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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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4/19

そえて

車に乗り込んでスマホを見ると樹くんからメッセージが入ってた。

それを握る指先がぴくっと動く。

そっと隠すように片手を添える。

「樹くんから会いませんかって?」

「それって彼の弟だっけ?」

「うん、お昼一緒にどうですかって?」

「私はいいよ、会ってみたい。彼に似てるんでしょ?」

「ああ、なんか仕草とかね、まあ兄弟だからっていうのだろうけど」

胸がくしゅってなる。

あの頃とは違う、でも似てるような、くすぐったい気持ち。

「もしかして? 気になってるの梨花?」

「え?」

相変わらずの嗅覚。

顔に出てるのかな。

頬に片手を添えてみる。

火照った頬に手の冷たさが心地よい。

樹くんとあったのはたったの二回だけ。

メッセージのやり取りはしてるけど、それも毎日って訳じゃないし。

「うーん、どうなんだろうね……」

「ふーん」

助手席の美瑠がジーッと私を見つめる。

「なに? どうしたの?」

「ふふん。おやおや梨花さん、否定しないんだ」

「え? うーん。どういえばいいかな、なんかシンくんに似てるんだけど、ああ、その仕草とかじゃなくてね、そっと気にかけてくれる言葉とか、気遣いっていうのかな、優しいなって。シンくんは太陽みたいだったけど、樹くんは静かな月明かりみたい」

「ふーん。航太くんだって優しいのに?」

「もう、美瑠」

「ごめん」

「分かってるよ航太くんの気持ちは、でも私はちゃんと断ったよ」

航太くんは美瑠の彼氏の駿介くんの親友。

高校の頃紹介されて、美瑠の良く言えば気配り、悪く言えばおせっかいで二度ほどデートしてメッセージを交換したりもしていた。

私を気遣ってくれて、優しい人。

私に好意があるのは分かっていたけど。

今年の初め告白されたんだ。

でも、私の気持ちは動かなかった。

シンくんはいなくなっちゃたけど、私の好きが、心が違うよって言ってる気がして。


「分かった、分かった。でも駿が言ってたけど、梨花が惚れた相手に会ってみたかったって……あ、ごめん」

「いいよ。もう大丈夫なんだよ本当に」

「それで、どうなの? 弟くん?」

「どうなんだろう、私が面影を重ねて勝手に見ちゃってるのか、樹くんのことを見てそう思ってるのか分からないんだ」

「やっぱり、気にはなってるんだ」

「そうだと思う。でも、どう好きなのかが分からない」

「まあ、いいんじゃない好きなら好きで、梨花ならちゃんと気づくでしょそのうち」

「そうかな」

「変に意識しないでさ、目の前にある事だけに意識を向けていれば自ずと答えは分かる」

美瑠は腕を組みながら得意気に足を組む。

「へー、すごい美瑠」

「ああ、これ誰かの受け売りだから。それよりさ、お腹空いた。弟くんに返事したの?」

「あ、そうか」

私はスマホの画面を見つめメッセージを打つ。

その指先が軽やかに動く。

すぐに既読がついて返事が来る。

「11時半に瀬田町の潮風公園の駐車場だって」

「何をご馳走してくれるのかな楽しみ」

両手を頬に添えニコニコ顔の美瑠。

「もう、樹くん学生だし、年下なんだから、私たちがご馳走しなきゃ」

「もう冗談だってば、むきになっちゃってさ、梨花かわいい」

「な、なにそれ」

ぽっと、耳が熱い。

美瑠はニヤリと笑い、

「はいはい、運転よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げる。

私は頬膨らませながら、サイドブレーキを外した。


三歳年下の樹くんは看護師を目指して3年制の専門学校に通っている。

どことなく、高ぶってる気持ちが樹くんに会えるかなのか、シンくんの面影を見たいからなのか。

どうしても、まだ分からない。

坂手から瀬田町の潮風公園まで40分ほどかかる。

来た道を戻って、内海町から島を横断する国道をひたすら西へ。

島の道は走り易い。

渋滞もめったにない。

東京のように車や人が少ないのもあるけれど。

人口の集中する西の土庄町、東の内海町。

その間にあるのが瀬田町。

来年から、私が島で生活する場所にもなる。

高松港までのフェリーも出ている瀬田港もあるし地の利はいい。

港近く、海沿いの大きな公園が潮風公園。

約束の時間の20分前に駐車場に着いた。

待ち合わせに、やっぱり早く来てしまう私。

プッ。

クラクションが鳴る。

向かいの青の軽自動車の運転席のドアが開く。

姿を現した樹くんは軽く片手を挙げてお辞儀をする。

ブルージーンズにアイボリーのパーカーにチャコールグレーのダウン。


挿絵(By みてみん)


私の頬は自然と緩んで、小さく手を振っていた。

優しい胸の高鳴りと一緒に。

「うわ。おもったよりカッコいいじゃん弟くん」

美瑠は身を乗り出してダッシュボードに手をついていた。

樹くんは美瑠に気付いたのか会釈をする。

そして、私に向かってハンドルを握る動作をして車に乗り込んだ。

「あれ? 乗っちゃったよ弟くん」

「ついてきてって」

「え?」

樹くんの車が動き出し、私はアクセルを踏んだ。

「なに、二人のサイン? 今の?」

「え? たぶんそんな気がしただけ、でも合ってるでしょ?」

「ふーん。以心伝心なんだ」

ポッと頬が染まる。

なんで照れてるんだろ……

やっぱり、好きなのかな?

でも――

どう好きなんだろう……


樹くんの車は国道から路地に入り、住宅街の中にある『松寿庵』という素麺屋の駐車場に止まった。

車から降りると、樹くんが近寄って来た。

小さく手を振る私。


挿絵(By みてみん)


スラッと背が高い樹くん。

私の目線の高さは首元だから少し見上げる。

「お久しぶりです」

シンくんより少しだけ高い声。

「久しぶり、元気にしてた?」

美瑠がグイっと私の腕を掴む。

「あ、紹介するね、親友の美瑠。で、こちらが樹くん」

「はじめまして、香坂美瑠です」

「はじめまして、秋倉樹です。お噂はかねがね」

鼻の下を指でこする樹くん。

「え? ちょっと梨花、何を吹き込んだの?」

美瑠は私の肩を掴んで自分の方かに向かせ、顔を近づけて睨む。

私はぶんぶんと首を振る。

「あ、あの、美瑠さん。梨花さんの心の友で頼りなる美人ってことですよ」

「あ。え?」

美瑠は樹くんの言葉に、キョトンとして固まった。

「美瑠の早とちり」

私は美瑠のおでこをつつく。

「もう、ごめん」

でもそのお陰で緊張の糸がほぐれた、きっと樹くんも。


こじんまりとした店内。

私たちは入口そばの四人掛けのテーブル席に着いた。

「ここの素麺上手いんですよ、天ぷらも」

樹くんの得意気な顔。

面影が光って消える。

結局、一番人気の天ぷら定食三人前と天ぷら盛り合わせを注文した。

「ここの店、高校の先輩の店なんです」

「ふーん、男、女?」

美瑠は直球勝負。

「女性ですけど」

樹くんは少し腰を上げて厨房の方を覗き込む。

少しチクッとする私のこころ。

「奥にいる黒髪の人ですね」

投げた視線の先には後姿の女性。

「彼女だったり?」

ニコニコしながら、美瑠は両手で頬杖をついた。


挿絵(By みてみん)


「え?」

樹くんの声に私はドキッとして両手を胸に添えてうつむいた。

「あれれ、なに二人して胸に手当てちゃって」

上目遣いに樹くんを見ると片手を胸に添えていた。

ああ、樹くんのクセ。

「違いますよ、島に高校一つしかないんで、大体みんな先輩後輩なんですよ」

両手を前に出して振る樹くん。

「ふーん、そうなの?」

「昔は二つあったみたいですけど……それに……」

「それに?」

美瑠に圧倒されている樹くんは、また胸に手を添えている。

私が助け舟を出そうとしたとき。

「それに……彼女はいません、生まれてこの方」

ハッとした私のこころに風が吹き抜けた。

「そうなの? モテそうなのに」

「いや、その、まあいいじゃないですか」

鼻の下を指でこする樹くんは、えくぼを浮かべて苦笑い。

美瑠は私の腕に抱きついてきた。

ビクッとして美瑠を見る。

「どう、うちの梨花なんか、梨花も生まれてこの方、彼氏の一人もいないんだよ、私が保証する」

カーッと頭に血がのぼる。

「ちょ……なに……も、もうやめなよ美瑠、樹くん困ってるから」

ドキドキと頭で心臓が鳴る。

胸に手を添えたままうつむいた樹くん。

その頬がほんのり染まっていた。

「はーい。ごめんなさい二人とも」

するりと腕を解いて、ペコリと頭を下げた美瑠。

私をチラッと見て肩をすくめた。

「樹くん、ごめんね、その、あの、気にしないでね」

「え? ああ、いえ、大丈夫です」

樹くんはお冷のグラスを飲み始めた。

どうして、こんなあわあわしてるの。

樹くんをなぞるように見てしまう。

好きなの?


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― 新着の感想 ―
わぁ、梨花と樹くん、良い感じ! 美瑠のアシスト、ききましたね! シンくんの思い出は忘れない。 でも縛られない。 そうすることが、梨花もシンくんも大切にすることなのだと思います。 夕凪島のキラキラも伝わ…
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