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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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17/18

かたちになった想い

灰色がかった雲が多い空。

陽射しは控えめで少し肌寒い。

一足早い木枯らしのような向かい風に、風にうつむきながら、さらわれそうになる髪を押さえる。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

宝石店のガラス張りの扉を開けると、女性スタッフが一礼をして、二階の窓際にある小さなテーブルに案内してくれた。

高松の町は風に包まれていた。

窓の外の大通り。

道路を走る風が落ち葉を巻き上げ、中央分離帯の幹の太い木々の枝葉が揺さぶられている。

行き交う人々は身を屈め抗い、または流れに乗って早足で歩いている。

窓に映る反射した自分の顔。

少しだけごわついて硬くなっているよう。

そこにぼんやりとかぶさってくる。

大好きな樹くんの笑顔が、こわばりを溶かして頬を緩める。


挿絵(By みてみん)


看護師の仕事が不規則なのは、話を聞いて知っていた。

お互いの仕事がシフト制だから、デートはなかなか出来ないけど。

樹くんと過ごす日常は、代えがたいもの。

何をしていても、何もしなくても。

ただボーっと二人で風を感じて。

空を見上げて。

潮騒を聞いて。

微笑み合う。

ただ傍にいるだけで、こころが凪の海のように穏やかになって。

水面にほとばしる光のようにときめいて。

ほんとうに、幸せで、幸せで。

何もいらないの。

それだけで十分なんだ。

たまにね、お弁当を作るんだけど。

いつもね、一言感想とお礼が返ってくるの。

失敗も包み込んでくれてね。

「ハンバーグ。香ばしくて美味しかった、意外と好き」

とかね、ちょっと真っ黒に焦げ目がついちゃったんだよね。

「にんじんシャキシャキだった。それもあり」

これは火が通ってなくてってオチ。

一緒に過ごす、僅かな時間でも。

何でもないひとときがね愛しくて。

愛しくしてくれるんだ、樹くんがね。

一緒にいたい。

離れたくない。

その想いは付き合う前からあったと思う。

私のこころが否定しなかった、シンくん以外で初めての人。

でもね、最初はシンくんの面影を追いかけた部分があったのかもしれない。

ほんとうに似てるから。

でもね、樹くんと接しているうちに、惹かれていったのは事実。

私のこころを否定しなかったから。

ちゃんと、私を見てくれていて。

私の好きを受け入れてくれて。

私の愛を受け止めとくれる。

樹くんからも、日々、優しさと好きと愛を受け取っている。

でもね、時折見せる寂しさの理由は分からない。

病気で何かあるのかなって、それとなく樹くんのお母さんやお父さんに聞いてみたけど、病気のことではなさそう。

もしかしたら、私がシンくんを樹くんに投影してるから傍にいる。

こころのどこかで、そう思っているのかなって。

もしそう思っていて、それを言葉にしてしまったら私を傷つけるんじゃないかって、感じているのかな。

それは私の想いを、私を疑うことになるから……

勝手に思ったりしたけど。

それも違うみたい。

だって、未だにシンくんのことは樹くんとおしゃべりするから。


美瑠が昔言ってくれたように相手の気持ちなんか分からない。

だから、私は日々、樹くんといられることに感謝しているよ。

そして、確かなのは、樹くんを一人の男性として好きで、愛している。

私の気持ちに嘘はない。

樹くんという存在をこころから大切に想っている。

抱きしめられて樹くんの鼓動を感じればこころが安らいで。

手をつなげば、ちゃんと私を掴まえていてくれる。

キスをした唇に残る、感触や吐息も。

私をトキメキと共に穏やかな世界に誘ってくれる。

どこにいても。

何をしていても。

樹くんを慕っているし。

これから寄り添って、生きていきたい。

そう思えてるんだ。

ずっと。


でも、最近、ふとした時に――

漠然とした不安が顔を見せる。

今までも少しはあったよ。

でも、あまり気にならなかった。

目を逸らしていたから?

そういう事はない。

ただ、幸せで。

感謝に溢れているから。

たぶん、今じゃなくて、未来を意識しちゃったからかな。

だから、もしもって――

幸せなのに。

きっと幸せ過ぎるのかもしれない。

もしかしらた、居なくなっちゃうんじゃないかって――

シンくんのように会えなくなっちゃうんじゃないかって――

すごく、すごく。

怖い。

怖いんだよ。

思わない。

考えない。

そうしていても――

大丈夫。

大丈夫だよ。

私はもう、一人じゃないから。

言い聞かせるんだ。

そうするといつも、あの頃の私が夢に出て来て。

「大丈夫」

って、微笑みかけてくれる。


挿絵(By みてみん)



「倉科様、お待たせしました」

女性スタッフがケースを持って前の椅子に腰かける。

「こちらになります」

ケースの中、照明を浴びて二つのリングが鈍やかに光る。

手に取って指にはめてみる。

ヒヤッとした感触が慣れない位置におさまる。

指の間にある違和感がくすぐったいようで。

「お似合いです」

満面の笑みで微笑むスタッフの桜井さん。

私の描いた想いが、こうして形なったのは桜井さんのおかげ。

丁寧に何度も何度も打ち合わせをしてくれて。

デザイン以上のものが出来上がった。

「ありがとう、桜井さん。ここまでの仕上がりになるなんて想っても見なかった」

「いいえ、倉科様のデザイン。かわいくて素敵で、私共の店舗で販売したいくらいなんですよ」

私より3歳年上の桜井さんは、首を傾げて少女のように笑う。

「ありがとう」

慣れない場所から光を放つ指輪をそっと外してケースに戻した。

「では、こちらでご準備させて頂いてよろしいでしょうか?」

「お願いします」

桜井さんはケースを手に一礼して、奥の部屋に入っていった。


こんな私でも受け入れてくれるかな……

やっぱり不安にはなるよ。

違和感のなくなった薬指をそっと撫でる。

シンくん?

美瑠?

窓の外に目をやると、風が弱まったのか。

束の間の休暇なのか。

スーッと差し込んできた陽射しに街路樹が照らされ。

光の葉が揺らめいていた。


このあいだ、シンくんに私の想いを報告をしに行った。

いつものようにラムネとうまい棒を持って。

それと、改めて感謝を伝えに。

私の今があるのは、シンくんと出逢えたから、見つけられたものばかりだから。

そう、私の人生にあるもののほとんどが。

シンくんは、虫や植物たちと一緒にお日様のようにキラキラと眩しかった。

私が吐き出した言葉を黙って聞いてくれていた。

シンくん。

私はもう失いたくない。

ごめんね。

生きたっかたシンくんにこんな都合のいいお願いするなんて。

樹くんを守ってあげてね。

ずるい子でごめん。

はらはらと髪をくすぐりながら抜けていく風の中に――

「大丈夫」

そう。

確かにあの頃のシンくんの声が聞こえたんだ。

あの日以来。

「シンくん……」


美瑠は電話で笑ってこう言った。

「梨花がしたいならそれが一番だよ。梨花の好きは一つしかないはずでしょ?」

「梨花が不安なのは、痛いほどわかるよ。もしもって考えちゃうのも。シンくんのことがあるからなおさら。でも、相手の気持ちが分からないように。どうなる何か分からない。気休めみたいなことしか言えないけどさ」

「ちゃんと愛されてるって梨花が感じてるんでしょ? ならそれでいい。今の気持ち大切にしなきゃ」

そうだよね。

美瑠はまるで子供諭すように私の背中を押してくれた。

「美瑠……」



「ありがとう」

私は見送りしてくれた桜井さんにお辞儀をして宝石店を後にした。

紙袋の中にある二つのリングに想いを込めたつもり。

心を込めたものはちゃんと通じるって、おばあちゃんが教えてくれたから。

だからリングのデザインは私が描いたんだ。

樹くんがプレゼントしてくれた万年筆で。

瀬戸内海の風と海と空と島をイメージして。

マリッジリングとしても、使えるエンゲージリング。

空に被さっていたくは雲は、ちぎれちぎれになって。

なすがままに流れていく。

大通りの路面に広がる落ち葉がヒューッと音を立てた風に巻き上げられる。

戸惑いながら進む車たち。

高松港までの道すがら何度となく、私の髪とスカートの裾が弄ばれた。

でも、ひなたが増えてほんの少しだけ、温かさをもたらしてくれていた。

――バサバサ。

歩道脇のお堀から、白鷺が羽を震わせ、ゆっくりと高度を上げてく。

ふわふわの雲の元へ。

信号待ちで立ち止まる。

見上げた私は、息を一つ吐いて雲に向かって手を伸ばす。


挿絵(By みてみん)


あの日もあの時もそこにあった届きそうで届かなかった。

手を握って掴んでみる。

そして、胸に添えた。

こころに誓った想いに重ねる。

紙袋を持つ手が、冷たい風とは裏腹にじんわりと熱を帯びている。

来月の樹くんの22歳の誕生日。

私はこの想いをちゃんと伝える。

背筋をしゃんと伸ばす。

ピポ、ピポ。

タン、タン。

足音を弾ませ、横断歩道を渡る。

目の前に広がる高松の港。

海風に目を細める。

潮風の香を残していく。

凪の水面に迎えのフェリー。

私は、もう失くさないよ。

ちゃんと伝えるから。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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*人物画像は作者がAIで作成したものです。

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― 新着の感想 ―
今回お話は、梨花らしいなってずっと微笑んで拝読しておりました。 プロポーズは男性からしてほしいなんて見栄が全くない、自分の心に真っ直ぐな梨花にいつも大切なことを教わります。 樹くんが好きな気持ちを大事…
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