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約束の木の下で ―忘れない想いから生まれたもの―  作者: ぽんこつ


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15/18

どこにいても

朝の空気は3月と言えども涼やかな赤穗御崎。

瀬戸内海に面した小さな温泉街。

薄っすら白粉を伸ばしたような空の下。

私たちは目的地に向かって歩いている。

うきうきとワクワクを連れて。

握った手を大きく振って。

タッ、タッ。

歩幅も足並みもそろって。

樹くんはちょっとだけ、まだ眠そう。

朝ご飯でお腹一杯だから眠気が来たのかな。

とろんとした瞳も可愛くて。

ついつい横目で見てしまう私。

さっき、チェックアウトをしたホテルは、まさかの修学旅行で泊った場所だった。

――懐かしさよりも先に、樹くんに、教えたくて。

ここから夕凪島見えるんだよって。

部屋のベランダに出たら――

ちょうど、夕陽が沈みかけていて。

なだらかな夕凪島の稜線を赤く染めながら、またねと照れているように。

そして、薄く広がる雲のまにまに、きらりと一番星も。

「あそこが夕凪島」

指を差した私は、手すりに手をかけて、風遊びする髪に首を振る。

「こっから見えるんだ」

海風にあおられた前髪をかき上げる樹くん。

「そういえば、島と高松以外で夕陽を見るの初めてかもしれない」

樹くんの横顔。

その輪郭がほのかに紅を帯びる。

「そっか」

「しかも、島に沈んでいく夕陽って、忘れないなきっと」

きらきらと海や星の瞬きよりもきれいな瞳だった。

私も忘れないよって。

言おうとして止めた。

ずっと見ていたかったから。

樹くんを。

ちゃんと瞳の奥に焼き付けたくて――


私の視線に気がついた樹くんは眉を上げる。

自然に頬が緩んでいる私。

ちゃんと、返ってくる微笑み。

ホテルのすぐ傍に、樹くんを案内したい所がある。

海に向かった鳥居と社殿を構える伊和都比売神社いわつひめじんじゃ

「ここだよ」

私は樹くんに海の方を見させないように手を引っ張る。

辺りを包む、しなやか空気。

ちゅん、ちゅん。

どこからともなく聞こえるすずめの挨拶。

ゆらりとした木漏れ日を落とす境内。

竹ぼうきで掃除している浅葱色の袴を着た男性に二人で投げかける。

「おはようございます」

ちょろちょろと水をたたえる手水舎。

柄杓で清める手にひやりとした水。

ころころ、ちゃりん。

弾むお賽銭を投げ入れて。

カラン、カラン。

紅白の鈴緒すずのおを二人で鳴らす。

微笑みを交らわせて手を合わせる。


挿絵(By みてみん)


お久しぶりです。

また、来ることが出来ました。

私の大切な人と一緒に。

ありがとうございます。

瞼を開けて、隣の樹くんを見上げると、まだお祈りをしていた。

前髪が揺れて、ゆっくりまつ毛が上がる。

私の視線に気づいて、緩む目尻。

樹くんが、何をお願いしてたなんてどうでもよくて。

一緒に今。

この瞬間を共にしていることが何よりも変えがたい幸せだから。

そっと、樹くんの手を握る私。

「縁結びのお守り買おう」

「え? でも付き合ってるよ」

「だめ? いいよね?」

「うん、じゃあ買おう」

胸に手を添えて、つないでいる手には力が入る樹くん。

「ねえねえ、見てみて」

私は参道の方を指さした。

首を傾げながら、樹くんは視線を投げる。

「おお、すごい」

大きく見開いた目。

喉仏が上下して。

結んだ口の端が下がる。

石畳が真っ直ぐ伸びた先には鳥居。

その奥には――


挿絵(By みてみん)


瀬戸内海とどこまでも広い空が広がっている。

「いい景色でしょ?」

「うん、すごいや」

喜びを祝福しているかのように、光と影が樹くんの顔を通り過ぎる。

ふって、こっちを向いて重なる視線に、笑顔が咲いて。

とくんって、呼吸が柔らかく跳ねる。

「見せてくれて、ありがとう。梨花さん」

「うん」

優しさも受け取って。

楽しい一日の始まり。


私たちは社務所の窓口で、巫女装束のかわいらしい女性から縁結びのお守りを買った。

今、一緒にいてくれていることを信じているから。

細かい意味なんて関係なくて。

ちょっと子供じみてるかもしれないけど。

二人でお揃いのものを持っていたくて。

中学生の時、美瑠と駿介くんが付き合い始めた頃。

カバンにお揃いのキーホルダーをつけていて。

いつか私もって。

「梨花さんどこにつけるのこれ?」

ここのお守りは、赤い着物をまとったかわいいお姫様の姿をしている。

ストラップにちょんと小判が付いていて。

愛らしいもの。

「そっか、男の人は付けづらいかな?」

「いや、別に大丈夫だけど」

どこがいいかな。

バッグは失くしそうだし。

スマホはちょっと傷つきそうだし。

「梨花さん、キーケースは? 僕はそれに付ける」

「あ、うん、私もそうする」

ストラップを摘まんで、お守りを顔の前に持ってくる。

つんと指でお姫様をつつく。

ゆらりきらりと光を跳ね返していた。

また、よろしくね。

そう。

あの時、買ったお守りは、美瑠に上げたんだった。

お守り失くしたって、珍しく泣いていた美瑠を慰めるために。

今は美瑠の宝物として、美瑠と駿介くんを守っている。

島以外で初めて過ごすのが中学の修学旅行で過ごした場所になるって。

なんか、全部が繋がっている気がしてきて――

不思議。

ホーホケキョ。

どこからともなく歌うウグイスが。

そうだねって答えているようだった。


樹くんの手を取ってふわりと潮風の中へ。

「じゃあ、こっち散歩しよう」

境内を出て左に進めば、海沿いの遊歩道。

きらきら坂という雑貨やカフェなどが立ち並ぶ一角は人気の観光スポットにもなっている。

ザザー、ザザー。

すぐに傍に凪の海。

時を刻む波音は、島のそれと変わらない。

「でもどうして、修学旅行が姫路と赤穗だったの? 京都は良く聞くけど」

「ああ、あとで知ったんだけど、当時の社会の先生が赤穗の出身で、我が町見せたさに決まったみたい」

ニヤッと笑った樹くん。

「なるほど、地元が好きな人っているよね」

「うん。でもそれだけ誇りに思える場所があるのって羨ましいかな」

「そうなの?」

「私は東京の下町だから、特にこれって何かある訳じゃないし。生まれた街が好きって思えるのって、いいなって思うよ。樹くんだってそうでしょ?」

「そうか、確かにそうかもな。島は好きだし。それに……」

「ん?」

首を傾げた私を真っ直ぐ見つめる樹くん。

「兄ちゃんも、島が大好きだった」

「あっ……そう、か。そうだね」

シンくんは私に見せたかったんだよね。

大好きな島と自分の大切な場所を全部。

今はそれが私にもわかるよ。

瞬きを一つ落としながら、樹くんを見つめ返す。

「でも、今は梨花さんだって、島が好きでしょ?」

「うん。大好きだよ」

えくぼを浮かべる樹くん。

足の指に力込めて小さく息を吸う私。

「樹くんのこともね。大好き」

視線がちょっと泳いじゃったけど、ちゃんと目を見たつもり。

「あ、うん。僕も大好きだよ。梨花さん」

片手は胸に添えられ、繋いだ手にはギュッと力が入る。

「うん」

痛みと言葉はすぐに体の隅々に幸せと安心を染みさせていく。

ザザー、ザザー。

岩場に打ち寄せる波は、白い飛沫を残しては引いていく。

深みと鮮やかさを兼ね備えた濃い青を湛えた水面。

その遠くて近く、霞を纏う夕凪島。

薄化粧の白群びゃくぐんの空の下、その姿は幽玄でどこか神々しささえ感じる。

色眼鏡もあるかな。

だって、私にとっては理想郷だから。


挿絵(By みてみん)



――ガタン、ガタン。

赤穗駅を滑り出した電車。

床下から響くエンジン音。

昨日は、初めての二人での旅行にわさわさしていて気がつけなかったけど。

樹くんと電車に乗ったのは初めてだった。

こうして、手を繋いで座っていると新鮮で。

学生時代に目にした恋人たちのようで。

少しくしゅってした。

ゴーー。

鉄橋を渡る。

大きな川が山に沿って蛇行していた。

心地よい揺れ――

気合を入れて、少し早起きした私に睡魔が襲う。

せっかくの旅だから寝たくなくて、大きく息を吸って背筋を伸ばす。

「大丈夫?」

「ふん、大丈夫」

「じゃ、なそうだけど」

「そんなことないよ」

きりっと横目で睨む。

樹くんは小刻みに頷く。

「姫路に着くまで寝てていいですよ」

ふっと気持ちが緩む私。

優しくて、甘い樹くん。

「いやだ、起きてるの、せっかく電車乗ってるんだよ、島じゃ乗れないもん」

「まあ、そうだけど」

繋いだ手が離れて、その手が私の肩を抱き寄せて――

自然ともたれかかる形になる。

樹くんがポンと置いた右手に左手を重ねて指を絡める。

服から樹くんの匂いがして、温かくて大きな手に包まれて。

目を閉じてしまう。

――ピアノの旋律が聞こえて。

ああ、あの曲だ。

良く聞くな。

あれ?

夢か……港で聞いたからな。

「梨花……」

ん?

誰かが呼ぶ声がして――


「梨花さん……」

ああ、私をちゃんと捕まえていてくれる声。

ゆっくり瞼を開ける。

繋がれた手が目に入って。

ブーン。

エンジン音が聞こえて。

流れる車窓には青空と街並み。

ん?

視線を樹くんの左手に移す。

何かをぎゅうと握りしめていた。

「もう着きますよ」

ハッとして身を起こす私。

「ごめん。寝ちゃった」

「大丈夫、僕も少し寝ましたから」

片手で髪を梳きながら、何気に見た樹くんの左手には――

「それってビー玉?」

「え? ああ、これ……」

樹くんはビー玉を手のひらから指先に移し、摘まんだビー玉を顔の高さまで持ち上げた。

ほんの一瞬。

瞳が遠くを見た。

けれど、すぐに微笑みに上書きされる。

「これ、兄ちゃんの形見なんです」

「え? シンくんの?」

「はい」

そう言って、持ってみてと言わんばかりに私の前に。

右手をその下に差し出すと――

コロン。

手のひらに転がる。

なんか似ているビー玉。

「それ、ラムネの瓶に入ってるやつなんですよ」

「ああ、やっぱり似てると思った」

「兄ちゃんがね、僕のために怒られて、手に入れたものなんだ」

「怒られて?」

「小さい頃どうしても、このビー玉が欲しくて。でも、あの瓶を壊さないと取れない」

「ああ、だから怒られたんだ」

一生懸命な、シンくんらしいって頬が緩む。

車窓の景色を閉じ込めてキラッと光るビー玉。

私は樹くんの手を取って、手のひらにビー玉を乗せる。

そして、その手を両手で包み込む。

「樹くんの、そういうとこ好きだよ。シンくんのこと。大切に想っていてあげられること」

私の手の上に片手を乗せる樹くん。

「ありがとう」

私はそのまま樹くんにもたれかかる。

そっか。

シンくんも一緒に旅をしているのかな。

なんて想ってみた。

また、気持ちよくなって。

ピロリロリン。

「今日もJR西日本をご利用くださいまして……」

ビクッとして目をパチパチさせる私。

優しく樹くんに小突かれて、肩をすくめた。



城下町というより。

お城と一体の街。

姫路。

赤穗から電車に揺られて30分くらい。

街の象徴は、そう姫路城。

私たちは、その裾に広がる大きな広場の隅っこ。

木陰のベンチで、ランチタイム中。

テイクアウトした名物の『どろ焼き』に舌鼓を打っている。

目の前には、つぼみ宿した桜の木。

メジロが枝にとまってきょろきょろ。

その奥にどっしりと構える、白亜のお城。

空には小さくちぎられた雲達が、お城の向こう側に控えめに漂っている。

「おいしいね」

「これ、もう二つ三つ食べれるかも」

樹くんは自信満々の物言い。

第一印象は、お好み焼きの一種みたい。

ところが、外はサクッとしているけど、中は山芋がたっぷり使われていて、クリームのようにトロッとしている。

私の具はタコとイカ。

樹くんは、牛筋とこんにゃくにチーズ。

私にはあまりできない冒険を樹くんは平然とする。

「少し食べる?」

余程、物欲しそうに見ていたのかな。

「ううん、大丈夫」

「美味しいよ、梨花さんのも一口頂戴よ」

「じゃあ、交換しよ」

渋々、トレーを渡して目の前にやって来た未知なるもの。

チラッと樹くんを見ると、えくぼ浮かべた顔でじっと見てる。

おいしいのはわかるよ。

でもタコとイカの方がいいんだもん。

そう思いながら一口。

「ん? おいしい!」

思った以上の味だった。

チーズの塩気とコクが、牛すじの濃厚な旨みをさらに引き立ていて、山芋が中和剤になってまろやかにしている。

「ほらね。梨花さん、気に入ったらそれだけで幸せになっちゃうから」

樹くんは得意気に頷いている。

きっと、この牛筋とチーズという冒険を私と共有できたことが嬉しいのかな。

なんて想ってみたり。

「そうだよ。だって、好きなものは、ずっと好きだから」

横目で樹くんを流し見る。

なんか、ビクッてして。

おどおどするのが、かわいくて。

「あ、いや、その。僕だってそうだよ。これはその初めてだから、どんな感じかなって」

ちょっと逞しくなった二の腕を服の上から、つねってみる。

「あっ、痛っ!」

「分かってる」

もう一度、どろ焼きを口に運んでにんまりする私。

「僕が好きなのは、梨花さんだけですよ」

さらさら。

枝葉の揺れに紛れた早口の声。

「へ?」

ハッとして見た樹くんは、こともなげにどろ焼きをもぐもぐ。

「なんて? 聞こえなかった」

むせだす、樹くん。

「ごめん」

慌てて背中をさする。

片手を挙げる樹くん。

「大丈夫です」

「ごめんね、でも牛筋も美味しかった」

「よかった」

樹くんは残りのどろ焼きをもぐもぐ。

「あっ、それ……」

「ん?」

樹くんは頬を膨らませたまま、こっちを向いた。

「ううん。それ食べたらお城見学しようね」

ゴクリ。

喉ぼどけを鳴らして、目尻を下げて頷く樹くん。

かわいいな、愛しいなってずっと思ってる。

私のどろ焼きはそんな樹くんの胃袋の中に。

でも、笑顔と、好きで、こころはいつも満腹な私。

「あっ、ごめん梨花さんの食べちゃった」

「いいよ。その代わり」

ちょこっとパーカーの袖をつかむ。

「ねえ、さっきなんて言ったの?」

「ん?」

樹くんは、真っ直ぐ私を見つめる。

「僕が好きなのは……」

ホーホケ……

抜ける風。

口を真一文字に結んで笑いをこらえる樹くん。

それは私も一緒。

肩を震わせながら込み上げてくる笑い。

声の主は枝にとまったまま。

「鳴き声って、途中で止まることあるんだ」

「ありますよ、蝉もツクツクボウシとか」

「そうなんだ」

ホーホケキョ。

私たちのことを知ってか知らずか、自慢の声を披露する。

「ねえ? もしかしたら、ウグイスも聞きたかったのかもよ?」

ふいに私の手がぬくもりに捕まる。

「好きです。梨花さんのこと。今も、これからも」

「ひゅー」

突如としてわく黄色い歓声。

声の主たちは制服姿の三人の女の子。

互いの腕や手を取ってちょこちょこと駆け寄ってくる。

「お兄さん、お姉さん、写真撮ったの? 撮ってあげようか?」

「え? じゃあ、お願いしようかな」

スマホを差し出す樹くん。

一人近寄ってきて、スマホを手にした。

ピョンピョンとうさぎのように飛び跳ねて後ろに下がりスマホを構える。

「じゃあ、撮りまーす。はいポーズ」

カシャ!


挿絵(By みてみん)

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