応えてくれて
真っ青な澄んだ空に、一筋の飛行雲の名残が真っ直ぐ伸びている。
鳶が翼を広げ、思うがままに風と遊んでいる。
どこかしこも、私のこころを映し出したかのように、色鮮やかに華やいでいる。
黄色や赤に山を染めて。
地面にお裾分けした小さな楓の葉たち。
その一つが墓石の段の部分に、ちょこんとアクセサリのように載っていた。
シュッ。
ラムネのペットボトルのキャップを開ける。
「どうぞ」
それを一本、墓前に供えた。
コン。
私は手にしたペットボトルと重ね合わせる。
「かんぱい」
そして、ラムネを一口含む。
しゅわしゅわが甘さと共に口の中に広がる。
どこにも、あの頃の瓶は見当たらなかった。
味も少し、違う気がする。
シンくん。
最近、夢に出て来てくれないんだね。
もしかして天国でかわいい子いたの?
シンくんモテるだろうから。
優しいし、かっこいいし。
落ち葉がカサカサと地面を転がる。
シンくん。
私ね、好きな人が出来たんだ。
きっと知ってるよね。
樹くん。
どう思う?
私……ずるいかな。
ふわりとした風が髪を流す。
トンボが墓石にそっと羽を休めにきた。
髪を耳に掛け、小さく息を吐く。
シンくんのこと好きになって、それからどこかでね、くらべちゃうの。
シンくんと。
いけないなって思うんだけど。
私のことを好きだって思ってくれる人もいた。
でも、私の気持ちは動かなかったんだ。
もうしょうがないよね、それだけシンくんが素敵だったんだよ。
墓石の段の楓の葉がはらりと舞って地面に落ちた。
こないださ、樹くんと二回目のデートしたんだ。
雨でさ元々の予定が崩れちゃって、樹くんの車でドライブになったの。
でもね、山に霧が立ち上って、湿った木々が厳かで、雨模様のしめやかな島の雰囲気もきれいだった。
そうそう、樹くん運転上手いんだよ。
ブレーキとかさ、スタートが滑らかでやさしかったな。
「梨花さん、仕事はもう慣れました?」
「樹くん、学校は順調?」
あいさつ代わりの会話をして。
樹くんは楽しそうに学校のことを話してくれる。
自身の病気のこともあって、看護師を目指したって話を聞いてはいたけど。
もう一つのきっかけを教えてくれたんだ。
樹くんの担当の看護師さんのこと。
不安で悲しそうにしていると、なぜか面白い話を聞かせてくれたり。
忙しい仕事の合間でも笑顔を絶やさずに接してくれる。
優しい看護師さんで、入院生活が長くて友達もいなかったから、シンくんとその看護師さんが自分の希望だったって。
その人みたいになりたいって。
病気が治ったら看護師になろうって。
その日は一日、ドライブとショッピングモールで過ごしたんだ。
特に何かした訳じゃないんだ。
でもね、樹くんといると。
一緒に過ごしていると。
関係なく安心するの。
シンくんの弟だからなかなって思うこともあったし。
シンくんの面影を追っていたのかもしれない。
はじめはね。
でも、シンくんを好きだった私の気持ちと同じように。
樹くんのことが好きなんだ。
唇を嚙んで、また、小さく息を吐いた――
だからね、今度の樹くんの誕生日に告白しようと思ってる。
墓石は何も言わず、陽射しを受け止めている。
足元には真っ赤に染まった一葉の楓。
私が照れてるのか、シンくんが照れてるのか。
ねえ、シンくん。
ときどき遠い目をするの樹くん。
寂しそうで、切なそうで。
でもすぐに、普段の顔が戻ってくるんだけど。
何か知ってる?
本当に一瞬。
墓石で休んでいたトンボがフワッと羽を震わせ、供えたラムネのペットボトルに止まる。
さわさわ。
やわらかい風が辺りの草の匂いを連れて、葉を巻き込んで砂埃が舞う。
山が呼吸している音。
ねえ、シンくん。
樹くんから何か聞いてる?
私のこと?
――ううん。
やっぱりいいや。
私の気持ちを、ちゃんと伝える。
もし、振られちゃったら、慰めに夢で逢いに来て。
さわさわ。
枝葉を囁かせて、トンボが波に乗って宙を漂う。
私は腰を上げて、墓石に向かって手を振った。
「また来るね」
かさかさ。
落ち葉たちが渇いた声で歌いながら、私の歩みに寄り添っていた。
その日の夜――
りー、りー。
網戸越しに聞こえる虫の声。
澄んだ空気。
三日月に棚引いた雲が、縁を光で染めながらゆっくりと重なっていく。
夜は一段冷え込んで、寒いくらい。
はーっと。
手に息を吹き替えて、窓を閉めた。
ブゥッー、ブゥッー。
テーブルの上のスマホが震える。
美瑠からの着信。
「もしもし」
『もしもし、メッセージ見たよ。どうした大事な話って』
いつも通りの明るくて高い声。
「うん」
私は、ベッドサイドに腰掛けて大きく息を吸う。
美瑠には樹くんのことに関して、話を聞いてもらっている。
恋愛経験の乏しい私の先輩であり先生でもある。
「あのね、今度の樹くんの誕生日に告白しようと思って、その、どうかなって」
『うわ! どうかなって……梨花がするんでしょ? それにおどろいた』
「そう?」
『うん。でも、そう思えたら全然ありだと思うよ。でも早いね。島に行って半年か』
「え? 早いの?」
『ああ、そういうことじゃなくて、梨花が告白しようって、そう思うに至った時間が思っていたより早かったってこと』
「ああ……たぶんね、どっかで、焦りとか、不安があるのかな」
そう――
シンくんのことがあるんだ。
想いをちゃんと生きている間に伝えられなかったこと。
『そっか、なるほどね……だったら。なおさら告白していいと思うよ』
「普通に伝えていいんだよね?」
『うん、いいと思う』
「わかった」
『どうなの感触は? デートした時とか話をしたりして』
「感触? 樹くんがどう思ってるか? そんなの分かんないよ」
『例えば、好きみたいな感じで何か言うとか』
「なにか? やさしいよ。ああ、でもデートに誘うのは私からだけかも」
『そうなの? まあ、弟くん真面目そうだったしな。いいんじゃないの、デートは出来てるわけだし、嫌だったらどっかの誰かさんみたいになってるよきっと』
「それって、私のことだよね?」
『そだよ。梨花は一途じゃん。だからデートをしてるって時点で弟くんの気持ちは答えなような気はする』
胸がきゅんとして、頬に熱を持つ私。
「そうなのかな?」
『ん? 梨花、何かまだ気になることがあるの?』
「うーん。なんか時々寂しそうな目するんだ、樹くん」
『ふーん。それ見て梨花はどう思ったの?』
「私? どうしたのって聞くけど、大体何でもないって言うかな、すぐに元の穏やかな感じに戻るし、あっ、もしかしたら……」
『なあに?』
「私がシンくんのことをまだ好きで、それで樹くんは傍にいてくれるのかなって思ってるとか?」
『でも、そうだったらデートするかな。まあ、なくはないけど、梨花の気持ちは本物なんでしょ?』
「うん。好きだよ」
『なら、気にしない。相手のことなんかどう転んだって分からないって、私がいうのも変だけど』
「ううん、そんなことないよ」
『梨花の今の気持ちをぶつけておいで、思いやりも大切だけど、自分の想いにちゃんと決着はつけないと。言わないで、後悔するよりいい』
なんだかんだ背中をちゃんと押してくれる。
「うん、ありがとう美瑠」
『振られたら、慰めてあげる』
美瑠は冗談めかして笑っている。
「その時は会いに来てよ」
『まかせて』
それから、近況を報告しあって電話を切った。
りー、りー。
閉め切った部屋に届く優しい歌声。
私は枕元にいるクマのぬいぐるみを手に取った。
頭を撫でてみる。
ごわごわの毛並み。
でも、目だけはあの頃のように真っ直ぐ見つめ返してくる。
私ってずるい子かな。
シンくんと同じような優しを感じた弟の樹くんに惹かれて。
でもね、シンくんの代わりじゃなくて。
ちゃんと好きなんだよ。
好きになっちゃったんだもん。
そっとぬいぐるみを戻して、もそもそとベッドの上を移動する。
壁に寄りかかって膝を抱える。
言えるかな。
いや、言わないとだよね。
「……優しい人、かな。いっしょにいて楽しい人とか」
「うーん……嘘つかない人。あと……私のこと、ちゃんと見てくれる人」
ふいに、10歳の頃の私の声が聞こえた。
うん。
頑張るよ――
私。
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