第1話 特殊詐欺 受け子の女を逮捕
いつもと同じ金曜日だった。
昼休み。
デスクの上にコンビニの弁当を広げて、スマホを横に置いた。
卵焼きをつまみながら、ニュースアプリを開く。
猛暑の注意報。
政治家の会見。
知らないアイドルの熱愛。
どれも自分には関係のない話だ。親指でスクロールしていく。
指が止まった。
見出しの下に、知っている名前があった。
特殊詐欺 受け子の女を逮捕
埼玉県警は△日、詐欺の疑いで水川玲奈容疑者(27歳・無職)を逮捕した。
県警によると、水川容疑者は今年○月、県内在住の高齢女性(82)から現金300万円をだまし取った特殊詐欺グループの一員として、現金の受け取り役(受け子)を担った疑いが持たれている。被害者宅を訪問し、直接現金を受け取ったとみられる。
調べに対し水川容疑者は「届けるだけでお金がもらえると思った」と供述している。
捜査関係者によると、水川容疑者はSNS上に投稿された「届けるだけで日給5万円」という文言を見て応募したとみられる。
警察は背後の詐欺グループとの関係を調べている。
箸を持ったまま、動けなかった。
水川玲奈。
従姉の名前と同じ。
偶然かも。
いま何歳だっけ。
たぶん、27歳。
新聞記事の年齢と一致している。
いや、そんなまさか。
愕然としつつ、祖母の家の夏休みを思い出す。
庭の向こうに畑が広がる一軒家。
蝉の声と、蚊取り線香のにおい。
玲奈ちゃんはいつも先頭にいた。
虫取り網を振り回して、近所の子まで引き連れて走っていく。
私はその後ろを走っていた。
玲奈ちゃんが蝉の抜け殻を見つけて、手のひらに乗せて振り返る。
「見て、すごくない?」
縁側から祖母が目を細めていた。
「玲奈ちゃんはキラキラしてるねえ」
スマホの画面に目を戻した。記事は変わっていなかった。
最後に会ったのは二年前の法事だった。
少し疲れた顔をしていたけれど、「仕事楽しいよ〜」と笑っていた。
マーケティングの会社に入ったと聞いて、すごいね、と言った。
たった二年前だ。
弁当の蓋を閉じた。
味は何も覚えていなかった。
◇◇◇
夜、母から電話が来た。
「あんた、玲奈のこと見た?」
声が固い。
こんな声の母を初めて聞いた。
やっぱり、新聞記事の「水川玲奈」は従姉の玲奈ちゃんだった。
叔母さんが泣いて何も手につかないこと。
玲奈の両親はすぐには上京できないこと。
母の口から出てくる話はどれも重かった。
「玲奈ちゃんの様子見てきてくれない?
面会とか、あんたなら近いし」
「……うん。行く」
電話を切った。
面会の手続きを、その夜のうちに調べた。
翌週――
アクリル板の向こうに、知らない人が座っていた。
化粧のない顔、まとまっていない髪。
蛍光灯が白すぎて、肌の色が悪く見えた。
記憶の中の玲奈ちゃんは、いつも髪を巻いてピアスを光らせていた。
目の前の人は、面影を探さないと見つからないくらい違っていた。
「……咲希ちゃん。来てくれたんだ」
声だけは、覚えていたのと同じだった。
少しかすれていたけれど。
「玲奈ちゃん。……大丈夫?」
「……ごめんね。こんなことになって」
「何があったの」
玲奈ちゃんが少し俯いた。
「……私、騙されたの。届けるだけって言われて」
「お金のことで困ってたの?」
「うん……。
前いた会社を辞めてから、全然仕事見つからなくて。家賃も払えなくなって」
「前の会社ってブライトスターだっけ。マーケティングの」
「うん、ひどいところだったから。
上の人たちがめちゃくちゃで。パワハラみたいなの当たり前で」
玲奈ちゃんの目が赤かった。
「営業部の部長がほんとに最悪な人でさ。
手柄は全部自分のもの、都合悪くなったら人のせい。
周りも見て見ぬふりで。まともだったの私くらい」
玲奈ちゃんが一度、息をついた。
話の筋は通っていた。
ブラック企業に使い潰されて、行き場をなくして、判断を間違えた。
それなら同情できる。
叔母さんにも説明できる。
「辞めてから就活はしてたの?」
「うん。でもうまくいかなくって……」
声がだんだん小さくなっていった。
「それで、SNSの」
「届けるだけだからって。中身は知らなかったの。ほんとに」
アクリル板越しに目が潤んでいた。
嘘をついている顔には見えなかった。
「信じるよ」
少し間があった。
「やっぱり会社って、他に辛い思いしてた人もいるよね」
「んー。まあ一人、データとかやってた子がいて。
地味な子。
あの子はちょっと可哀想だったかも」
「どんな人?」
「名前忘れちゃった。
いつもパソコンに向かってて、暗い感じの。
桐生さん——部長にこき使われてた」
「その人も辞めたの?」
「私より先にね。
でもあの子は別に……いなくてもどうってことなかったし」
◇◇◇
建物を出た。
7月の空気が重かった。
帰りの電車で、さっきの話を頭の中で繰り返していた。
ブラック企業に潰されて、再就職もうまくいかなくて、追い詰められた。
筋は通っている。
でも引っかかっていた。
何かはわからない。
母にRINEを打った。
――会ってきたよ。また話すね。
既読は一瞬でついた。
玲奈ちゃんは被害者だ。
そう思えるだけの話だった。
思いたかったし、思えた。
ブライトスターって、どんな会社だったんだろう。
ちょっと調べてみよう。
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なお、この物語の前日談はこちらになります。
サクッとスカッとできるざまぁ短編です、ぜひお読みくださいませ!
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