花のように星のように
恋とか愛の話
「出ていきなさい!アンタなんて私の娘じゃないわ!」
激高した母に叩かれた頬を押さえる。
歳の離れた兄が私と母の間に立ち、母に「母上、落ち着いて…」と諌めている。
そんな二人を見つめながら、私はこれからの事に思いを馳せていた。
夜に父が帰ってきてじっくりと話し合った結果、私は子供に恵まれなかった父方の叔父夫婦の養子になった。
それから三年後、母は父に殺された。
無理心中だった。
「お久しぶりです、お兄様」
養父の用意してくれた、通っている学園から近いタウンハウスの応接室で兄を迎えると疲れた顔の兄は少しだけホッとした顔をした。
「久しぶり、少し見ない間にまた綺麗になったね。いや、愛らしさも増したかな」
そう優しい顔で微笑まれると、少しだけ私の中の罪悪感が顔を覗かせる。
「ありがとうございます、お兄様は……少し痩せられましたね…」
目を逸らしてそう言うと、兄は力無く笑った。
「急に父が居なくなって、当主にならざるを得なかったからね。おかげで仕事が山積みさ」
紅茶をゆっくりと口にする兄を見る。
元々色白な方だったが、今では青白いくらいだ。
目の下には隈がある。
アレから一年、責任感の強い兄はきっと途方もない苦労をしてきたのだろう。
さっさとあの家から逃げ出した私とは、大違いだ。
「二人の事……お前の婚約に、影響は出なかったかい?」
そう心配そうに問いかけられれば、私は「えぇ、大丈夫ですよ」と微笑む。
ただの小娘の私には、こうして自分は大丈夫だと告げて兄を安心させる事くらいしか出来ない。
父が母を殺した。
母は昔から、恋多き女性だったらしい。
そんな母に恋に落ちた父は数多のライバル達を蹴散らし、少し身分に差があったがそれすらも乗り越えて結ばれた。
所謂、恋愛結婚だ。
私からすれば、母に甘いところはあったが我々子供達にも愛情を持って接してくれた良き父だったのだが……。
そんな父を、母は裏切った。
そんな母を、父は許せなかった。
ただ、それだけ。
「お母様は、母として生きるより女である事を望んだのです」
そう呟くと、兄は悲しそうに目を伏せた。
「母上は……お前が大きくなってからは、ずっとキツく当たっていたものな」
「……悲しかったです。あんなに優しかった母が…………初潮が来た途端に、別人のように私を罵るようになって。でもお兄様もお父様も、いつも庇ってくれていたからなんとか耐えられました」
そう返すと、兄はなんとも言い難い顔をした。
きっと、二人が私を庇って守るから、母は更にムキになって私を虐げたのだろうと私達は分かっていたけれど。
「わざとお母様を怒らせて、一人で逃げた私を軽蔑しますか?」
震える声で、そう問いかけた。
そんな私を、兄は数年ぶりに頭を撫でて抱きしめてくれた。
「そんな訳ないじゃないか。お前が元気そうで、本当に良かった……」
存在を確かめるように、ギュッと抱きしめる腕に力が入っていた。
それに応えるように、私も兄をギュッと抱きしめ返した。
「結婚おめでとう、お前だけは幸せになりなさい」
その言葉に、私の瞳から溢れた涙は暫く止まらなかった。
春になり、学園を卒業したら私は養子になってから出来た婚約者と結婚する。
不安がないと言えば嘘になる、父と母の事がいつも頭を過ぎるから。
「――、お待たせ!」
学園の帰りに門の側で彼を待っていると、彼が息を切らせて走ってきた。
それを見て、ホッとする。
その顔は、あの日の兄と似ているだろうか。
「お兄さん、どうだった?」
そう心配そうに問いかける彼に、私は微笑み返す。
……上手く笑えているといいのだけれど。
「大丈夫、前より落ち着いたみたい。でも、やっぱり結婚式には出られないって」
その返事に残念そうな表情をする彼は、本当に優しい人。
何年も母に怒鳴られ続けたせいで、すっかり感情の起伏が乏しくなってしまった私に根気強く付き合ってくれた素敵な人。
笑うと、太陽のように眩しい人なの。
私は、これからもこの人と共に歩んでいきたい。
出来れば、お互いに寄り添って最期までいられたらって願ってしまうの。
「あのね……私ね、前から貴方に伝えたかった事が……」
私の伝えたその言葉に、彼は私を今迄で一番強く抱きしめた。
すっかり涙脆くなってしまった私は、それに涙を溢れさせながらも思わず笑みが零れたのだった。




