願わくは
開け広げたリビングの窓。
そこから心地良いのどかな波が花の匂いを連れてくる。
その向こう。
桃色の吹雪が舞い踊っている。
うららかな陽だまりの中で、笑い声が弾ける。
「たっくん」
「なに?」
私の声に夫の樹は縁側で遊んでいた娘の遥香と一緒にこっちを向く。
「『一息』入ったよ、遥香はりんごジュース」
「ママ、ありがとう」
「それと早苗さんから、いちご頂いたの」
「うわー、いちご好き」
私のおばあちゃんが作ってくれた、ラベンダーのワンピースを着た遥香。
ちょこちょこと小走りに駆け寄って来て、テーブルの椅子にちょこんと腰かけた。
「今度、会った時にちゃんとお礼いわなきゃね」
「うん」
いちごを頬張り微笑む遥香。
「おいしい」
「もう、毎年恒例だね、早苗さんのいちご」
立ち上がったたっくんは、私と遥香に優しい眼差しを送る。
ゆっくりと歩いて来てテーブルの向かいの椅子に腰掛ける。
「遥香、パパと何のお話してたの?」
「へへ、内緒?」
「内緒?」
私はたっくんを見つめる。
にやにやと笑いながらコーヒーを口にしている。
「なあに? ママだけ仲間外れなの?」
「違うよママ」
遥香はたっくんの方を見る。
たっくんは瞬きを落とす。
合図のように。
えくぼを浮かばせ微笑む遥香。
私を見上げる瞳がうきうきしていた。
「ママとパパは、どうやって好きになったのかなって聞いてたの」
「えへ?」
「フフン。ママとパパは仲いいでしょ? パパはママが初恋の人だったんだって、ママもそう?」
私はハッとして思わず微笑みを返して、たっくんの方を見た。
「ママの話も聞きたいな」
「え?」
真っ直ぐ私を見つめる邪心のない遥香の瞳。
胸に手を添えて、シャツを握りしめていた。
トン。
たっくんはマグカップをテーブルに置いた。
穏やかな微笑みが私を見つめる。
戸惑う私に、
「ちゃんと、聞いてみたかった。梨花の初恋のこと」
名前を呼ばれた瞬間。
たっくんの愛情が込められているのが伝わる。
子供が出来てきてから、二人で過ごす時にだけたっくんは名前を呼ぶから。
私は眉を上げていいの?
って確認する。
胸に手を当てて大きく深く頷くたっくん。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
私は寝室の押し入れに閉まってある日記帳を取りに行った。
記憶の中でも話せる。
でも、なぜかちゃんと話したいって、私が10歳の時の想いを10歳の我が子に。
数年ぶりに取り出した――
埃に馴染んで、表紙は褪せていて。
手にした瞬間、胸の中を風のように駆け抜ける。
幼き日の大切な想い。
『日記帳』
そう書いた、かわいらしい文字は少し薄くなっていた。
何度も何度も読んだからページの同じ部分には手垢の跡。
「よし」
私は日記帳を胸に抱えて、たっくんと遥香が待つリビングに向かう。
淡い光に包まれた空間で笑い合っている二人。
頬が緩んで、弾む心のように足取りも跳ねる。
「お待たせ」
私は椅子に腰掛けて、たっくんを見る。
とてもやさしい眼差し。
意外に楽しそうにも見える。
まるで、面白い話をせがむ子供のような無邪気な光を帯びて。
たっくんは瞼をそっと閉じる。
目を開けた、たっくんに、私はこくんと頷いて日記帳を開く。
過去の愛は、今の幸せの土台。
その感謝を込めて、指先でページの端をそっと撫でる。
「遥香。ママの初恋はね、パパのお兄さんだったの」
「ええっ?」
両手で口を押さえて背筋をピンと伸ばす遥香。
「ママがね10歳の時のことなんだ……」
「遥香と一緒だ」
「うん、そうだよ。坂手の町の高台に公園があってね、夏の暑い日だった。ママはブランコに腰かけて、空を眺めていたんだ。青くて高い空に、綿あめみたいなふわふわな雲があって……でも風が気持ちよくて。そのときね――」
柔らかなぬくもりの光の中、私の口から、ううん魂から伝う言の葉たち。
遥香は興味津々。
たっくんは微笑みを湛えながら、遥香と一緒に時折質問を口にする。
「遥香もラムネ飲みたい」
「兄ちゃんそんなこと言ったの?」
こんな風に、話す日が来るなんて想ってもみなかった。
日記帳を閉じた私は、遥香の肩にそっと手を添えた。
「でもね、遥香。ママの初恋の相手はシンくんだけど、初めて愛した人はパパなんだよ」
「ん? 愛ってなに? チューのこと?」
私はたっくんと顔を見合わせる。
鼻の下をちょんとこすって、照れくさそうに笑う。
私は遥香の頭を撫でる。
「愛はね。そうだな、大切な人、大好きな人に、こころから自分が出来ることをしてあげるの。そしてお互いに育てていくものかな」
「ふーん」
遥香は私とたっくんをきょろきょろと見比べて。
一人すまし顔でうなずくと、クッキーに手を伸ばした。
そんな遥香を見つめるたっくん。
こんな日常。
私は幸せだよ。
あっ。
万根筆を手に取って。
今浮かんだ想いをノートに記していく。
「でも、もし私が『最高の愛の物語』を生きているんだとしたら……それは、シンくんと出会えたからで、そして、それをたっくんが凪いだ水面のように、澱みない青空のように、全部、優しく抱きしめてくれているからだよ」
「出逢った日は風の中、愛を教えてくれた人がいた。私が初めてこころを差し出した人」
「出逢った日は風の中、愛を受け入れてくれた人がいた。私が初めて身もこころも差し出した人」
「願わくは 約束の樹での 真の想い 花咲く風に 遥かに言祝げ」
レースのカーテンが膨らんで、まよい込むぽかぽかな風。
リビングの棚には、家族三人が微笑み合う写真。
私とたっくん、美瑠と駿介くん、一緒に上げた結婚式の写真。
私と早苗ちゃん。
三神さんと私。
大切な人達の笑顔がいっぱいある。
そして――
差し込む光に負けないシンくんの笑顔が見守ってくれている。
心の中で魂を込めた。
「シンくん、ありがとう」
「へへ……」
そう、鼻の下を指でこすっている。
ちょっと得意気な微笑みが――
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。
*人物画像は作者がAIで作成したものです。
*風景写真は作者が撮影したものです。
*両方とも無断転載しないでネ!




