表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢買屋 ー夢喰い獏の商い事情 アナタの夢という未練、高値で買い取りますー  作者: 霞花怜(Ray)
夢ノ四

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/43

夢ノ四 茜色の夕焼け《ト》

 その夜、お優は平吉に自身の病や、凜に買い取ってもらった夢を総て話した。


 この咳が実は労咳であること。

 助からない病であること。

 自分の命も長くはないこと。

 自分の母親も同じように労咳で、その夢に悩んでいたこと。


 巧く纏められずに行ったり来たりするお優の話を、平吉はただ黙って最後まで聞いていた。


「……」


 話し終わった後、二人はしばらく黙っていた。

 重い沈黙を先に破ったのは、平吉だった。


「治す方法は、本当にねぇのか?」


 お優は睫毛を伏して頷く。

 だが、すぐ笑顔を作って顔を上げた。


「だけど……」


 瞬間、平吉の腕が伸びて、お優の体を力いっぱいに抱きしめた。


「少し前から、様子がおかしいのには気付いてた。悪い病なんじゃねぇかと、ずっと案じて……」


 平吉が抱きしめる腕に力を籠める。


「平吉さん……。言えなくて、ごめんね」

「どうしようもねぇのか、畜生」


 平吉の声は震えていた。

 お優は平吉の背中に手を回し、広い背中をゆっくりと擦る。


「今すぐ、どうにかなるわけじゃない。生きている間は楽しい思い出を沢山作ろう。幸せに、笑って暮らそう。そう簡単に、死んでなんかやるもんか」


 明るく言い飛ばして、お優は平吉の体をすっと離した。


「でもね、この病は人にうつるんだ。私のは、もう随分と進んじまってる。今更かもしれないけれど、近くにはいないほうが、いいかもしれない」


「一軒家、借りようぜ」


 お優の話に被せて、平吉がびしっと言い切った。

 呆気にとられる優に、話す隙を与えない勢いで平吉が話し出す。


「お優の母ちゃんは、同じ家に住んでいたんだろ? いくつか部屋のある家ぇ借りて、部屋ぁ分けて住めば、何とかなるんじゃねぇか。元気な時は、一緒に飯とか食ってさ」


「それでも、うつるかもしれない。って、それより、いきなり何を言い出すんだい。今更一軒家なんて」


 金も掛かるし探すにも時がかかる。

 しかし平吉は、ぱんと胸を張った。


「忘れてんのか? 手前ぇの旦那は大工だぜ。親方に相談して良い場所を見繕ってもらわぁ。金なら心配すんな。今まで以上に働いて、いくらでも稼いでやらぁ!」


 威勢よく話していた平吉の目が、少しずつ潤んでいく。


「だから、だからよ。一人で何でも、やろうとすんな。どんな時も、俺が、俺と太一が、傍に居るからよ」


 お優の腕を掴んで、平吉は懇願するように俯く。


「一人で、悩むんじゃねぇよ。これからは、ちゃんと話して、一緒に考えて、一緒に楽しく暮らすんだ。約束しろよ」


 震える声と手から伝わる平吉の思いに、優の目からも涙が溢れる。

 平吉の肩に縋るように寄り添って、優は頷いた。


「そうだよね、家族だからね。ちゃんと約束する。平吉さん、ごめんね」


 平吉は顔を上げると、優の頬を両手で大事そうに包み込んだ。

 額と額を合わせると、優の目を見詰めた。


「俺がお前を、お前たちを、幸せにしてやるからな」


 にっ、と笑った平吉の目からは、涙が流れている。


「うん、ありがとう。平吉さん、いっぱい、いっぱい幸せになろう」


 お優の目から流れる涙も止まらない。

 二人は泣きながら、これからを誓い合った。



「母ちゃん、早くー」


 太一の間延びした声が響く。

 河原を歩く平吉と太一が、後ろから追いかけるお優を呼んだ。


「はいよー」


 返事して小走りに駆け寄る。


 陽は西に傾いて、綺麗な夕陽が空を茜色に染める。

 駆け寄ったお優は太一と手を繋いだ。

 反対の手を伸ばすと、平吉が小さな手を握る。

 平吉とお優に挟まれて、太一は楽しそうに手をぶんぶん振った。

 嬉しそうな太一を眺めて、平吉とお優は顔を見合わせて微笑んだ。

 三人して歌を口遊(くちずさ)みながら、夕陽に向かって歩いてゆく。

 何でもない一刻一刻を大切に胸に刻み込むように、三人は生きていた。



 その後姿を、凜と優太が微笑ましく見詰めていた。


「良かったって、言えるんでしょうか」


 複雑な表情で優太が三人の影を見守る。


「人の生は、あたしらにとっちゃ一瞬だ。悔いなんて、何かしら残るもんだ。だったら思ったように生きるのが、一番いいさ」


 乾いた風が河原の草を、さらりと揺らす。

 乱れた髪を手で抑えて、凜は優太を振り返った。


「福寿草の花の意味を知っているかぃ? 永久の幸せ、なんだとさ」


 優太が伏していた目を、ぴくりと上げた。


「だから、きっと大丈夫だよ。あの家族はね」


 夕陽に照らされ消えてゆく三人の影を、凜と優太は只々ずっと見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ