小林:黙って、次の資料を作ってました。だから私も最後の最後まで気付けませんでした。桐生部長は篠崎さんのことを「パソコンに数字入れてるだけ」と言ってて、皆、それを信じてたんです。


咲希:篠崎さんが辞めたのはいつ頃ですか


小林:2023年の秋です。桐生部長が「代わりはいるし」って言ってました。


咲希:でも、会社が潰れたってことは……


小林:代わりはいなかったんです。これは秘密にしてほしいんですけど、各案件のレポートを誰が作ったか同僚が調べて整理したんです。送りますね。




 そんなことしていいの?

 ありがたいけれど、コンプライアンス意識がガバガバだ。


 ほどなくしてトーク画面にファイルが届いた。

 最近のRINEはPDFのやりとりもできるから便利だ。


 タップして開く。


 曰く――


 冷凍食品市場分析。

 分析者は篠崎さん、桐生部長という人はプレゼンだけ。


 アパレル企業のウニクロ、その広告効果の測定。

 分析者は篠崎さん、桐生部長という人はプレゼンだけ。


 健康食品メーカーのニャンケル、リブランディング調査。

 分析者は篠崎さん、桐生部長という人はプレゼンだけ。


 全部、同じだった。

 篠崎さんが分析して、表に出るのは桐生部長。


 中には社長賞などの表彰案件もあったけど、すべて桐生部長が独り占め。


 ブライトスターの分析は「業界でも屈指の水準」と言われていたけど、それは篠崎さん一人が支えていた。

 

 ふと思い立って、帝国データバンクの倒産速報を調べ直す。

 2023年をピークに、翌年からは業績がガタ落ちしている。


 急成長の反動?

 違う。

 

 篠崎さんがいなくなったからだ。


 ――まともだったの私くらい。


 玲奈ちゃんのうそつき。

 

 まともだったのは、篠崎さんだ。

 その人を笑って使い潰して、追い出して、そしたら会社が壊れた。


 自業自得。

 そんな言葉が、頭をよぎった。

 


 * *



 数日後、小林さんからRINEが来た。


『管理部にいた谷口さんって方が、いちばん詳しいです。

 篠崎さんのことも、崩壊のことも。

 連絡先お伝えしていいですか』


 お願いします、と返した。


 その日のうちに、谷口さんからRINEが来た。

 会って話したいと伝えたら、水曜日の午後になった。


 駅から二分の喫茶店。窓際のテーブルに向かい合って座った。

 コーヒーが二つ運ばれてくる。


 谷口さんは四十代前半くらいの女性だった。

 白いブラウスに黒いカーディガン。

 背筋が伸びている。 

 いかにも真面目そうだ。


「藤村玲奈さん、ですよね。

 小林から聞いてます。水川さんの従姉妹の方」


「はい。お忙しいところありがとうございます」


「……正直ね」


 谷口さんはカップに指を添えたまま、少し間を置いた。


「水川さんのニュースを見たとき、驚かなかった自分がいたの」


 驚かなかった。

 その一言が重かった。


「私はブライトスターの管理部にいたの。

 篠崎ちゃんとは部署が違ったけど、あの子の仕事を『仕事』として見てたのは社内で私くらいだったと思います」


 篠崎ちゃん、と谷口さんは呼んだ。

 小林さんの「篠崎さん」とは距離が違う。近くで見ていた人の呼び方だった。


「見てたけど、守れなかった」


 谷口さんの視線がカップに落ちた。


「水川さんはね、『よろしく〜』って軽く言いながら書類を篠崎ちゃんのデスクに置いていくんですよ。

 断れないのをわかっててやってました。たちが悪いですよ」


 RINEに残っていた言葉と重なった。

『苦手で〜って言ったらすんなり受けてくれた笑』。

 画面の向こう側に、それを見ていた人がいた。


「篠崎さんが辞めた時のこと、聞いてもいいですか」


 谷口さんは小さく頷いた。


「桐生に退職届を出したんです」


 声のトーンが変わった。ここから先が本題だという空気だった。


「桐生はこう言いました。

『おまえの代わりなんかいくらでもいるし』」


 玲奈ちゃんのRINEにも書いてあった。

 ――桐生さんも『代わりはいる』って言ってたし。


「篠崎ちゃんは引き継ぎ資料をUSBに入れて渡しました。

 五年分のフレームワーク、クライアントごとの調整方法、チェックリスト。

 残すべきものは全部入れて」


「ちゃんと残すものは残してたんですね」


 なのに、どうしてブライトスターの業績はあそこまで急落したんだろう。


「桐生がその場で捨てたんです」


「えっ」


「USBをデスク脇のゴミ箱に投げ捨てたんです。

『こんなの要らないでしょ。外注先がゼロから組めばいい』って」


 谷口さんの目が、テーブルのどこでもない場所を見た。


「かちゃん、って。軽い音でした。

 ――翌月から地獄でしたよ」


 曰く――


 外注に出したレポートが全部めちゃくちゃ。

 数字の整合が取れない。

 フォーマットがバラバラ。

 クライアントから『担当変わったんですか』とのクレーム。


「桐生は『一時的なシステム移行です』って答えてました」


 けれど、それは表面的なごまかし。

 失ったものは取り戻せない。


 外注先が三社続けて撤退。

 中途採用を2人入れたけれど、どちらも退職。

 引き継ぎ資料がないから何もわからない、と。


「決定的だったのは全社ミーティングです。

 社長が直接聞いたんですよ。

『これまでどうやって仕事をしていたんだ』って。

 桐生は答えられませんでした」


 谷口さんは瞼を伏せてため息を吐いた。


「同時期に予算を見直したら、桐生の経費精算に不審な支出が大量に出てきました。

 接待費名目のレストラン、ホテル、バー。

 全部二名分で、接待先の社名は空欄。

 全部水川さんとのデートでした。年間80万」


 谷口さんは淡々と続けた。


「功績の横取り、経費の不正、社内不倫。

 三つ重なって、桐生は言い逃れできませんでした。

 営業部長から平社員に降格です。

 水川さんは共犯扱いで処分対象になって、先に辞めました」


 谷口さんがコーヒーを一口飲んだ。もう冷めているだろう。


「桐生はそのあと、とんでもないことをやりました」


 そう言いながら谷口さんがバッグからスマホを出した。


「総務の棚卸しで備品の数が合わなくて。調べたらメルカリのアカウントが出てきました」


 画面を操作して、テーブルの上に置く。こちらに傾けた。

 メルカリのスクリーンショットだった。




メルカリ出品一覧

出品者:k-shop-01

評価:取引0件


【1】メカニカルゲーミングキーボード 有線 テンキーあり

  価格:¥38,000 状態:目立った傷や汚れなし

  「買い替えのため出品します。動作確認済みです。付属品完備。

  ※写真2枚目、裏面に管理用ラベルが貼ってあります。

  使用には問題ありません。ご了承ください。」


【2】外付けポータブルモニター 15.6型

  価格:¥32,000 状態:目立った傷や汚れなし

  「テレワーク用に購入しましたが不要になりました。

  付属ケーブル・スタンド付き。ドット欠けなし。」


【3】ワイヤレスヘッドセット ノイズキャンセリング付き

  価格:¥15,800 状態:目立った傷や汚れなし

  「テレワーク終了につき不要になりました。

  音質良好、マイク動作確認済みです。」


【4】モニターアーム シングル ガス圧式

  価格:¥12,000 状態:やや傷や汚れあり

  「デスク環境を変えたので不要になりました。

  取り付け部に使用感あり。機能に支障はありません。」


【5】ワイヤレスマウス ×2点セット

  価格:¥9,000 状態:目立った傷や汚れなし

  「あまり使わなかったため出品します。

  2点まとめての価格です。動作問題なし。」


【6】Webカメラ フルHD

  価格:¥8,500 状態:目立った傷や汚れなし

  「会議用に購入。数回使用のみ。箱・説明書付き。」


【7】USBハブ+ケーブル類(まとめ売り)

  価格:¥5,500 状態:目立った傷や汚れなし

  「USBハブ(7ポート・セルフパワー対応)と

  各種ケーブルのセットです。まとめてどうぞ。」


【8】USBメモリ 32GB

  価格:¥1,200 状態:目立った傷や汚れなし

  「データ入り。初期化していません。

  ご自身で初期化してお使いください。」




 上から順に目で追った。


 キーボード、3万8000円。

 写真に管理用ラベルが映っている。

 モニター、3万2000円。

 ヘッドセット。

 マウス。

 Webカメラ。


 会社の備品を、一つずつ出品している。


 八件目で、目が止まった。


 USBメモリ。

 1200円。


「データ入り。初期化していません」


「このリストのいちばん下、見てください」


 谷口さんが言った。


「USBメモリ。篠崎ちゃんが渡した引き継ぎ用のやつです。

 ゴミ箱に捨てたはずなのに、あとから引き出しに入れ直してたんでしょうね。中身を確認もしないで」


「1200円」


 五年分の引き継ぎが入ったまま。

 とんでもない情報流出だ。


 しかも価値としては1200円どころじゃない。

 ブライトスターのすべてを支えていた情報なんだから。


「合計12万2000円」


 谷口さんがスマホをテーブルから引き取った。


「人の仕事を自分の名前で発表して、会社の金でデートして、降格されてもまだ懲りずに、今度は備品をメルカリで転売。……理解できません」


「桐生さんはどうなったんですか」


「もちろん懲戒解雇です。

 退職金なし。

 段ボール一個持ってビルを出ていきました。

 誰も見送りませんでしたよ」


 吐き捨てるように、谷口さんは言い切った。


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