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夢買屋 ー夢喰い獏の商い事情 アナタの夢という未練、高値で買い取りますー  作者: 霞花怜(Ray)
夢ノ四

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夢ノ四 茜色の夕焼け《ロ》

 空が群青色の闇に染まる、暮六つ。

 長屋の台所では、夕餉の支度が始まる。

 ぐつぐつと煮立った鍋の中に味噌を溶くと、ふわりと良い香りが漂った。

 そこに昼間、凜からもらった卵を贅沢に流し込む。

 美味しそうな雑炊が出来上がった。


 丁度良く、旦那の平吉が仕事から帰ってきた。


「寒ぃ寒ぃ。すっかり冬になりやがったなぁ」


 白い息を吐きながら冷たい空気を纏って部屋に入ってきた平吉が、鍋を覗きこんで嬉しそうに笑う。


「夕餉は雑炊か。こりゃぁ、温まりそうだ」

「今日、お凜さんに卵をもらったから、入れておいたよ」


「卵か! 豪勢だねぇ。今度、礼をしねぇといけねえなぁ」


 平吉が火鉢の傍に寄る。

 絵を描いて遊んでいる太一を覗きこんだ。


「太一、今日は一人で留守番だったのか。良い子にしていたか?」


 太一が絵を描く手を止めて平吉を見上げた。


「うん! 俺、良い子で母ちゃん、待ってたよ!」


 元気な声で返事する。

 太一の頭を平吉が、わしゃわしゃと撫でた。


「そうか、そうか。偉かったな」


 頭を撫でられて嬉しそうにする太一を平吉が膝の上に乗せた。


「父ちゃん、俺ね、今日はね」


 太一が今日の楽しかった出来事を平吉に次々と話し始める。

 平吉が、にこにこと頷きながら話を聞いている。

 その光景を台所から眺めて、お優は睫毛を伏した。


 お優の労咳を、家族は知らない。

 たまに咳き込むだけだと誤魔化していた。

 咳を診てもらうために凜の診療所に通っているという説明を、平吉は信じている。

 まだ幼い太一には、わかりようもない。

 しかし、軽く咳き込む程度だった咳も、最近は頻回になり重く湿ったものになってきている。誤魔化すのも限界だった。


 事実を話せば、家族はきっと悲しむ。

 だが、このままではいられないと、わかっている。


(私にはもう、時が無い)


 それが、お優の最近の悩み事だった。


「おーい、お優。飯にするか」


 平吉の声に、はっとして顔を上げる。

 にっこり笑って、平吉と太一がこちらを見ている。

 お優は憂い顔を隠して笑顔を作った。


「そうだね。そうしようかね」


 鍋を囲んで家族団欒、夕餉を楽しむ。


「そういや、診立てはどうだったんだ。凜さんは、何て?」


 平吉が雑炊を食べながら何気なく問う。


「……風邪、だろうってさ。咳止めの良い薬をくれたよ。だから、大丈夫」


 やや言葉に詰まりながらも、優は努めて平然と答えた。


「そうかぁ。それにしちゃぁ、なかなか良くならねぇなぁ。この頃は咳が酷くなっているだろ? 本当に、風邪なのかね」


 じっ、と平吉がお優の顔を覗き込む。

 お優は咄嗟に顔を引いた。


「お、お凜さんが風邪だって言うんだから風邪なんだよ、きっと。良い薬も貰ったし、これから良くなるよ……」


 声が徐々に小さくなる。

 平吉は納得のいかない顔をしたが、一先ず頷いて、飯を一口頬張った。


「薬が、効くといいな」


 笑顔で、碗を差し出す。

 雑炊を掬いながら、お優は小さく笑った。


「きっと、大丈夫だから」


 美味しそうに飯を食う二人を、お優は寂しげな笑みで眺めていた。



 寝床に就いて数刻。

 激しい咳と胸の痛みで目が覚めた。


「ぐっ……っ、げほ……っ」


 平吉と太一を起こさないように咳を押し殺す。

 発作の咳を無理やり飲み込んで、呼吸を整えた。


「はぁ……はぁ……」


 ちらり、と隣を窺う。

 二人は、ぐっすりと眠り込んでいる。

 お優は、ほっと胸を撫で下ろした。


 ゆっくり息を吸って大きく吐き出す。

 冷たい空気は咳を誘発するので、あまり吸い込みたくない。

 何度か繰り返しているうちに、落ち着いてきた。

 お優は、起こしていた上体を横たえて、ゆっくり布団に潜りこんだ。


 外では寒風が吹き荒び、長屋の戸を、かたかたと揺らす。

 薄い布団一枚では体を温めるには足りない。

 足と足を擦り合わせて、なんとか夜を凌ぐ他になかった。


 最近は、眠るのも辛い。

 咳が酷くなった頃からだろうか。

 同じ夢を何度もみる。それが怖くて眠れない。

 遠い遠い昔の夢。


 懐かしい、母の夢だ。


(……母さん)


 懐かしく恐ろしい夢を思い返しながら、お優は布団を頭まで被った。

 お優が寝息を立てはじめたのを感じ取って、平吉が目を開いた。

 平吉が憂慮して痩せた背中を案じている事実を、お優は知る由もなかった。

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