夢ノ三 心無き骸《ト》
※物語の後半に、軽度の《《残酷》》・《《暴力》》描写と、間接的な《《性描写》》を含みます※
※ご注意ください※
次の日、義一郎は早速、あの茶屋に向かった。
昨晩、お花の夢はみなかった。
起きた時、物足りない気はあった。
だが、本物のお花に会うためだと思えば諦めがついた。
いつもより早くに茶屋に着いた義一郎が中を覗く。
お花の姿が見当たらず、店の中をきょろきょろと探す。
義一郎の前に、お花の祖父がおずおずと顔を出した。
「お花は、いねぇのか」
祖父は恐縮して肩身を竦め呟いた。
「お花は今、遣いに出ております」
「そうが。んならここで、待たせてもらぁべ」
長椅子に腰掛ける義一郎の後ろから、祖父が言い辛そうに小さく声を掛けた。
「あの、真壁様。申し訳ありませんが、お花にはもう、会わないでもらえないでしょうか」
突然の思いもよらぬ言葉に、義一郎は勢いよく振り返った。
「それは、どういう意味だ!」
義一郎の勢いに押されて仰け反りながらも、祖父は負けじと言葉を続けた。
「昨日あんなことがあって、お花も怯えております。もうここには来ないで頂きたいのです」
祖父の嘆願が、義一郎の怒りをじわじわと膨らませた。
「それは、お花が言ってんのが、お花の気持ちなのが!」
顔を真っ赤にして早口で問う怒声に、祖父は肩を震わせる。
義一郎は堪らなくなり、その場を駆けだした。
「ま、真壁様!」
制止の声を無視して、義一郎は富岡八幡宮の境内に走った。
お花がどこに使いに出たのかなど、義一郎は知らない。
しかしこういう時、人というのは勘が働くものだ。
いや、義一郎の野生じみた勘が探り当てた、という方が正しいのかもしれない。
八幡宮の境内の中で、お花の後ろ姿を見つけた。
「お花!」
大声で呼びかけて、走り寄る。
お花が驚いて振り返る。
その顔が、みるみる恐怖に染まって青ざめた。
義一郎は逃げようとするお花の腕を両手で強く掴むと、間近に迫った。
「儂に会いだぐないと言っだのは本当け? なんで、会いだぐねぇんだ!」
興奮した義一郎の力は強く、お花の白い腕にめり込む。
「いや、痛い。離してっ」
必死に抵抗しながら同じ言葉を繰り返すばかりで、お花は義一郎の目を見ようともしない。
それが歯痒く腹立たしい。
(なして、こげに嫌がんだ。夢を売ったのに)
幸福な夢を手放してまで選んだ現のお花が、義一郎を拒絶する。
その様に、憤怒が増した。
義一郎は、お花を無理やり社の裏手の竹林に引きずり込んだ。
「いや、いや」
泣きながら腕を振り払おうとするが、義一郎の手がそれを許さない。
「お花、儂を嫌いになっだんけ。なんで嫌がんだ」
義一郎は、お花の両肩を掴んで地面に押し倒した。
「いや、やだ」
手足をばたつかせ、何とか逃げようとするお花の体を無理やり抑え込む。
「儂はこんなに好いているのに、なんで避けんだ!」
目の前で大きな声を出すと、お花は怯えて震え出した。
「こっちを見ろ!」
顎を掴んで無理やりに目を合わせる。
お花は涙を溜めた目で義一郎を見上げ、囁いた。
「私、そんなつもりじゃ……」
血の気が、さっと引いた。
夢を捨てれば、また前のように楽しく話ができると思った。
元の関係に戻れると思っていたのに。
「儂は好いておらんと、そういうごとけ」
お花が怯えながら震える顎で、こくりと頷く。
焦燥と、言い得ない怒りが交差する。
義一郎はお花に尚も迫った。
「だったらせめて前みてぇに、一緒に話しすっだげでもいいがら」
お花の顎を掴んだ手に力が入った。
「もう、嫌です。怖い。お願い、離して」
強く掴まれた顎のせいで顔を背けられないお花が、ぎゅっと目を瞑る。
涙がつぅと頬を流れ、食い込んだ義一郎の太い指に溜まった。
義一郎の中で、何かが壊れた。
そこからは無意識に手が動いていた。
嫌がるお花の帯を毟るように解くと、乱暴に着物を剥ぎとる。
「や、いやああ!」
悲鳴を上げるお花の口を接吻で無理やり塞ぐ。
そのまま自分も着物を手繰ると、お花の体の上に強引に覆い被さった。
夢の中とは全く違う。
お花の全身は強張り恐怖に震えている。
心の底から拒絶されているのは肌で感じ取れた。
それでも義一郎は、お花を離さなかった。
含むように重ねたの唇の中で、花が悲鳴を上げているのを直に聞いた。
やがて事が済んだ後。
お花が、荒らされた体のまま、ぐったりと肢体を投げ出していた。
涙と唾液と汗で、ぐちゃぐちゃの顔で、荒い呼吸を整えもせず動かない。
「お花……」
顔を寄せると、花は憎悪に顔を歪ませて義一郎を睨んだ。
冷えた目のあまりの生々しさに、義一郎の肝が冷えた。
同時に、腹の奥から、じわりと殺意が湧いた。
『浅葱裏』
その目が、今まで義一郎を馬鹿にしてきた人々と同じ。
否、それ以上に蔑んだ色、だったからだ。
「や、めろ」
義一郎は、そろりと両手を伸ばした。
「そげな目で、儂を見んな」
伸ばした手が、お花の細い首に掛かる。
「ひっ……」
小さく悲鳴を上げたお花が、必死にもがいて逃げようとする。
お花が動けば動くほど、義一郎の両手は捕えた首に深くめり込んだ。
「お前ぇも、同じだ。儂を馬鹿にしてきた奴らと、同じだった」
義一郎は泣きながらお花の首を絞め続けた。
お花の苦しそうな呻き声も表情も、義一郎には届かない。
只、お花の憎悪と卑下に満ちた目が気に食わなかった。
今まで自分を馬鹿にしてきた連中とは比べ物にならない程に。
義一郎は、ひたすらに絞める手に力を籠める。
白い肌が赤く染まり、鬱血した肌が紫色に変わる。
義一郎の腕に爪を立てていたお花の手が、土の上に投げ出された。
やがて、お花の全身はぐったりとして、ぴくりとも動かなくなった。
はっ、と我に返って手の力を緩める。
お花の体が、ばさりと地面に落ちた。
虚ろに半開きになった目が、義一郎を見ている。
その目はもう、何も映していない。
けれどそれは最期に義一郎を蔑んだ冷えた視線のままであった。
「お花……お花……」
名を呼んで頬に手を添えるも、お花は返事をしない。
「儂は……なんて恐ろしい、真似を……」
震える両手を見詰めて、事の重大さに、気が付いた。
「お花……」
小さく名を呼びながら、義一郎はお花の亡骸の前に蹲って咽び泣いた。




