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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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7/18

いだいて、いだかれて

私は、早苗ちゃんに、ずっと会ってみたかった。

以前、樹くんが、シンくんの月命日にも早苗ちゃんはお参りに来ているって話ていたから。

仕事が休みだった土曜日の昨日。

お墓参りを兼ねて行ってみたんだ。

前に会った時間は朝だったからそれを踏まえて。

そうしたら――

会えた。


早苗ちゃんは、やっぱり制服姿で静かに手を合わせていた。

私に気がついて、

「おはようございます」

高いかわいらしい声で挨拶をしてくれた。

そのまま帰ろうとする早苗ちゃんを呼びとめる。

うつむきかげんで、どぎまぎして落ち着かない様子。

なんでだろう?

以前も走り去るようにして帰ってたし。

挨拶はしてくれるから、人が苦手っていうのでもなさそうだけど。

「お墓に手を合わせるから、待っててくれるかな?」

早苗ちゃんは黙ってうなずいていた。


さんさんと陽の光と蝉の声を浴びながら、眩しいくらいの墓石。

シンくんに挨拶をして、ゆっくり早苗ちゃんの方に向き直る。

うつむいたまま、肩を抱いていた。

「早苗ちゃん、だよね? 私は倉科梨花。梨に、花で、梨花。よろしくね」

早苗ちゃんはハッと顔を上げた。

私の顔を凝視して固まっている。

なんだろう?

首を傾げる私に、早苗ちゃんはパチパチと瞬きをして、小さく息を吸った。

「あっ、はい。私は斉宮早苗さみや さなえです。あ、早いに、苗で、早苗」

この自己紹介は伝染するのかな?

微笑みかけてみても、早苗ちゃんはすぐにうつむく。

「早苗ちゃん、家はどのへんなの?」

「はい、内海です」

視線は伏せたまま、少しくぐもるような声。

霊園と同じ町内。

「そうなんだ、だから、月命日もシンくんのお参りに来てくれてるんだ」

こくんと頷く早苗ちゃん。

はらりと前髪が風に揺れる。

ぎゅっと握られた拳。

「どうしたの? 早苗ちゃん?」

「あの、梨花さんって……シン兄ちゃんの恋人だったんですよね?」

「え?」

発せられた言葉の意味が分からない私。

頭の中に早苗ちゃんの言葉が反響する。

恋人……?


にわかに蝉の音が耳に届いて平静を呼び覚ます。

ササッと、その場に座り込んだ早苗ちゃん。

地面におでこが付きそうな勢いで土下座をする。

「あの……ごめんなさい!」

声は掠れて、肩が震えている。

咄嗟の出来事に困惑する私。

「なに? どうしたの?」

「ごめんなさい。私のせいで、シン兄ちゃん……」

泣いていると分かるほど滲んだ声。

早苗ちゃんの前にしゃがんでその手を取る。

氷のように冷たい手を両手で包みこむ。

「早苗ちゃん、大丈夫だから、ね? 顔をあげて」

顔を上げた早苗ちゃんの目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ、引きつったように肩で息を吸っていた。

私はショルダーバッグからハンドタオル取り出して、早苗ちゃんの涙を掬う。

目をギュッと閉じても、隙間から漏れる涙はとめどない。

「早苗ちゃん? 私はシンくんの恋人じゃないよ。だから謝らなくていいんだよ」

目を開けた早苗ちゃん。

その瞳は揺れていた。

「ふ、ふぇ?」

声にならない声。

早苗ちゃんは、両手を胸に呼吸を整えている。

「……ほんとうに? 恋人……じゃないの? でも、梨花さん……でしょ?」

「ん?」

「だって……シン兄ちゃんが、私のお姉ちゃんに言ってたの……聞いたんです」

「何……を?」

「……梨花っていう好きな子がいるって」

「え?」

あの夏の日の出来事たちが一気に押し寄せて――


シンくん……

ずるいな。

思わず見上げた墓石は、陽射しに照れているよう。

今頃、鼻の下を指でこすってるんでしょ?

頬が緩んでしまう私。

「……そっか」

「だから、私を助けるために……シン兄ちゃん。死なせちゃって、私が……」

また、涙にむせびそうになる早苗ちゃん。

私はそっと早苗ちゃんの両肩に手を添える。

「違うよ、早苗ちゃん」

「え?」

「だからって、早苗ちゃんが、死ねばよかったなんていうのは、違うと思う」

「でも……」

「シンくんが怒ってるよ」

私は早苗ちゃんの肩を抱きながら、シンくんのお墓に向き合う。

「シンくんは、早苗ちゃんだろうが、私だろうが、他の違う人でもきっと同じことをしたと思う」

「……」

「そういう人だと思う。だから、早苗ちゃん、自分を責めなくていいんだよ。一緒に生きていこう。シンくんの分まで。いっぱい美味しいもの食べて、きれいなものみて、シンくんに教えてあげよ」

サーッと枝葉が揺れ、私たちの髪を払う。

早苗ちゃんの涙で一杯の瞳にキラリと指す光。

ぎゅっと私に抱きついて来て、また泣き始めた。

こころの奥から、そう澱を出すような声で。

私は甘い香りのする髪を撫でる。

トンボがユラユラと風に遊んで墓石に止まる。

早苗ちゃんが供えたひまわりが眩しそうにこっちを見ていた。

シンくん――


その後、今日『神舞』で舞手を務めるって早苗ちゃんが教えてくれて。

この子の舞を見届けよう。

そう思ったとき、私は樹くんを誘っていた。

「そろそろですかね……」

樹くんの視線の先、社務所の扉が開き閃光の花が咲く。

光の波が山門の方へと流れていく。

参道に二人の巫女が立ち並ぶ。

早苗ちゃんは、上下白の装束に淡い紫の千早を纏い、腰から白地に金糸の裳を引いている。

ちらっと、こちらに顔を向けた早苗ちゃん。

薄化粧を施した表情は美しく、まるで絵巻物に出てくるお姫様のよう。


挿絵(By みてみん)


ドン。

太鼓の音に合わせて二人の巫女がゆっくりと舞台である六角堂に進んで行く。

わー、キャー。

賑やかな歓声が上がる。

舞台に上がると並んで正面を向いた二人の巫女。

スーッと風が装束を孕ませる。

ぷー。

笛としょうのゆったりとした旋律に合わせて二人は舞始めた。

その動きは時に対称、時に非対称に。

一糸乱れることなく。

一人が右手を突き出したなら、一人は左手を出す。

一人が右手を突き出したなら、一人は右手を出す。

基本的に向かい合って舞うけど、四方八方を向く。

指の先、つま先まで気配が行き届いた滑らかな動き。

とても優雅で厳かな舞。

笛の音が高く伸びて――

メロディが転調し早くなる。

舞も躍動感が出てくる。

音色が不協和音のようにも聞こえるがそれも不思議と心地良い。

飛び跳ねたり、旋回したり。

優雅さは保ちつつも、力強さと儚さがせめぎ合っているよう。

一拍置いて――

ふんわりとした、しょうが鳴り響いて、また穏やかに伸びやかに。

ゆったりとした舞に戻る。

そして、手に持った扇を上下に仰ぐ仕草を何回か行い。

それを天に掲げた次の瞬間――

舞は終わった。


どこからともなく湧き上がる拍手と歓声。

ほとばしる光が、二人の巫女を包む。

「すごい」

私は釘付けになっていた。

早苗ちゃんの一挙手一投足は美しかった。

儚げな表情が、そう、まるで、シンくんを追悼しているようで。

でも最後に見せた、ホッとしたような、はじける笑顔。

早苗ちゃんが抱え苦しんでいた。

自分のせいでという、心の枷が、シンくんのためにも、自分の足で生きていくという受容の表情に思えた。

「さあ、梨花さん飴取ろう」

樹くんは、私の肩にそっと触れる。

ドキッとして、嬉しくて頬が緩む。

一歩二歩前にでる。

二人の巫女が、舞台の上から飴が入った小袋を投げ始めた。

「よっ」

ジャンプして飴をキャッチしてくれる樹くん。

そんな姿にも、きゅんとする私。

「どうぞ」

「でも、樹くんは?」

「僕は食べたことあるし、梨花さん初めての神舞。今日の主役ですから」

「え?」

ニコッとえくぼ見せる笑顔が提灯の橙色に染まっていて。

優しい眼差しに射抜かれた私は、ただその瞳を見つめ返していた。

「梨花さん? 大丈夫?」

こころに届く声色に、きゅっとなって。

慌てて、意味もなくほつれ毛を直して、襟元に手を添える。

震える指がバレないように力を入れて。

そっと差し出した手のひらに、ビニール袋に包まれた勾玉がぼんやりと光っていた。

「意外と美味しいですよ」

「ありがとう」

私は取り出した飴を口に含む。

鼈甲飴のような香ばしさが広がる。

「うん、おいしい」

樹くんは嬉しそうに笑っている。

ずっと見ていたいな。

その笑顔。

私の鼓動の早さのように時が過ぎてしまう。

まだ、祭の喧騒が残る境内。

露店は店仕舞いを始めている。

ポケットから取り出したスマホを何気なく見て仕舞う樹くん。

「そろそろ、帰りますか。梨花さん明日仕事でしょ?」

「ああ、うん。樹くんも学校あるしね」

「家まで送ります」

「いいの?」

「はい、もちろん」

樹くんは胸に手を添えた。


家まで5分程の帰り道。

すぐに終わってしまうのが、ちょっと残念で、もう少し遠ければなんて、子供じみたことを思ってしまう。

樹くんは私を壁際に歩かせている。

それが、右側になろうとも、左側になろうとも。

ほんのささいな気遣いが、素直に嬉しい。

何の抵抗もなく優しさを受け入れ、樹くんとなら隣を歩けてしまう私。

「梨花さん、仕事はどうですか?」

「樹くん、勉強はどう?」

何でもない会話を引連れて歩く帰り道。

そして――

家に着いてしまう。

「樹くん、ありがとう、急だったけど、一緒に神舞を見れて楽しかった」

「いえ、こちらこそ」

むずむずして、小さく息を吸って、両手で袖をきゅっと握る。

「あのさ、また誘ってもいいかな? デート」

「え?」

樹くんの視線が泳いで、手が胸に添えられる。

「あ、ダメならいいんだ……」

チクチクしてしゅんとなる、分かりやすい私。


りー、りー。

虫の音が少しの間を取り持つ。

「えーと、その、はい、僕で良ければ」

鼻の下を指でこすって、えくぼが浮かぶ。

そわそわして、袖を握ったままの手を胸元で合わせる。

「じゃあ、また連絡するね」

「はい、あの……」

「ん?」

「いや、その、梨花さん……浴衣似合ってました……」

ポッと全身に血が駆け巡って。

ふわふわして、足が浮いてるみたいで、鼻緒を挟む指にギュッと力が入る。

「ほんと?」

「あ、いやあの、はい、本当に」

胸に手を添えたまま、はにかむ樹くん。

言葉をちゃんと届けてくれた。

手の甲をおでこに当てると――

熱い。

「ありがとう、今度は樹くんの浴衣姿も見たいな」

「え? ああ、はい」

何か別れるのが名残惜しくて。

喉の手前まで出かかっている言葉を飲み込むのに必死な私。

「じゃあ、また、おやすみなさい」

「あ、うん、おやすみ。送ってくれてありがとう」

樹くんはお辞儀をして振り返り歩き出す。

門のところで一度、こっちに向き直って軽く手を振る。

私も振り返す。

この胸のときめきが本物って感じて。

こころは否定しない。

また会いたいって思えてる。

「ただいま」

ひっそりとした家の中。

廊下に差し込む月明かり。

誘われるように居間に。


挿絵(By みてみん)


窓を開け放ち見上げた満月。

体の隅々まで月明かりが染めていく。

りー、りー。

私は――

あなたが好き。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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― 新着の感想 ―
シンくんの話が出て、また胸がきゅんと切なくなりました。 そうですよね。 梨花の言うとおり、早苗ちゃんじゃなくても、目の前の命は助けた人。 早苗ちゃんの枷を取ってあげられて良かったです。 梨花の樹くんへ…
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