兎児編3 兎児は帝に真実を告げるのこと
帝の生活は大いに荒れたものとなった。
皇太后の目があるため、政務を放り出しはしなかったが、夜ごと美童を集め、乱痴気騒ぎをするありさまだった。
ふたなりなんて、という思いから、純男に走ったのであろう。
――このまま放っておいてはいけないピョン。
兎児は決意を胸に秘め、赤子を抱いて、帝のもとに向かった。
帝は宴席で、酒をかっくらって、美童を抱き寄せている。
兎児はいった。
「帝、お話があるピョン。お人払いを」
「私にはない」
「天佑、お願いピョン……!」
赤子を抱いて頼むその姿は、哀れを催させるものであった。
「よい、そなたらは下がれ」
帝は命令し、兎児と赤子だけが残された。
「天佑に、ホントのこと言いにきたピョン」
「あの化け物としたプレイを教えてくれるのか?」
「よく見るピョン!」
兎児は赤ん坊を脇に置いて、くるっと一回転した。
ボフッと煙が出て、着物の中から一匹の白兎がもそもそ現れた。
「き、金玉……? 余は、酔ってるのか?」
「ちがうピョン。これがボクのホントの姿ピョン」
「お、おまえは人間ではなかったのか?」
「ボクは月の世界に行った時、嫦娥さまにふたなりにしてもらったピョン。
でも、それは恐ろしい手術だったピョン……。
ナノテクノロジーによって、ボクの体にはウサギ遺伝子が埋め込まれて、ふたなりになったんだピョン」
この国では、ウサギは両性具有だと信じられていた!
「でもそれと同時に、ボクはウサギ人間になっちゃったピョン。
ボクはウサギと人間の体を行き来する、恐ろしい生物になってしまったピョン」
兎児は、SFともホラーともつかぬ設定を語りはじめた。
「だから、あの子にはボクのウサギ遺伝子が混じってるピョン!
それが白い尻尾として形質発現しただけピョン!」
「う、うむ……」
帝は必死で冷静さをたもち、我が子を抱き寄せた。
赤ん坊は笑っている……。
帝は、産着をはいで、もう一度、尻尾を見てみた。
「なるほど。猿ではない……ウサギの尻尾だな……」
「だ、だから、その子はホントに天佑の子だピョン!
ボクは浮気なんかしてないピョン!」
兎児はまたもや一回転して、今度はウサギ耳と尻尾のついたふたなり姿に化けた。
「むっ? 兎児……!」
兎児とは「ウサギちゃん」というほどの意味合いである。
「この姿を見られたからには、もうお会いすることは叶わないピョン。
ボクは月に帰りますピョン。天佑、さよならピョン……」
「ま、待て! 待ってくれ!」
帝は異類婚姻譚の伝統――本当の姿を見られたら、妻は去る――をやすやすと破って、兎児の腕をがしっとつかんだ。
「は、離すピョン!」
「兎児、すまぬ。私は、猿とウサギの区別もつかない愚か者だった。どうか許してくれ!」
「天佑……」
「私は、おまえがウサギだろうが人間だろうが、かまわぬ。どうかここに留まってくれ」
美少年。ふたなり。ウサギ耳と尻尾――盛り込みすぎではないだろうか?
――だが、それがいい!
帝は、ウサギ耳と尻尾のついた兎児に、今までにない愛おしさを感じていた。
英雄は英雄を知る、変態は変態を知る……。
太上老君は「帝の前で、ウサギ耳をつけた姿に化けてみろ」とアドバイスしたのだ!
「そんなに言うなら、いてもいいけどォ、ピョン……」
兎児は着物もきないまま、もったいぶった。
「おまえが許してくれるなら、何でもする!」
――今こそ、時は来たれり!
兎児は、乾坤一擲の大勝負に出た。
「お妃さまは、ボクだけにしてピョン! かわいい男の子とも、きれいな女の人とも、離婚してピョン!」
「なんだ、そんなことか。かまわぬぞ。一年抱いていない女を、来年も抱くわけないからな」
――これが断捨離の極意「一年以上使ってないものは処分しましょう」だッ!!
「それと、この子にちゃんとした名前をつけてピョン」
「うむ、そうだな……」
「ピョン吉とか、どうピョン」
――それは著作権的にも、商標権的にも、ど根性ガエル的な問題がある。
「それもいいが……萌吉はどうだ。
これまでになかったものが萌すような、春の芽生えを感じさせるような、そんな雰囲気があるだろう」
――紀元前に丙吉という名の丞相がいたので、決しておかしな名前ではない。
「うん、いいピョンね!」
「よし、我が跡継ぎは萌吉だ」
「天佑、大好きピョン!」
二人は我が子をはさんで喜び合うのであった。
若き男女は、三千人の妃を廃させた正妃のひそみに倣おうとして、みなこぞってウサギ耳と尻尾の飾りをつけた。
もちろんのこと、これがバニーガールの嚆矢である。
*
「……というわけで、お二人は仲直りなされました。
萌吉さまは、間違いなく、皇太后さまの初孫でございます」
丞相は、皇太后のもとに報告にいった。
「そうですか。ご苦労さま」
皇太后は先ほどから、縫物の手を止めない。
「何をなさっておられるのですか? 縫物など、侍女にさせればよろしいでしょうに」
「完成です」
皇太后が広げたそれは、産着だった。
そして、お尻の部分に尻尾を通す穴が開いている。
「これは……! 萌吉さまが本当のお子さまだとわかっておられたので?」
「当然です。自分の孫の見分けもつかないでどうしますか。天佑を産んだ直後と、そっくりでしたからね」
「で、ではなぜ、陛下にあのようなお言葉を?」
「夫婦の危機は、お互いの力で乗り越えねばならぬもの……そうではないか?」
「は、ははーっ」
丞相は、皇太后の深慮に感服したのであった。
――成長した萌吉は、文武両道に秀で、天下にならぶところのない者となった。
やがて彼は、東海から現れた恐ろしい蛇のようなうぞうぞした怪物、悦蛇と対峙することになるのであったが、それはまた別のお話。
いつかまた、別の時に話すことにしよう……。
明日、更新!