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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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ともに


挿絵(By みてみん)


見上げている一面黒々とした空には、東京で見えるよりもはるかに多い星達が私たちを見下ろしている。

黄色や赤、オレンジに白。

色の違いまでも分かる。

夏より冬の星空の方が光が強いのは気のせいなのかな。

「こんなに、星ってあったんだ」

美瑠のささやきは、私と同じ思いだった。

私は美瑠と大学の卒業旅行で夕凪島に来ている。

美瑠がどうしても行きたいってせがむから。

ただ、日程だけは私が決めた。

理由を知ると美瑠は逆に喜んでくれた。


東京から飛行機にバス、フェリーを乗り継いでおよそ3時間かけて今日の昼前に着いた。

坂手港でレンタカーを借り、私の運転で島の観光地、寒霞渓、オリーブ公園、エンジェルロードなどを巡った。

美瑠は島の景色を見ては、わーとかすごいとか感嘆の声をあげていて、うどんや醤油ソフトクリーム、オリーブ牛に新鮮な海の幸にもおいしいおいしいと、終始ご機嫌。

その様子を見ているだけでも、うれしくて楽しい。

冬場の観光シーズンでもないからか、どこも空いていてゆっくりした訳でもないのに、空間を満喫できたと思う。

ホテルもガラガラで大浴場は貸し切り状態。

美瑠は、はしゃいで湯船で泳ぎ出すしまつ。

「夏も来てみたいな」

「ん?」

「冬でもさ、こんだけきれいな自然をみられたでしょ? 梨花がさ見た夏の海や花火もいつか見てみたいなって」

「そっか……」

そうだね。

夏はどこかしこも煌いて、色鮮やかになる。

でも、冬の、訪れが早い夕焼けや、山や海の静けさはそれはそれで味わい深いと思う。

淡い潮の香りを連れてきた風に目を細める。

冷たさを頬に残す。

「さすがに寒いから部屋入ろ」

肩をすくめて両手をこすり合わせている美瑠。

私たちが温もりに包まれた部屋に戻ると、時計の針は22時を回っていた。

「美瑠、明日は早いからそろそろ寝ようか?」

「そうだね」

ぴょんとベッドに飛び乗った美瑠は、掛け布団をはいでもぞもぞと潜り込む。

ピーンとしわ一つないシーツに私も横たわる。

「明日の予定は、お墓参りと約束の木。あとは何か美味しいもの食べたいな」

美瑠は言葉の最後に大きな欠伸をする。

それが伝染して私も口に手を当てる。

糊の張った布団カバーを顎の下まで持ち上げた。

「今日さんざん食べたのに?」

「だって、美味しかったよ、また醤油ソフトクリーム食べよ」

「はいはい、わかったよ。でも美瑠が気に入ってくれて嬉しい」

「フフン。明日も楽しみだな、おやすみ」

「うん、おやすみ」

私はリモコンで部屋の灯りを消す。

真っ暗闇が苦手な美瑠のために点けているスタンドライト。

そのぼんやりとした明かりだけが包んでいる。


美瑠と私の息遣い。

時計の針。

かすかに窓に吹き付ける風音。

淡いオレンジに染まった天井をぼんやりと見つめる。

シンくんが亡くなってから、もう7年。

私が知ったのは2年前だけど。

シンくんビックリするかな。

明日は大事な報告をする。

私は大学を卒業したら夕凪島に住む。

その決断を美瑠に話した時、最初は疑問に思っていたみたい。

シンくんが亡くなったんだから、夕凪島にこだわらなくてもいいんじゃないって。

確かにそうだよね。

大学で国文学科を専攻して、当初の目的通り司書の資格を取った。

それがあれば、地方でも就職できると考えていたから。

そう、夕凪島やフェリーで一時間の距離の高松市での就職も視野に入れていたんだ。

当初は、シンくんのことも頭の中にはもちろんあったよ。

――でもね。

シンくんはいなくなっちゃったけど、それとは別に。

夕凪島に住んでみたいって純粋な思いが、日ごとに増していったんだ。

理由はいくつもある。

あの頃のキラキラしたもの――

目にしたもの、耳にしたもの、触れたもの、食べたもの、匂いの全部。

そして、高校の頃に読んだ三神千里みかみ ちさとさんが書いた小説。

『島へ……』の影響も大きかったかもしれない。

夕凪島の色んな情報に触れるたびに、心がそわそわしている自分に気づいて。


ごそごそっと布団が擦れる音がして、美瑠が寝返りを打つ。

私は、そっとほほ笑みを残して、光の空間に意識を向ける――

あまり知られていないけど、図書館の就職は狭き門なんだ。

だけど、ひょんなところから機会が巡ってきた。

それは、ちょうど一年前。

シンくんのお墓参りに夕凪島を訪れた時に、実際に三神さんとお会いすることが出来たんだ。

きっかけは三神さんのインスタグラムに私がコメントをしたことだった。

そこから交流が始まって。

島を訪れると話したら、会いましょうって言ってくださった。

三神さんは夕凪島に移住されて、介護士として働かれている。

そのご縁があって私は夕凪島の図書館で働けることになった。

なんか、すごくて一人で感動していたら。

「そういうことあるんだよ、生きてると。私は梨花さんだから橋渡しをしたんだよ」

そんな風に言ってくれたことが嬉しくて、三神さんに抱きついていた。

私にとって三神さんは夕凪島でのお母さんであり、お姉さんでもあるそんな大事な存在。


そう、そのとき――

もちろん、シンくんの弟の樹くんにも会った。

初めて会った時に借りていたハンドタオルを返したら。

「本当に来てくれたんですね、ありがとう」

目を滲ませながら鼻の下を指でこすっていて。

ハッとなる私を余所に、樹くんは返したばかりのタオルで目尻を押さえたら、

「梨花さんの、匂い、優しいな」

って、ぼそって言ってくれて。

どうしてか、きゅんってなった。

――あの日以来、久しぶりに。

高校三年生になっていた樹くんは、希望通り看護の専門学校に進学が決まっていた。

樹くんの一挙手一投足に、シンくんの面影を重ねてしまっていて。

いけないよって思うんだけど、もし――

生きていたら、こんな感じなのかなって思っちゃって。

シンくんにも樹くんにも失礼だよって、自分のこころを叱ってた。

御馳走できないのが申し訳ないですけど、一緒に進学祝いして欲しいという樹くんが、美味しいお寿司屋さんに連れて行ってくれた。

高校の先輩のお店みたいで、威勢のいい若い大将が印象に残っている。

ちなみに、今日美瑠を案内した観光名所も実は樹くんが教えてくれていた。

別れ際、胸に手を添えて手を振る樹くんの姿が、黄昏の時間に包まれて。

どこかで、離れたくないな、一緒にいたいなって――

なんか落ち着くから。

夕焼けの残り香が私の頬を染めながら、何思ってるんだろって。

樹くんとはシンくんの想い出話をしたり、時々メッセージを交換している。

些細な時間でも、あの頃に似たトキメキが息づいてきているのに戸惑う私――

がいた。


寝返りを打つと、美瑠はもう夢の旅に出ているみたい。

そのすやすや顔を見ていて思い出した。

あの不思議なこと。

2年前――

シンくんの死を知った私は東京に帰って美瑠の励ましを受けた。

家に泊りに来てくれて、話をしながら。

何気なく自分はシンくんが亡くなった時、何をしていたのかって気になって、日記を読み返してみた。

そうしたら、高校一年の印象に残っている日だった。

木枯らしが吹き荒れて、夜には雪が舞ったあの日。

その日は久しぶりにシンくんが夢に出て来て。

少し気持ちが浮ついてて。

何気ないことでも想い出が甦ってきて。

そんなこととは裏腹に同級生から告白されたりもした。

当時の私は日記の最後にこんな言葉を綴っていた。

『白い絨毯に黒い帳。

モノクロの世界で天を仰ぐ。

白い手を伸ばして漆黒の空を掴む。

頬に舞い降りた冷たい白い花。

私の熱で儚く消える。

闇に溶ける白い息は心の温もり。

黒は白を飲み込んで、白は黒の中で映える。

私の想いのように。

消えないきらめきのように』

日記を見終わって、きっと風や雪になって会いに来てくれたんだって、そう思えて笑ったのを今でも覚えている。


体が温まってきて欠伸を一つ。

――そう、明日。

12月5日がシンくんの命日。

そして誕生日。

お墓参りも兼ねて、美瑠との約束も果たせるから。

シンくんに紹介するって。

どれも縁なのかなって。

思ってもみたよ。

シンくんが繋いでくれた――

大袈裟かな?

夢で会えるかな――

そう、願いつつ、瞼を閉じた。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
梨花ちゃんが抱えてきた時間はただの「過去の思い出」ではなく、今でも息づいている、生きた感情だと思いました。 樹くんとの関係も、「大切な人の面影を重ねてしまう罪悪感」と「それでも前へ進みたい揺らぎ」の…
気になって気になって「風と雪の中に」と「心友」を短期間で読んで、新作に伺いました。 約束を果たすまでの10年間、梨花にも色々あったのですね。 美瑠がシンくんのことを大切に思ってくれて、共有してくれて、…
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