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夢買屋 ー夢喰い獏の商い事情 アナタの夢という未練、高値で買い取りますー  作者: 霞花怜(Ray)
夢ノ二

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夢ノ二 消えない想い《ヘ》

「客が来そうな気配がするねぇ」


 長い煙管を弄びながら紫煙を燻らせて、凜が呟いた。


 初夏の風に靡いた風鈴が涼しげな音を鳴らす。


 気の早い優太が物売りから買った代物だ。


 音色が良いので凜も気に入っていた。


「医者の方ですか? それとも夢買?」


 優太が部屋の掃除をしながら訊ねる。


 凜は「んん」と鼻を鳴らした。


「夢買」


 答えたのと同時に、戸の向こうで声がした。


「御免」


「はいはい、どうぞ」


 優太が戸を開ける。


 そこには清水宗介の姿があった。


「ふぅん、なるほどねぇ」


 凜が薄い唇で、にっと笑う。


 いつぞや亀戸で見つけた、藤を見詰める侍だ。


「ああ、あの時の」


 優太も気が付いて、ぽんと手を叩く。


「どこかで、お会いしたか?」


 宗介が済まなそうに首を捻る。


 凜は、ふふっと笑った。


「いいや、こっちが勝手に見つけたのさ。来るだろうと思っていたが、随分遅かったじゃぁないか」


 何を言われているのかわからず、宗介が怪訝な顔をする。


「どうぞ、お座りください」


 優太が促すと、宗介が丁寧に坐した。


「失礼する」


 宗介の前に優太が手際よく茶を差し出す。


「すまない。馳走になる」


 宗介がその茶を一口、啜る。


 凜は、「ふうん」と鼻を鳴らして、宗介に向き合って座った。


「お侍様でも、うちの茶を飲むんだねぇ」


 宗介が不思議そうな顔をして、茶を置いた。


「出されたものに手も付けずにおくのは、失礼だと思うが」


 宗介が当然に答える。


 凜はおかしくなって、高笑いした。


「あっはっは。この前に来た御武家の奥方は、その座布団に座るのさえ躊躇って、茶なんか手も付けずに帰っていったよ」


「それは、不躾だな」


「ああ、そうだろう。だから、あんたは良かったのさ。不躾との縁が切れたんだからね」


 宗介が一層、訝しげな顔になった。


「どういう意味だ」


 鋭い目つきで問う宗介には答えず、凜は顔を覗きこんだ。


「あんたは、ここに夢を売りに来たんだろ。けど、まだ迷っている。その夢を手放すかどうかを」


 凜の目に、宗介が釘付けになった。




〇●〇●〇




 凜の言葉に、宗介は口を引き結んだ。


 どきり、と胸が嫌な音を立てた。


 目の前の女が言う通り、宗介はまだ迷っている。


 この夢を手放すほうが自分の為になると、わかっている。


 しかし、佳世との唯一の繋がりを断たれてしまうようで、失うのが怖い。


 夢の中でだけは、幸せな二人でいられる。


 手放してしまったら、もうあの笑顔には出会えない。


「幸せな夢ってのは、手放し難いもんだ。よっくと考えるんだね。一度、買っちまった夢は、もう戻せないからさ」


 夢買屋の女主が、まるで宗介の胸の内をみているかの如く話す。


「其方は何故、儂の夢の内実がわかる。儂は周りの誰にも、この夢を話しておらぬ。まだ何も、其方に語ってもおらぬ」


 訝しむ宗介に、凜が妖しく笑む。


「あんたを、前に見かけたんだ。大層、重い夢を抱えているのは、その時に気が付いた。近々、売りに来るだろうと、思っていたのさ」


 宗介は大きく息を吐き、苦笑した。


 そもそも『夢を買い取る商売人』などという触込み自体が、胡散臭い。


 恐らく宗介を心配した源吉が、縁談の内実を夢買屋に話していたのだろう。


 夢を買い取るなど、まるで御伽草紙のような話だ。


 そう思いながら、ここまで足を運んだ自分は、藁にも縋る思いで救いを求めている。


 もういい加減、その現実と向き合わねばならない。


「そこまで知っておるなら、儂がどんな夢をみておるかも、わかるのだろう」


 諦めた心持で吐き出すと。


 凜が首を横に振った。


「いいや、そこまでは。触れてみないと、わからんよ」


 宗介は困惑した。


 この女は、何をどこまで知っているのだろう。


 気味の悪さを感じて黙り込む。


 凜が、ははっと笑った。


「まぁ、あれだ。多少は感じるが、細かい事実は触れてみなけりゃぁ、わからないのさ。人なんて、そんなもんだろ」


 わかったような、わからないような説明だ。


 誤魔化されたような気になりながらも、宗介は何となく納得した気分になった。


「名乗り遅れたが、あたしは夢買屋の凜ってんだ。あんたの名は?」


 宗介は居住いを正した。


「これは失敬した。儂は清水宗介と申す。直参旗本清水家の嫡男として表右筆に就いておる」


「ふぅん。そいつぁ、立派だねぇ」


「所詮は世襲に過ぎぬ故、己の実力ではない。御家の為、一所懸命に努めておるが」


「励んでいるなら、いいじゃぁないか。持てるものを活かすも運も、実力さね」


「お凜さんは、全く励んじゃ、いませんけどね」


 横から入ってきて茶化す優太を、凜がきっと睨みつける。


「……」


 凜の言葉に、心が軽くなった気がした。


 所詮は家督を継いでいるだけだ。


 周囲にそう思われているのではないか、認められていないのではないか。


 そう考えてしまうからこそ、これまで努力を惜しまなかった。


 しかし、どれだけ努力を積み重ねても胸の奥にある小さな蟠りは解けなかった。


 長年持ち続けた宗介の心の(よど)みを、凜がたった一言で溶かした。


 だからだろうか、素直に気持ちを吐き出してみたくなった。


「儂のみておる夢は……。とても幸せだ。しかし、もう叶わぬ。何時までも未練がましいと思うが、この夢を失うのは正直辛い。夢の中だけでも幸せでありたいと、願ってしまう。だがそれが、己を苦しめておるのも事実だ」


 夢と現の差が自分の心を締め付けて、他人にまで心配や迷惑をかけている。


 進之助や源吉、何も言わない両親、通りすがりの侍にまで。


 今、大事にすべきは夢ではない。


 自分を想って支えてくれる人々だ。


(そうであった。儂は大事な今を、見落としておった)


 佳世への気持ちにばかり捉われて、目の前の大切な総てが見えなくなっていた。


 宗介の中で、決心が固まった。


「儂は、この夢と決別する決意を、せねばならぬ」


 丸まっていた背を伸ばし、居住いを正す。


 真っ直ぐな瞳で凜を見詰めてから、宗介は頭を下げた。


「儂の夢を、買い取っていただきたい」


 清々しい表情を見て取って、凜が口の端を上げた。


「良い顔だ。男前じゃぁないか。わかった。あんたの夢を買いとろう」


 宗介の前に膝立ちになり、額に手を当てる。


「目を瞑んな」


 額の前に置いた手を凜がくるくると回す。


 宗介は、言われた通りに目を瞑った。


 額の中に凜の指が入り込んだ気がした。


 思わずビクリと肩が震えた。しかし、嫌な気はしなかった。


「これはまぁ、幸せそうな夢だねぇ」


 凜の手に石のような何かが握られていた。


「それは、なんだ?」


「これは夢の種。あんたが毎夜、幸せに浸っていた夢の元さ」


 よく見れば大きな植物の種に見えなくもない。


「夢種ってのは、悪夢ほど美しい宝石になる。良い夢はただの種や石ころにしかならんのさ。不思議だろ」


 問われて言葉に窮した。


 そもそも、夢の種というもの自体が不思議だから、言葉が上手く出てこない。


「食っても、たいして美味いかないんだがね」


「食う? その種をか?」


「そうさ。夢種はあたしの飯さ。人の間じゃ、貴重品として商いされる高価な珍品だ」


「そう、なのか……」


 よくわからないが、あの夢種というのを買い付けるのが、夢買屋の仕事らしい。


 源吉の話は眉唾でもなかったようだ。


 凜が、懐から小判一枚を手渡した。


「それが、アンタの夢種の価値だ」


「本当に貴重品なのだな。その種が、一両とは……」


 黄金色を受け取り、じっと見詰める。


 驚きすぎて、受け取っていいものか悩んだ。


「ま、多少の上乗せはしているよ。これまでと、これからの、アンタの幸せを、祝うつもりでね」


 凜の言葉がよくわからなくて首を傾げる。


「きっと良いことがありますよ。だから先に、お祝いです。どうか、受け取ってください」


 童が宗介に笑いかける。


 その顔を見ていたら、受け取ってもいい気になった。


「これで同じ夢は、もう二度とみない。今宵は、安心して床に就きなぁよ」


 凜の言葉に、安堵と寂しさが去来する。


しかしどこか、すっきりした心持だった。


 複雑な心中をかみしめて、宗介は顔を上げた。


「来て良かった。ありがとう。世話に、なった」


 潤む瞳で微笑んで、宗介は夢買屋を後にした。

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