表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢買屋 ー夢喰い獏の商い事情 アナタの夢という未練、高値で買い取りますー  作者: 霞花怜(Ray)
夢ノ五

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/43

夢ノ五 火事場の迷子《二》

 炎が渦巻く音が響き、瓦礫が焦げる匂いが鼻につく。

 燃え盛る火の前で、辰吉は膝をついて項垂れる。

 仲間たちが辰吉の腕を掴んでなんとか立ち上がらせる。

 辰吉の動かない体を引きずって、その場から離れようとする。


「……なせ。離してくれ!」


 仲間の腕を振り切って、辰吉は家の前に戻った。

 今からでも何とかすれば助けられるかもしれない。

 火に巻かれた家の戸口に踏み入ろうとしたところを、権兵衛に止められた。


「辰吉! よせ!」


 強く腕を引かれて、体が後ろに傾く。


(かしら)……」


 振り返った辰吉を見下ろして、権兵衛は下唇を噛んだ。


「もう、駄目だ」


 辰吉は、その場に立ち尽くした。

 家は既に原型を保てない程に燃えさかり、瓦礫が轟音を上げて崩れ落ちていく。


(あの中に、いるのに……)


 瞳から一筋の涙が、流れた。


「……太、啓太」


 声を詰まらせて名を呼ぶ。

 しかしもう、助けられない。

 どうしようもない思いに胸を軋ませて、辰吉は声を殺して泣いた。


「啓太……啓太……」


 譫言のように繰り返す辰吉の肩を、啓太の小さな手が揺する。


「んん……」


 辰吉は薄らと目を開いた。

 啓太が間近で、辰吉を見つめていた。


「……お前ぇは……」


 目の前にいる童子が、夢の中の童と被って見えて、混乱した。


(ああ、そうか。こっちは、救えた命か)


 数日前、火事場で拾った坊だと思い出し、胸を撫で下ろす。

 辰吉はゆっくりと腕を上げて、啓太の頭を撫でた。


「俺は、うなされていたのか?」


 啓太が心配そうな表情で、こくりと頷いた。


「不安にさせて、悪かったな。もう、大丈夫だ」


 まだはっきりとしない表情で笑うと、啓太は少しだけ安堵の表情をした。


 啓太を拾ってから、半月が過ぎた。

 御救小屋に親が来ている様子もなく、橋の欄干に張り紙もない。

 あの後、他の橋も見に行ったが、それらしい張り紙は見つけられなかった。


 啓太を拾って以来、辰吉は夢をみる機会が多くなった。

 あの夢は忘れられない、忘れてはならない現実だ。

 しかし、こうも頻回にみると、さすがに(こた)える。

 それでも啓太に心配な顔は見せたくないと、無理やり笑顔を作った。


「辰さん、いる?」


 戸外から声がして、辰吉は布団から起き上った。


「おう、居るぜ」


 戸が、がらりと開く。

 朝餉を持ったお春が顔を覗かせた。


「啓太ちゃんと辰さんの朝餉、持ってきたよ」


 お春の清々しい笑顔が、辰吉の胸のもやもやを吹き飛ばしてくれるようだった。


「そいつぁ有難てぇ! 啓太、飯にしようぜ」


 啓太は力強く頷いて、お春にぺこりと頭を下げた。

 お春が、ふふっと笑って啓太の頭を撫でる。


「相変わらず行儀の良い子ね。そんなに気を遣わなくていいのよ」


 据えられた膳を前に、二人は揃って手を合わせた。


「いただきます!」


 勢いよく飯をかき込む姿がそっくりに見えて、お春が思わず吹き出した。


「ゆっくり食べなさいよ」


 二人の勢いは衰えず、あっという間に朝餉を平らげてしまった。


「ご馳走様でした!」


 箸をおいて、ふうと息を吐く様までぴったりだ。


「まるで親子ね」


 お春の言葉に、辰吉は眉を下げて笑った。


「親子か、そうだなぁ」


 お春が、しんみりした辰吉をじっと見詰める。

 目先に気が付いて、辰吉は苦笑した。


「俺にぁ、歳の離れた弟がいたんだ。随分可愛がっていたんだが、そいつは火事で死んじまってな」


 お春が目を丸くした。そういえば、初めて話したかもしれない。

 辰吉は昔を思い出しながら話を続けた。


「俺がまだ火消しを始めたばっかりの頃だ。家に取り残されている小せぇガキがいるってんで急いで助けに行ったら手前ぇの家でよ。もう少しで助けられたのに、目の前で大きな柱が落ちてきて下敷きになった。その前の年に流行病で親を亡くした俺にとっちゃ唯一の身内だったのに、助けてやれなかったんだ」


 俯いた目に映っているのは、あの時の火事の様だ。

 いつも夢にみる光景が、ありありと浮かぶ。


「辰さん……」


 お春の声で、辰吉は我に返った。


「朝から、しみったれた話だな! もう昔の事だから……」


 笑顔を作って上げた顔を、お春が両の手で、ぱちんと挟んだ。

 驚いて目を剥いた辰吉の正面で、お春が真剣な顔をする。


「辰さんのせいじゃないよ」


「お春……」


「辰さんが、悪いんじゃない」


 潤んだ目が辰吉を見詰めて揺れた。

 真剣な眼差しに、辰吉はどこか救われたような心持ちになった。

 気が付いたら、自然と笑みを溢していた。


「ありがとな」


 お春の小さな頭を撫でる。

 手を離したお春が、頬をぷっくり膨らませて赤くなった。


「私、もう子供じゃないのに」


 辰吉は、ははっと笑ってその頬を突く。


「ガキの頃から知っているからなぁ。癖だな」


 二人のやりとりを、啓太が楽しそうに眺めていた。




 朝餉が終わって落ち着いてから、辰吉はそそくさと準備を始めた。


「啓太、今日は出掛けるぞ」


 自分の着替えが終わってから、啓太の夜着を着替えさせる。

 啓太が首を傾げると、辰吉は楽しそうに笑った。


「今日は初午だろ。王子稲荷の稲荷祭りに行くんだよ」


 辰吉の浮き浮きした様子につられたのか、啓太の顔にも笑みが浮かぶ。


「よし! じゃあ、行くぜ!」


 啓太を肩車して、辰吉は浮足立って走り出した。

 一刻程、歩いたり走ったりを繰り返して道中を楽しみながら進む。

 道行に人が増えてきて、賑やかな雰囲気になってきた。

 出店が立ち並び、人垣の遠くには神輿(みこし)が見える。


「啓太、見てみろ」


 肩に乗せた啓太を見上げる。

 驚きと喜びが混じった何とも言えない顔で、神輿を眺めている。

 辰吉は満足そうに笑って、神輿に近づいた。


「立派だろ」


 神輿を担ぐ掛け声と歓声にかき消されないように声を張る。

 啓太が神輿を見詰めたまま、何度も頷いた。


 ゆっくりとした足取りで鳥居をくぐり、階段を上って境内に入る。

 神楽殿ではすでに神楽の上演が始まっていた。

 啓太が首を伸ばして、興味深そうに見詰めている。


「神楽を見るのは、初めてかぃ?」


 神楽から目を逸らさず、頷く。

 啓太の熱心な様子に、辰吉は人混みをかき分け前に出る。

 終わりまで、ゆっくり神楽を堪能した。


「さぁて、しっかりお参りしねぇと、神様に不義理だからな」


 大行列に並び、拝殿の前に立つ。

 二人で横に並んで柏手を打ち、手を合わせた。

 辰吉が拝み終わって頭を下げると、啓太はまだ拝んでいた。

 その横顔は、何かを必死に願っているように見えた。


(やっぱり、親に会いてぇよなぁ)


 辰吉は拝殿の奥を見詰めて思った。


(神様、啓太を親に会わせてやってくだせぇ。こいつが幸せに暮らせるようにしてやってくだせぇよ)


 辰吉は、もう一度手を合わせ啓太のこれからを願った。

 参拝を終えると、二人は手を繋いで拝殿を離れた。

 境内の奥に歩くと、市が立ち並ぶ場所に出た。

 沢山の凧が並ぶ市に、啓太が目を輝かせる。


「これは火防凧(ひぶせだこ)っていってな、火を防いでくれるんだぜ」


 店先には色々な絵柄の大小様々な凧が所狭しと掛かっている。

 色とりどりの凧に、啓太は目を白黒させながら見入っていた。

 そんな啓太を、がひょいと抱き上げた。


「好きなのを選びな」


 啓太が辰吉を振り返り、目を大きく見開いた。

 辰吉がうんと頷くと、啓太は目を輝かせてきょろきょろと凧を選び始めた。

 沢山の凧の中から啓太が選んだのは、小さな奴凧(やっこだこ)だ。


「もっと、でっけぇのを選んでいいんだぜ」


 啓太は選んだ凧を小さな手でしっかりと持って、首を横にぶんぶんと振った。


「それが、いいのかぃ?」


 辰吉を見上げて深く頷く。

 辰吉は、ふっと笑って銭を出した。


「親父さん、これを貰うぜ」

「毎度! 坊、父ちゃんに良いの買ってもらったな!」


 瞬間、啓太が肩を強張らせた。

 恐る恐る辰吉を見上げる。

 その様に、辰吉は優しく啓太の頭を撫でた。


「ありがとうよ」


 屋台の店主に手を振って、二人は市を後にした。


「明日は凧上げするか!」


 啓太と手を繋いで帰路につく。

 啓太が嬉しそうに凧を抱えて、笑顔で大きく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ