そえて
車に乗り込んでスマホを見ると樹くんからメッセージが入ってた。
それを握る指先がぴくっと動く。
そっと隠すように片手を添える。
「樹くんから会いませんかって?」
「それって彼の弟だっけ?」
「うん、お昼一緒にどうですかって?」
「私はいいよ、会ってみたい。彼に似てるんでしょ?」
「ああ、なんか仕草とかね、まあ兄弟だからっていうのだろうけど」
胸がくしゅってなる。
あの頃とは違う、でも似てるような、くすぐったい気持ち。
「もしかして? 気になってるの梨花?」
「え?」
相変わらずの嗅覚。
顔に出てるのかな。
頬に片手を添えてみる。
火照った頬に手の冷たさが心地よい。
樹くんとあったのはたったの二回だけ。
メッセージのやり取りはしてるけど、それも毎日って訳じゃないし。
「うーん、どうなんだろうね……」
「ふーん」
助手席の美瑠がジーッと私を見つめる。
「なに? どうしたの?」
「ふふん。おやおや梨花さん、否定しないんだ」
「え? うーん。どういえばいいかな、なんかシンくんに似てるんだけど、ああ、その仕草とかじゃなくてね、そっと気にかけてくれる言葉とか、気遣いっていうのかな、優しいなって。シンくんは太陽みたいだったけど、樹くんは静かな月明かりみたい」
「ふーん。航太くんだって優しいのに?」
「もう、美瑠」
「ごめん」
「分かってるよ航太くんの気持ちは、でも私はちゃんと断ったよ」
航太くんは美瑠の彼氏の駿介くんの親友。
高校の頃紹介されて、美瑠の良く言えば気配り、悪く言えばおせっかいで二度ほどデートしてメッセージを交換したりもしていた。
私を気遣ってくれて、優しい人。
私に好意があるのは分かっていたけど。
今年の初め告白されたんだ。
でも、私の気持ちは動かなかった。
シンくんはいなくなっちゃたけど、私の好きが、心が違うよって言ってる気がして。
「分かった、分かった。でも駿が言ってたけど、梨花が惚れた相手に会ってみたかったって……あ、ごめん」
「いいよ。もう大丈夫なんだよ本当に」
「それで、どうなの? 弟くん?」
「どうなんだろう、私が面影を重ねて勝手に見ちゃってるのか、樹くんのことを見てそう思ってるのか分からないんだ」
「やっぱり、気にはなってるんだ」
「そうだと思う。でも、どう好きなのかが分からない」
「まあ、いいんじゃない好きなら好きで、梨花ならちゃんと気づくでしょそのうち」
「そうかな」
「変に意識しないでさ、目の前にある事だけに意識を向けていれば自ずと答えは分かる」
美瑠は腕を組みながら得意気に足を組む。
「へー、すごい美瑠」
「ああ、これ誰かの受け売りだから。それよりさ、お腹空いた。弟くんに返事したの?」
「あ、そうか」
私はスマホの画面を見つめメッセージを打つ。
その指先が軽やかに動く。
すぐに既読がついて返事が来る。
「11時半に瀬田町の潮風公園の駐車場だって」
「何をご馳走してくれるのかな楽しみ」
両手を頬に添えニコニコ顔の美瑠。
「もう、樹くん学生だし、年下なんだから、私たちがご馳走しなきゃ」
「もう冗談だってば、むきになっちゃってさ、梨花かわいい」
「な、なにそれ」
ぽっと、耳が熱い。
美瑠はニヤリと笑い、
「はいはい、運転よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
私は頬膨らませながら、サイドブレーキを外した。
三歳年下の樹くんは看護師を目指して3年制の専門学校に通っている。
どことなく、高ぶってる気持ちが樹くんに会えるかなのか、シンくんの面影を見たいからなのか。
どうしても、まだ分からない。
坂手から瀬田町の潮風公園まで40分ほどかかる。
来た道を戻って、内海町から島を横断する国道をひたすら西へ。
島の道は走り易い。
渋滞もめったにない。
東京のように車や人が少ないのもあるけれど。
人口の集中する西の土庄町、東の内海町。
その間にあるのが瀬田町。
来年から、私が島で生活する場所にもなる。
高松港までのフェリーも出ている瀬田港もあるし地の利はいい。
港近く、海沿いの大きな公園が潮風公園。
約束の時間の20分前に駐車場に着いた。
待ち合わせに、やっぱり早く来てしまう私。
プッ。
クラクションが鳴る。
向かいの青の軽自動車の運転席のドアが開く。
姿を現した樹くんは軽く片手を挙げてお辞儀をする。
ブルージーンズにアイボリーのパーカーにチャコールグレーのダウン。
私の頬は自然と緩んで、小さく手を振っていた。
優しい胸の高鳴りと一緒に。
「うわ。おもったよりカッコいいじゃん弟くん」
美瑠は身を乗り出してダッシュボードに手をついていた。
樹くんは美瑠に気付いたのか会釈をする。
そして、私に向かってハンドルを握る動作をして車に乗り込んだ。
「あれ? 乗っちゃったよ弟くん」
「ついてきてって」
「え?」
樹くんの車が動き出し、私はアクセルを踏んだ。
「なに、二人のサイン? 今の?」
「え? たぶんそんな気がしただけ、でも合ってるでしょ?」
「ふーん。以心伝心なんだ」
ポッと頬が染まる。
なんで照れてるんだろ……
やっぱり、好きなのかな?
でも――
どう好きなんだろう……
樹くんの車は国道から路地に入り、住宅街の中にある『松寿庵』という素麺屋の駐車場に止まった。
車から降りると、樹くんが近寄って来た。
小さく手を振る私。
スラッと背が高い樹くん。
私の目線の高さは首元だから少し見上げる。
「お久しぶりです」
シンくんより少しだけ高い声。
「久しぶり、元気にしてた?」
美瑠がグイっと私の腕を掴む。
「あ、紹介するね、親友の美瑠。で、こちらが樹くん」
「はじめまして、香坂美瑠です」
「はじめまして、秋倉樹です。お噂はかねがね」
鼻の下を指でこする樹くん。
「え? ちょっと梨花、何を吹き込んだの?」
美瑠は私の肩を掴んで自分の方かに向かせ、顔を近づけて睨む。
私はぶんぶんと首を振る。
「あ、あの、美瑠さん。梨花さんの心の友で頼りなる美人ってことですよ」
「あ。え?」
美瑠は樹くんの言葉に、キョトンとして固まった。
「美瑠の早とちり」
私は美瑠のおでこをつつく。
「もう、ごめん」
でもそのお陰で緊張の糸がほぐれた、きっと樹くんも。
こじんまりとした店内。
私たちは入口そばの四人掛けのテーブル席に着いた。
「ここの素麺上手いんですよ、天ぷらも」
樹くんの得意気な顔。
面影が光って消える。
結局、一番人気の天ぷら定食三人前と天ぷら盛り合わせを注文した。
「ここの店、高校の先輩の店なんです」
「ふーん、男、女?」
美瑠は直球勝負。
「女性ですけど」
樹くんは少し腰を上げて厨房の方を覗き込む。
少しチクッとする私のこころ。
「奥にいる黒髪の人ですね」
投げた視線の先には後姿の女性。
「彼女だったり?」
ニコニコしながら、美瑠は両手で頬杖をついた。
「え?」
樹くんの声に私はドキッとして両手を胸に添えてうつむいた。
「あれれ、なに二人して胸に手当てちゃって」
上目遣いに樹くんを見ると片手を胸に添えていた。
ああ、樹くんのクセ。
「違いますよ、島に高校一つしかないんで、大体みんな先輩後輩なんですよ」
両手を前に出して振る樹くん。
「ふーん、そうなの?」
「昔は二つあったみたいですけど……それに……」
「それに?」
美瑠に圧倒されている樹くんは、また胸に手を添えている。
私が助け舟を出そうとしたとき。
「それに……彼女はいません、生まれてこの方」
ハッとした私のこころに風が吹き抜けた。
「そうなの? モテそうなのに」
「いや、その、まあいいじゃないですか」
鼻の下を指でこする樹くんは、えくぼを浮かべて苦笑い。
美瑠は私の腕に抱きついてきた。
ビクッとして美瑠を見る。
「どう、うちの梨花なんか、梨花も生まれてこの方、彼氏の一人もいないんだよ、私が保証する」
カーッと頭に血がのぼる。
「ちょ……なに……も、もうやめなよ美瑠、樹くん困ってるから」
ドキドキと頭で心臓が鳴る。
胸に手を添えたままうつむいた樹くん。
その頬がほんのり染まっていた。
「はーい。ごめんなさい二人とも」
するりと腕を解いて、ペコリと頭を下げた美瑠。
私をチラッと見て肩をすくめた。
「樹くん、ごめんね、その、あの、気にしないでね」
「え? ああ、いえ、大丈夫です」
樹くんはお冷のグラスを飲み始めた。
どうして、こんなあわあわしてるの。
樹くんをなぞるように見てしまう。
好きなの?
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