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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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5/20

どっち

その時――

「お待ちどうさまです」

暖かい響きの声を残して、黒髪の女性と茶髪の女性がトレーを手際よくテーブルに置いていく。

「松薙先輩、お久しぶりです」

「ああ、秋倉くん」

ほんのり笑顔を浮かべるのは、先輩と呼ばれた黒髪の女性。

「こちら、兄の友人の、倉科さんと香坂さんです」

「こんにちは」

会釈をする黒髪の女性はかわいい子だった。

漆黒の大きな瞳で見つめられたら。

心の内を見透かされているような、吸い込まれるような感じがした。

隣の茶髪の女性は自然体な感じ。

目が合うと体ごと笑うような笑顔で。

「ごゆっくり」

と片手を挙げた。

二人ともかわいいな。

ちょっともやもやした気持ちを。

食欲にぶつける私。


夕凪島の素麺はオリーブオイルでコーティングされている。

つるつるして美味しい。

その食感と味を知ってから、他の素麺が食べられなくなってしまうほど。

湯気がたった天ぷらも、エビ、掻き揚げ、カボチャ、さつまいも。

揚げたてで、ほくほく。

「美味しいね」

「うん、この素麺も天ぷらも最高!」

「よかったです。喜んでもらえて」

少し落ち着いたところで、チラッと樹くんの様子を窺う。

美味しそうに素麺を頬張っている。

私は小さく息をつく。

「そうだ、樹くん、私ね島で就職決まったんだ」

「え?」

樹くんは素麺を箸で摘まんだまま固まった。

あれ?

変なこと言ったかな?

「おーい。弟くん?」

美瑠が身を乗り出して樹くんの顔に手をかざす。

「あっ、いや、びっくりして、本当に?」

「うん、図書館で働く。三神さんが口添えしてくれて」

「そう、ですか……」

箸を置いて椅子に凭れる樹くん。

そんなに驚いてくれるって、どうしてなの?

「だから、そのよろしくお願いします」

私が小首を傾げると、

「いえ、こちらこそ」

慌てて、樹くんは頭を下げた。

「ふーん。お付き合いの申し込み?」

樹くん頬がポッとっ染まって、空のお冷のグラスに口をつける。

私は思わず美瑠の腕を掴んで睨む。

真っ赤な顔しているのは、私も一緒のはず。

「ごめん……」

口をすぼめて素麺をすする美瑠。

美瑠なりに樹くんの気持ちを推し量ろうとしてくれてるのは分かる。

でも、私のこころがそわそわして落ち着かない。

なだめようと素麺をすすったらむせる私。

「うっ」

「大丈夫ですか?」

小さくうなずいて、苦笑いをしながら胸をトントンと叩く。


少しの間もくもくと食卓の音が時を進める。

美瑠は幸せそうに素麺をもぐもぐ。

樹くんも天ぷらをもぐもぐ。

「あのね、家なんだけど、瀬田町なの。詳しい場所は明日、三神さんの案内で見に行くんだけど」

本当は坂手に住みたかったけど、図書館のある土庄町まで片道約一時間はしんどいって三神さんに言われて。

三神さんの家の近くに空き家があるからって大家さんを紹介してくれた。

「そうなんですか? 僕も瀬田町なんですよ」

ドキッとしたけど、なんか言いそうな美瑠を瞬時に見る私。

視線に気づきながらも素知らぬ振りを決め込んで、エビの天ぷらにかぶりついていた。

「でも樹くん、まだ学生でしょ?」

「学校が高松で、坂手からだと通うのに船の時間が合わなくて、瀬田からのフェリーなら丁度いいんです」

「そうなんだ……」

「何かあったら、遠慮なく言ってください」

「ありがとう樹くん。じゃあ、引っ越しはお手伝いお願いするかも」

「わかりました」

ニコッと片頬にえくぼが浮かぶ。


挿絵(By みてみん)


樹くんの笑顔なのに。

どっちなんだろ……

でも、私は自然と微笑みを返している。

嬉しくて。

「あのさ……」

美瑠の声にビクッとする。

「お墓参りに行ったんだけど、女の子がいたの、あの子って知り合い?」

素麺をすすりながら何気ない口ぶりの美瑠。

ひたむきに墓前で手を合わせていた、あの子。

理由はないけど、確かにどこかで気にはなっていた。

「女の子ですか?」

樹くんは視線を宙に上げた。

その表情にも面影が宿っている。

私って……

いやな子かな。

「そうそう、弟くんね、その子、制服だったんだよね」

「ああ、さなえちゃんかな」

「さなえ、ちゃん?」

首を傾げる私。

「早い苗で、早苗ちゃんです」

やっぱりな紹介の仕方に頬が緩んでしまう。

こんなのずるいよね。

ううん――

わたしのがずるいんだよね。


箸を置いた樹くんの顔から、スーッ笑みが消える。

「……早苗ちゃんは、兄が……助けた子です」

「え?」

私と美瑠の声が重なる。

あの子が……

髪を一つに束ねたかわいらしい女の子。

シンくんが命を賭して助けた子だったんだ。

「でも今日、平日でしょ?」

美瑠は私に同意を求めるような顔。

「ええ、あの事故で、自分のことを助けてくれた兄が、亡くなったのがショックだったようで、ちょっと傷つきやすくなっちゃったみたいで……」

やんわりと濁している言い回しに優しさが滲んでいる。

胸がトクンと跳ねる。

あの頃以来なかった、私の中の何かが――

でも――

「そっか」

美瑠もそれを察知したみたいだった。

「毎年来てくれてるんですよ。しかも月命日も、あれからずっと」

「そうなんだ」

隣で素麺をすする音が心なしか、さみしく響く。

「ああ、でも、早苗ちゃん。今ダンスやってるんですよ。僕の同級生の子の友達がダンサーでして、YouTubeに動画あげてるんです。その彼女も昔その色々あったみたいで……それで、早苗ちゃんを支えてくれていて」

「ふーん。いいなそういう話」

美瑠はつるんと素麺をすする。

「島の伝統行事で、毎年7月に行なわれる、神舞かまいというお祭りがあるんです。二人の巫女が舞を奉納するんですけど、早苗ちゃん、来年、それを踊るのが目標らしいです」

「じゃあ、私も見られるのかな?」

「祭り自体は見れますよ、すぐそこの瀬田神社で催されますから、ただ、舞手に関しては選考があるので、どうなるか分かりませんけど」

二人の巫女という言葉に興味をがわいたのは勿論、早苗ちゃんの踊る姿を見たいなって。

「そうなんだ、選ばれたらいいね」

「ええ、ちなみに僕の同級生も、さっきの先輩も踊ってましたよ」

「なんかすごいね、代々そうやって受け継がれていくんだ」

「なんかずるいな、私も見に来ようかな」

一人天ぷらを頬張る美瑠。

「おいでよ、うちに泊ればホテル代浮くし」

「うーん。でも二人の邪魔したくないし」

「え?」

重なる樹くんと私の声。

美瑠は視線を交互に投げ、ニヤリと笑う。

胸に手を添えている樹くんと私。

目が合って苦笑い。

この戸惑いや、嬉しさ。

きっと――

好きなんだよね。

でも――

樹くんが?

シンくんの面影が?

目の前にいる樹くんにドキドキしているんだよね?

それから、樹くんの学校のことや、シンくんのこと、美瑠や私のこと。

たくさん話をしてたら3時間も経ってた。

樹くんは恐縮しがちだったけど、ちゃんと私たちがご馳走した。


店の外――

乾いた空気に包まれた冬の午後。

ぬくもった体には心地いい肌寒さ。

水色に黄色いが差し込んで、もう傾き始めた空。


挿絵(By みてみん)


さわさわと梢の囀りが歌い、近くの山から吹き下ろす風が冷たさを運び頬をかすめる。

吐く息も白く。

「じゃあ、また連絡するね」

「はい、今日はご馳走様でした」

ペコリとお辞儀をして白い歯を見せる樹くん。

「ううん、会えて嬉しかった」

「あ、はい」

苦笑いの樹くんは、ちょんと鼻をこする

「じゃあ、またね」

「はい、じゃあ、また」

私たちが車に乗り込むと、走り去るのを見送ってくれていた。

角を曲がってルームミラーからその姿が消えた時、暖房が切れたようにこころに沈むひやりとしたもの。

「たぶんね、弟くん梨花のこと好きだね」

「ひぇっ、な、なに」

私はハンドルを握る手がぐらっとして車体が揺れる。

「ちょっと梨花、気を付けて」

「はい。え? 美瑠が変なこと言うから」

「でもさ……梨花も気づいてるんじゃない?」

「なにが?」

「梨花自身が迷ってるように、弟くんも迷ってるんじゃないかな」

「あっ……」

そうか……

そうだよね。

樹んは知ってるんだよね。

私がシンくんのことが好きだったって。

樹くんのお兄さんの、シンくんを……


フロントガラスの向こう、葉が落ちているはずの山が燃えているようだった。

季節外れのちぐはぐした景色。

真っ直ぐ続く海岸沿いの道を進む。

「梨花、想いにケリがついたらちゃんと伝えなよ」

「え? ああ、うん。分かってる」

「でも、これだけは言えるかな」

「なに?」

「弟くん、かっこいい」

「もう、美瑠ったら、ああ、駿くんに言っちゃおうかな?」

「いいよ、梨花はそんなことしないもん」

笑い声が、もやを晴らす。

でも、これだけは確実に言える。

また会いたいって、思っている。

樹くんに。

「この島にいたら、私太るかも、梨花も気を付けなよ」

「ああ、言えてる。食べ物美味しいんだよね」

「住み始めたらさ、素麺送ってね。オリーブオイルも」

「わかった」

「それとさ……」

「なに?」

「一年に一回は会おうね。私がこっち来てもいいし。梨花が東京帰って来てもいいし」

美瑠にしては寂しげな声。

「うん、もちろん。一回じゃなくても、何かあったら飛んでいくよ」

「うん。ありがとう梨花」

「少なくとも、年末年始は帰ると思うから」

「そっか。今度来るときは駿も連れてこよっかな」

「いいね、そうしなよ」

分かってるよ。

寂しいよね。

私だって美瑠と離れるの辛いもん。

でも、そうしたかったんだ。

誰のためでもなくて、自分で決めたことだから。

「美瑠には感謝してくるよ。私の決断もちゃんとアドバイスしてくれて、背中を押してくれて」

「なによいきなり」

身をよじらせる美瑠。

「約束の木は願いを叶えてくれるんだよ。私は叶ったって思えてるから、シンくんのことも」

「うん」

「距離は離れちゃうけど、こころは寄り添ってるよ。ずっとずっと」

「そっか、そうだね、梨花も私も一途なとこは一緒だもんね」

「確かに」

「途中で醤油ソフトクリーム食べよ」

「いいね、それ乗った」

笑い声が弾む車内。

明後日までの美瑠との卒業旅行を精一杯楽しもうって改めて思った。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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*人物画像は作者がAIで作成したものです。

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