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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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20/20

あの日のこと。言わなかったこと。 約束の木の下で


全てが始まった場所。

約束の木は、未だに人々の願いを携え、ただここにある。

かさかさ。

落ち葉が風に転がって、肌寒さが頬をかすめる。

マフラーに手を添えて。

天を仰ぎ見る。

空を覆う枝葉の合間には、ふわりとした白い雲。

梨花がプロ―ポーズをしてくれた日。

もう、60年も前の今日。

今年の春――

梨花は、娘の遥香、二人の孫。

そして一人のひ孫。

心友の美瑠さん、ご主人の駿介さん。

他にも親しい友人、家族全員に見守られ、安らかに兄のもとに旅立った。

幸せな人生だったよ。

梨花。

君に出逢えて。

兄ちゃんの弟で。

身体のこともあるから、正直、僕の方が先に逝くのかなって思ってた。

目の前のもう書いた字すら判別できないけど、微かに二人の名前だけは分かる。

倉科梨花。

秋倉樹。

その絵馬を縄からほどく。

持つ手の震えを押さえることもせず。

そっと肩から下げた鞄に仕舞う。


脇に抱えた梨花が綴った物語。

それを読み返す日々が続いている。

僕の知らなかった若き日の梨花の日常や想いが紡がれていて。

あたかも梨花や兄ちゃんが生きているようで。

もちろん、僕との日々も。


全ての出来事は不思議と忘れないで覚えている。

特に、初めて出逢った日、僕の心臓が高鳴った。

そして、プロポーズしてくれた時、僕の魂が震えた。




――高台の公園を目指して坂道を上っている。

見上げた視線の先には夏模様の雲に青い空。

だけど、足取りは重い。

出来れば行きたくないような、でも行かなくちゃいけないと。

昨夜はあまり寝られなかった。

今日は、大切な日――

なんだ。

兄ちゃんにとって。

そう思い、大きく息を吸って拳をギュッと握りしめた。

こころのどこかで来ている訳がない、居るはずがない。

半ば期待のような気持ちさえあった。

兄ちゃんの口から一回だけ聞いたことがある「約束」のこと。



――兄ちゃんは、社会学習で言った姫路城や岡山の動物園、高松の栗林公園。

ことあるごとに、その場所で見てきたこと、感じたことを良く僕に話してくれた。

耳を傾けているだけで、あたかも行った気分にさせてくれるんだ。

最初の頃は正直、子供ながらに、うらやむ気持ちもあったけど。

一生懸命想い出しながら、楽しませようと話してくれているのが分かったから。

そう、それを聞いたのは、兄ちゃんが中学の修学旅行で東京に行って、お土産をくれた時だった。

「スカイツリーって星ヶ城山と同じくらいの高さなんよ」

「山と同じくらいなの?」

「展望台から見えるんは、ビルや家だらけ。街が絨毯みたいにずーっと広がてるん」

「へー」

「そんでな、その絨毯のずーっと、ずーーーっと遠くに富士山が見えたんや」

楽しそうに話す兄ちゃんの顔。

ちゃんと覚えているよ。

そして、話しが終わりかけた頃。

真顔になった兄ちゃん。

珍しく心細そうな表情を見せた。

「俺さ、20歳になったら再会を誓った女の子がいるん」

「再会?」

「そうや、10歳の時に約束の木、知ってるだろ?」

「ああ、うん」

「そこで会おうって」

「ふーん。でも、10歳の時でしょ? 相手は忘れてるんじゃないの?」

「かもな。かわいかったから彼氏できるかもな」

珍しく、うつむいてしょんぼりする兄ちゃん。

「そんなのは分からないよ、でも、願い叶うといいな兄ちゃん」

顔を上げて鼻の下をこする。

兄ちゃんのクセ。

「東京ってさ何でもあるけどさ、見つけにくい場所だったよ」

「何が?」

「一番星」

「え? 見えないの?」

「ああ、正確にはそこにあるんだけど、色んなものが邪魔をして気づきにくいってこと」

「ふーん。良く分からないや」

「まあ、このクッキーおいしいぞ、試食したからな。なんか有名なケーキ屋のやつみたいだけど」

『ビスケットの中』とお店の名前が印刷された小さな透明の袋。

中には星の形をしたクッキーが入っていた。

「ありがとう。でも、兄ちゃん楽しかったんでしょ修学旅行?」

「ん? まあな。今までで一番近くに行けたから……」

また鼻をこすって、兄ちゃんはにっこり笑う。

「なんの?」

「ん? 樹には言っとこうかな」

兄ちゃんは肩で息を吸って、僕を真っ直ぐ見つめた。

「その約束した女の子。梨花って名前なんだ。梨に花で梨花。そして東京から島に遊びに来てた子なんだ」

照れ臭そうに、鼻の下を指でこすって、嬉しそうに話す兄ちゃん。

初めて見る表情だった。

「好きなんだね、兄ちゃんその子のこと」

「え? 分かるか?」

「うん。分かる」

「そっか」

兄ちゃんは、腕を組んで首を傾げる。

「初恋なんだね、兄ちゃんの」

兄ちゃんは僕の鼻を優しく摘まむ。

そして微笑んだ。

「ませた事を言うな」

「兄ちゃんが自分から言ったんじゃないか」

顔を見合って笑い出す。

「いいな。僕も会ってみたいな。兄ちゃんが好きになった女の子」

「ああ、樹の病気はきっと良くなる。だから、お前も一緒に会いに行くんやで」

「そうなったらいいけど……」

僕の肩を両手で掴んだ兄ちゃん。

そしてグッと顔を寄せて来た。

片頬にえくぼを浮かべて。

「弱気になるな樹。絶対、ぜーったい。病気治るから。兄ちゃんに任せとき」

兄ちゃんは得意気に鼻をこすった――



公園に着いた時、僕は目を疑った。

ブランコを漕いでいる一人の女性がいたから。

ラベンダーのワンピースに麦わら帽子。

二つ結びの髪が揺れに合わせて靡いていた。

まさか?

そう思いつつ、ゆっくり足を進めていると、足音に気付いたのか。

ブランコが止まった。

少し俯き加減で胸に手を添える女性。

それが梨花だった。

約束を――

10年間という歳月にもかかわらず、覚えていて。

兄ちゃんとの約束を。

ちゃんと果たすために。

ただ、これから伝える事実を想うと、胸が引き裂かれる気分だった。

でも、ブランコに腰掛けている梨花に一目見て惹かれていた。

いけないと思っても。

兄ちゃんの死を伝えながらも――

兄ちゃんのことを想って、僕の目を憚ることなく泣き崩れる梨花。

それを見守ることしかできなかった。

けど、同じくらい高鳴る鼓動の意味を量りかねていた。

そして、兄ちゃんの想いを。

兄ちゃんも梨花と同じように好きだったと口にしようとしたら。

言葉が喉を越えなかった。

きっと兄ちゃんが言わせなかったんだと思う。

梨花に自分のことを、兄ちゃんのことを引きずらせないために。



そして、プロポーズの日。



――僕の中には、ずっと確信と迷いが混在していた。

梨花が好きなのは僕なのか。

兄ちゃんの面影を見ているのか。

だから、自分からプロポーズする勇気が持てないでいた。


でも――

梨花はプロポーズをしてくれた。

自らデザインしたエンゲージリングを僕の指にはめてくれた。

愛を示してくれた。

そして、二人で書いた誓いの絵馬。

僕が縄に結び付けるのを幸せそうに見上げている梨花を見て。

こころの奥底から愛おしさが湧いてきて。

気がついたらキスをしていた。



記憶がよみがえる――



重ねた唇の柔らかさ、漏れる吐息。

温かくて華奢な感触。

シャンプーの香り。

僕は梨花を愛している。


それでも、キスをしながらも――

梨花への想いが純粋に自分から湧き上がったものなのか。

それとも兄ちゃんがもたらしたものなのか、ずっと不安でいた。

梨花から付き合ってと言われた時。

抱える秘密を口にしようか迷ったけれど。

結局言葉に乗せることは出来なかった。

もしかしたら、兄ちゃんがあの時にみたいに止めたんじゃないかって。



そう――



僕の心臓は兄の心臓だから。



本来、移植のドナーが誰なのかは分からない仕組みになっている。

でも、僕は兄ちゃんがドナーカードを持っていたのを知っていた。

「これって、死んでも誰かの役に立てるんや」

兄ちゃんは笑いながら見せてくれたから。

きっとそれは僕のために。

そんなことさえ思ってしまう。

家族であれば適合の確率も高くなる。

万が一が起きたんだ。

兄ちゃんが事故で脳死状態になって。

数日後、僕は緊急手術を受けていた。


そして――

目が覚めた時、兄ちゃんはこの世にいなかった。

さすがに分かるよ。

両親は笑っていたけど、瞳の奥の哀しさはごまかせない。

だって、家族だから。

でも、後々調べて分かったんだ。

兄弟間では親族優先の移植行なわれない。

法律に則って患者が選定されるって。

僕の原因不明の特発性拡張型心筋症という病気。

当時の症状が緊急性を要していたこと。

そして血液型やその他の条件が適合したこと。

半ば奇跡的に兄ちゃんの心臓が僕に移植されたんだって。


僕がそう思ってるだけで、医者も家族も何も教えてくれない。

でも違うとは思えない。

現に鼻の下をこするクセは心臓移植をしてから出てきたものだし。

移植当初は自分の事を俺って呼ぶようになっていて。

それは自然と僕に直っていったけど。

自分の感覚を裏打ちしてくれたのは――

そう、梨花だった。

ことあるごとに僕を見て、兄ちゃんに似てるという。

10年間。

しかもたったの5日間しか会ってない梨花が。

まるで、兄ちゃんが目の前にいるような顔をして驚くんだ。

これ以上の証拠があるかい?


――だから、当初。

自分の梨花に対する気持ちが。

この心臓の拍動が感じたものが。

自身の感情がもたらしたものなのか。

兄ちゃんの心臓がもたらしたものなのか。

分からなくて、迷っていた。

兄ちゃんの想い人を好きになってしまったことを、兄ちゃんの墓前や仏壇で何度か謝ったこともある。

梨花が僕に惹かれたのも、兄ちゃんの面影やこの脈打つ鼓動に何かを感じて好きなのかもって最初の頃は何度もよぎった。



でも、梨花と心と体を重ねていくうちに、どんどん好きが増して愛おしくなっていったのは事実。

梨花も、ちゃんと自分を愛してくれているのは確信に近いほど感じている。

今こうして僕の腕の中にいる梨花は兄ちゃんではなくて間違いなく僕を見ている。

だから、僕がこの事実を梨花に伝える事はないだろう。

きっと、兄ちゃんの望みでもあるし。

僕の意志でもあるし。

恐らく梨花が知ったら――


こわれてしまうから。


そっと唇を離し梨花の黒く澄んだ瞳を見つめる。

「僕は今最高に幸せな気分だよ、島一番の幸せ者だ」

「島なの?」

「ああ、いや宇宙で一番かな」

微笑む梨花の顔。

ただただ愛おしい。

「私もだよ、特別なんてこと全然わからないけど……樹くんの隣にいると、ただ、息をしているだけで幸せなんだ。この気持ちが、もし『最高』って言うんなら、それはきっと、私が選んだ人が、最高に優しいってことだね」

唇が震え、目から流れる涙が止まらない。

梨花はハンドタオルでそれを優しく拭ってくれる。

それでも追いつかないほど溢れ出す涙。

「梨花、ありがとう」

ニコッと笑った梨花は、

「樹くん、ありがとう」

僕の言い方を真似るように語尾を柔らかく跳ねさせる。

ちりん、ちりん。

風が運んだまだらな光が梨花の顔を揺らしている。

兄ちゃん、僕は梨花を幸せにする。

この心臓と共に、生涯、梨花を守り、愛し抜くよ。

そうだよ、兄ちゃんも一緒にな。

絵馬と梢が震え、季節外れの生暖かい風が僕と梨花を包んで消えた――



――ざわざわ。

手にした本のページを風が追いかける。

その中に挟んであった、梨花からの最後の手紙。

ひとしずく。

空の涙が紙に滲む。

『たっくんへ。

ありきたりだけど、出逢えて、一緒に時を重ねてくれて。

ありがとう。

ただ、隣にいてくれるだけで、心が安らいで、楽しくて。

とても、とても、幸せでした』


「僕の方こそ。幸せという言葉を実感した日々だったよ」


『たっくんの笑顔。

遥香の笑顔。

孫の治樹と真梨の笑顔。

ひ孫の瑠花の笑顔。

みんながこれからも笑って過ごせるように空から見守ってるね。

たっくん。

大好きだよ。

愛してるよ。

ずっと、ずっと 秋倉梨花』


そっと胸に手を添える。

兄ちゃん。

約束守ったろ。

からから。

絵馬が騒いで、駆け抜ける風。

滲んだインクが、揺らめく木漏れ日を跳ね返していた。

「たっくん!」

「樹!」

耳に届いた確かな声。

振り向いた空には、あの夏のようなふっくらした雲が島を覆っていた。




~最後に。~


それでも、あの夏を思い出すたび、私は今でも胸の奥がやわらかく痛む。

風の匂いも、蝉の声も、潮のささやきも、すべてがあの頃と同じように息づいているのに、もう二度とあの瞬間には還れない。

けれど――

私の中では、彼はいまも笑っている。


忘れないということは、悲しみに縛られることではなく、

想い出に寄り添いながら、生きていくということ。

その中で人は少しずつ、優しさを覚えていくのだと思う。


物語は終わっても、心の中では終わらない。

風の音ひとつで、名前を呼ぶ声が蘇ることがある。

それを“奇跡”と呼ぶなら、私はその奇跡を信じて生きていきたい。


――これからも、彼らのように。

静かな夏の光の中で、誰かを慕い、寄り添いながら。



「約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―」

最後までお付き合い下さり、ありがとうございます。

本編「約束の木の下で ―忘れない初恋の記憶―」執筆当時ここまでの(自己満足ですからご容赦のほどを)物語になるとは思ってもいませんでした。ただこの作品は作者自身が大好きで二つの派生作品を執筆しています。

今作を書こうと思ったきっかけは、梨花はちゃんと生き切ったということと。本編の隠し設定である樹くんの心臓がシンくんのものだったということを明確に伝えようと思ったからです。

勘の鋭い読者様や読み込んで下さった読者様は本編時点でお分りになっていたと思いまけど。

敢えて明言しておこうと思いました。これを知って読み返して頂くと樹くんの胸のうちもにも少し寄り添って頂けるかなって思っても見たり。

本編で梨花とシンくん。

再会は果たせているんです。

魂の気づかない部分で。

兄弟だから似ているのはありますけど、樹くんの姿に執拗に泣きシンくんの面影を梨花が見出しているのは魂の深い深いところでシンくんを感じていたからなのだと。

梨花は純粋にシンくんの心臓を持った樹くんではなくて、樹くんを愛しています。

物語を読んで下さった皆様はご理解いただいていると思います。

樹くんが言うように梨花が知ったら壊れるかもしれませんし、壊れないかもしれない。

けど、これだけは間違いないのです。

梨花も樹くんもお互いを愛している。

改めませして、拙作を最後までお読み下さった皆様に、感謝申し上げます。

「ありがとう」



お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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*風景写真は作者が撮影したものです。

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― 新着の感想 ―
完結、おめでとうございます! おめでとうと言いつつ、寂しい気持ちですが。 樹くんの独白に、胸がぎゅうと締め付けられました。いえ予想はしていたのですけれど。 気持ちが痛いほど分かりました。 でも似ている…
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