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第2話 急成長企業の突然死、そして元同僚の証言


 面会から数日後の日曜日。


 午前中に洗濯を終わらせて、リビングのテーブルにノートPCを広げた。紅茶を淹れて、椅子に座る。


 検索――ブライトスター。


 玲奈ちゃんの話を裏付けたかった。

「あの会社がおかしかった」が本当なら、弁護士に伝える材料になる。

 叔母さんにも、筋の通った説明ができる。


 検索画面を眺めていると、倒産情報のデータベースサイトが出てきた。




【倒産】大型倒産速報


 株式会社ブライトスター(マーケティングコンサルティング)

 破産手続開始申立て


■ 企業情報

 商号:株式会社ブライトスター

 英文商号:BrightStar Inc.

 所在地:東京都渋谷区神宮前三丁目

 代表者:高橋 誠一(代表取締役)

 設立:2020年4月

 業種:マーケティングコンサルティング

 従業員数:28名(最盛期)/9名(申立時)

 負債総額:約1億2,000万円

 倒産形態:破産手続開始申立て

 倒産:2025年10月


■ 売上高推移

 第1期(2020年3月期):4,800万円

 第2期(2021年3月期):1億1,000万円

 第3期(2022年3月期):2億3,000万円

 第4期(2023年3月期):3億8,000万円◀ ピーク

 第5期(2024年3月期):1億4,000万円▼ 前期比▲63.2%

 第6期(2025年3月期・期中): 6,200万円(破産申立時点)


■ 経緯概要

 同社は202-年4月に設立されたマーケティングコンサルティング業者で、設立後わずか数期のうちに大手食品メーカーや通信会社など複数の大手企業との取引関係を構築し、業績を急速に拡大。

 第4期には売上高3億8,000万円を計上し、従業員数28名を擁するに至った。

 しかし第5期以降、主要取引先からの契約解除が相次ぎ、売上高は前期比で6割超の減少を記録。その後も売上の回復には至らず、資金繰りが悪化した。

 同社はこのほど東京地方裁判所に対し、負債総額約1億2,000万円を抱えたまま破産手続開始の申立てを行った。





 本当に潰れていた。

 画面をスクロールして、売上推移をもう一度見た。


 第一期から第四期まではきれいに伸びている。

 設立から数期で3億8000万。そこから1年で崖のように落ちている。


「ブライトスター 倒産」で検索し直した。

 原因が知りたかった。


 業界のニュースサイトに記事が出ていた。




MarketingInsight|業界ニュース


 マーケ業界の急成長企業が突然倒産——競争激化が背景か


 

 大手食品メーカーやアパレルブランドへのコンサルティングで知られ、設立からわずか3年で売上高3億円を突破した株式会社ブライトスター(東京都渋谷区)が、東京地方裁判所に破産手続開始の申立てを行ったことが明らかになった。

 負債総額は約1億2,000万円。業界内でひとつの成功モデルとして注目を集めていた同社の突然の倒産は、マーケティングコンサルティング業界に衝撃をもって受け止められている。


 同社は設立後、データ分析の精度に定評があり、大手食品メーカーの市場分析やアパレルブランドの広告効果測定など複数の大型案件を手がけてきた。

 最盛期には従業員28名を擁し、業界内での存在感を高めていた。

 しかしここ1年で主要クライアントとの契約が相次いで解消され、売上は急速に落ち込んだ。

 申立時点の従業員数は9名にまで減少していた。


 背景として指摘されるのが、マーケティングコンサルティング業界全体における競争環境の変化だ。

 大手広告代理店系列のシンクタンクや、データテック系の新興企業が市場に参入したことで、中堅規模のコンサルファームが従来の価格水準を維持しにくい状況が続いている。

 同社もこうした市場圧力の影響を受けたとみられる。


 また、人材の流動性が高い業界特性も逆風となった可能性がある。

 分析力や提案品質を支えた中核人材の離脱が、サービス品質や顧客信頼の維持に影響を及ぼすケースは業界全体に共通するリスクだが、同社においてもその例外ではなかったと業界関係者は指摘する。


■ 業界関係者の声

「マーケティング業界全体で価格競争が激しくなっている。急成長企業ほど固定費が膨らみやすく、市場環境の変化に対応できなかったのだろう。

 ブライトスターのような中堅ファームにとっては特に厳しい局面だ」(業界関係者・匿名)


「人材の流動性が高い業界で、キーパーソンの流出は、どの会社にも起こりうるリスクだ。

 ブライトスターだけの問題ではなく、業界全体の構造的な課題でもある」(競合他社幹部・匿名)




 競争の激化。大手の参入。固定費の増大。

 記事が挙げている原因は、どれも業界全体の話だった。


 ブライトスターだけが特別おかしかったわけじゃない。

 市場が変わって、中堅が食われた。


 それなら、あの売上の崖にも説明がつく。

 急成長で固定費が膨らんだところに、競合環境が変わった。

 経営判断の問題かもしれないけれど、少なくとも玲奈ちゃん一人の責任じゃない。


 記事の中に「中核人材の離脱」という指摘もあった。

 人が辞めていく会社だったのだろう。

 口コミがあれば内部の雰囲気がわかるかもしれない。


「ブライトスター 評判」で検索した。


 転職口コミサイトがヒットした。





JobVoiceジョブボイス|企業口コミ・評判サイト


株式会社ブライトスター

業種:マーケティングコンサルティング/所在地:東京都渋谷区


総合評価:★☆☆☆☆ 1.5 / 5.0(口コミ件数:4件)



【口コミ①】

 総合評価:★★★☆☆(3.0)

 投稿者:営業部|退職済み

 投稿時期:2023年投稿

 カテゴリ:業務内容・やりがい


 良い時期もあった。特にデータ分析をベースにした提案は業界でも屈指の水準で、クライアントからの信頼が厚かった。

 数字の裏付けがしっかりしているので営業としてもやりやすかった。

 ただ、評価制度が不透明で、地道に成果を出す人より目立つ人が評価される風土がある。



【口コミ②】

 総合評価:★☆☆☆☆(1.0)

 投稿者:営業部|退職済み

 投稿時期:2024年投稿

カテゴリ:組織体制・評価制度


 表向きは実力主義を掲げていますが、実態は成果を上が持っていく仕組みになっています。

 若手が時間をかけて動かした案件も、最終的なクライアント対応は上長が行うため、社外からは上長の実績として認識されてしまう。

 評価基準も不透明で、誰が何をもとに評価されているのかわからない。

 こうした環境では当然モチベーションは上がらず、若い人ほど早く辞めていきます。

 私もそれが理由で退職を決めました。残業も多く、量をこなすだけの消耗感がありました。



【口コミ③】

 総合評価:★★☆☆☆(2.0)

 投稿者:管理部|退職済み

 投稿時期:2025年投稿

 カテゴリ:引き継ぎ・職場環境


 中途で入社しましたが、業務の引き継ぎが機能していませんでした。

 退職者が増えていた時期と重なっていたせいか、ドキュメント類がほとんど残っておらず、何がどこにあるのかすらわからない状態でした。

 質問しても「前の担当者に確認して」と言われるのですが、その前の担当者はもう在籍していない。

 結局、何もわからないまま業務を任されることになり、3ヶ月で限界を感じて退職しました。

 入社前の印象とのギャップが大きく、後悔しています。

 社内の雰囲気も当時すでに険悪で、組織として機能しているとは言えない状況でした。



【口コミ④】

 総合評価:★☆☆☆☆(1.0)

 投稿者:営業部|退職済み

 投稿時期:2025年投稿

 カテゴリ:退職理由・業務品質


 入社当初は分析レポートの質が高く、クライアントから直接褒めていただける場面も珍しくありませんでした。

 ところがある時期を境に、レポートの内容が別の会社のように変わってしまいました。

 精度が落ちただけでなく、構成や視点の質が明らかに異なり、営業担当として説明に苦労するようになりました。

 社内で原因を尋ねても、誰も理由を教えてくれませんでした。

「何がどう変わったのか」は今でもわかりません。

 この変化を境にクライアントの反応も変わり始め、自分の中でもこの会社はもう立て直せないと感じるようになりました。




 四件。全部読んだ。


 最初の一件だけ星三つで、「データ分析をベースにした提案は業界でも屈指の水準だった」と書いてあった。残りは星一つか二つ。


 星の低い口コミの文章が、面会室での玲奈ちゃんの声と重なっていく。


 「成果を上が持っていく」。

 「誰が何をもとに評価されているのかわからない」。

 「引き継ぎが機能していない」。


 玲奈ちゃんが言っていた通りだった。

 手柄を持っていく上、めちゃくちゃな管理体制。

 口コミの言葉が、面会で聞いた話をそのまま裏書きしていた。


 最後の一件には「分析レポートの質がある時期を境に急落した」とあった。

「まるで別の会社が作ったかのよう」とも。人が次々辞めていく会社なら、品質だって落ちる。

 そういうことだったのだろう。


 PCを閉じた。紅茶はとっくに冷めていた。


 調べれば調べるほど、玲奈ちゃんの話が裏付けられる。

 パワハラ体質の会社に使い潰されて、会社ごと潰れて、行き場をなくした。



 ——このときの私はまだ玲奈ちゃんが悪くないと信じていた。



 10日が経った。


 日常は続いている。

 朝起きて、会社に行って、総務の仕事をして、帰ってくる。

 同僚には何も言っていない。聞かれても説明のしようがない。


 仕事を終えて帰宅して、着替えもせずにソファに座った。

 スマホを開く。


 インスタにDMの通知が1件。


 知らないアカウントだった。

 普通なら開かない。


 知らない人からのDMなんて、無視するか消すかのどちらかだ。

 けれど、プレビューの言葉で躊躇った。


「元ブライトスターの……」


 開いた。

 

 ブライトスターで同僚だった者だと書いてあった。

 ニュースを見て驚いた、水川さんのご家族と少しお話しできないかと。


 なんで私のアカウントを知っているんだろう。


 疑問はあるけど、会社の事情が分かるかもしれない。

 

 返信を打った。

 いくつかやりとりをして、RINEのIDを送った。

 知らない人にRINEを教えるなんて普段は絶対にしない。

 でも今は、知りたいことのほうが先だった。




◇◇◇




 友だち追加の通知はすぐに来た。


 ソファに座り直して、トーク画面を開く。



トーク:小林


小林:突然すみません。水川さんのご家族の方ですか? ブライトスターで同僚だった小林と言います


咲希:ご連絡ありがとうございます。従姉妹の藤村です


小林:ニュースを見て驚いて。ご家族は大丈夫ですか


咲希 :正直まだ混乱しています


小林:そうですよね。水川さんとは部署が違ったんですが、顔は知ってたので驚きました


咲希:小林さんはどうやって私のことを知ったんですか。


小林:水川さんのインスタでやりとりを拝見して、親族の方かなと思いまして。突然すみません


咲希:いえ、大丈夫です。小林さんはもう辞められたんですか?


小林:はい、倒産の半年くらい前に出ました。もう持たないなと思って


咲希:もしよければ教えてほしいんですが、あの会社って実際どうだったんですか。玲奈は「会社がおかしかった」と言っていて


小林:おかしかったのは確かです。ただ、おかしくなった原因はたぶん水川さんが思ってるのとは違います


咲希:?


小林:あの会社、ある人が辞めてから全部おかしくなったんです


咲希:ある人?


小林:データ分析をやってた方です。


咲希:玲奈も「データの人がいた」と言ってました


小林:水川さんが咲希さんにどんな話をしたかは分かりませんが……。あの人がいなくなってから、クライアントに出すレポートの質が崩壊して、取引先が離れていきました。それは確かです。


咲希:一人辞めただけでそこまで?


小林:一人、だったんです。全部




 最後のメッセージを読んでから、しばらくスマホを持ったまま動けなかった。


 データ分析をやっていた方。


 玲奈ちゃんが面会で言っていた「データとかやってた子」と同じ人のことだろう。

「地味な子」「名前忘れちゃった」と言っていた人。


 1人辞めただけで会社が傾くなんて、そんなことが本当にあるのか。


 考え込んでいるとスマホが鳴った。

 叔母さんだった。


「咲希ちゃん、ごめんね夜遅くに」

「ううん、大丈夫」

「あのね、玲奈の部屋片付けてたら、古いスマホが出てきたの。

 たぶん上京する前に使ってたやつ。どうしたらいいかわからなくて」


 叔母さんの声が小さくなった。

 捨てていいのか、取っておくべきなのか。

 自分で決められないほど憔悴しているんだろう。


「……叔母さん、それ、私に送ってもらえませんか」


 口に出してから、自分でも少し驚いた。


「え?」


「玲奈ちゃんが会社のことで何か残してるかもしれない。

 弁護士さんに伝えられる材料があれば」


「そんなの、入ってるかしら」


「わからないです。でも見てみないと」


 沈黙があった。


「わかった。送るね」


「ありがとうございます」


 電話を切って、天井を見た。


 弁護の材料。

 言い訳としては筋が通っている。


 でも本当は、小林さんの言葉が引っかかっていた。


 

 ――ある人が辞めてから全部おかしくなった。


  

 どうおかしくなったのか。

 それが分かれば、玲奈ちゃんを庇う材料が見つかるかもしれない。


 


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