兎児編1 ふたなりの兎児はお世継ぎを産むのこと
さて、美少年は猿と結婚し、ウサギは宮中に嫁入った。
それから、十月十日後……。
ふたなりの兎児は、元気な赤ん坊を出産した。
「おお、金玉、よくやったぞ!」
帝は金玉――と思っているところの、兎児の枕元にかけよった。
側には元気な赤ちゃんがいる。
「ボク、がんばったピョンよ」
「帝、健康な男の子ですぞ」
侍医の華駄が報告する
「おお、でかした!」
国中は喜びの声に包まれ、お祝いムード一色になった。
帝は政務を終わらせると、いそいそと妻子のもとに向かうようになった。
丞相も「これで我が国は安泰だ」と思いながら、帝につき従った。
帝は、自分で息子のおむつ替えまでやりたがった。
「――ん? なんだ、これは」
帝は、裸の赤ん坊の尾てい骨あたりに、妙なものがあるのを認めた。
それは白い、ふわふわした、尻尾のようなものだった。
「白い毛……白猿……金玉、まさかやつの子かっ!?」
「ピョン!? そんなこと、あるわけないピョン!」
兎児は新婚初夜から、臨月に至るまで、帝の白いものを注がれっぱなしだったのだ。
「では、なぜこの子に尻尾が生えておる!」
――それはボクが本当は月のウサギだからピョン。
といえれば、どれほど楽だったろうか。
だがそういってしまえば、必ずや帝と白猿の争いになるだろう。
また兎児も、帝の寵愛を失いたくなかった。
「そ、それは……」
「ご安心ください、帝。これは単なる先祖返りですよ」
侍医の華駄が口をだしてきた。
「世間には、脇の下にもうひとそろい、乳のある女子がおります。
それは副乳というんですな。
女媧さまが人間を作った時、牛の土と混ざってしまったんでしょう。
そういうふうに、動物の血が混ざることも考えられ……」
華駄は、まあまあ医学的に正しいことを言おうとしたが、帝は頭に血がのぼっていた。
「血か! これはあの化け猿の汚い血なのか!」
「陛下、落ち着いてください。今は猿そっくりですが、人の子とはこんなものです。もう少しすれば、様子も変わります。陛下のお小さい頃にそっくりですよ」
「余に尻尾など生えておらぬわ!」
丞相がとりなそうとしたが、とりつくしまがなかった。
「金玉……おまえが私を裏切るとはな!」
「ボクはずっと帝の側にいたピョン! いつ浮気できるピョン!」
「あやつは妖猿だ。妖術を使って、宮廷に忍び込んできたのではないか?」
――その頃申陽は、仙術の免許をとるため、必死に講習に通っていた。
金玉の里帰りをスムーズにするためだ。
「私が寝入った隙に、あの化け猿と密通していたのだろう! おまえもか、金玉!」
――これは呪いなのか……!
帝は、自分の先祖が化け猿に妻を寝取られた時の悔しさを、ありありと追体験していた。
「尼寺へ行け! いや……いっそ、私の手にかかって死ね!」
帝が兎児に手をのばそうとした瞬間――。
「何事ですか、騒々しい」
重々しい声がした。
冠をかぶった威厳ある女性が、供の者たちをたくさん引き連れ、部屋に入ってきた。
「母上!」
「皇太后さまっ、ピョン!」
側にいたおつきの者たちは、サッと膝を折った。
「わらわの初孫は元気かえ?」
皇太后は、何事もなかったようにたずねる。
「母上、この赤ん坊は、私の子ではありません! この尻尾を見てください!」
「ふむ……」
皇太后は、赤ん坊のふわふわした尻尾を見やった。
「金玉が私を裏切ったのです!」
「皇太后さま、ボクは無実だピョン!」
「天佑よ、それはおまえが弱いからです」
「……母上?」
「おまえの精子が弱いからいけないのです。
もしもおまえの精子が元気であれば、他の男の精子に打ち勝つことができたでしょう」
「そ、そんな? 金玉が不貞をはたらいたのですよ!」
「この世は弱肉強食。強い者が勝ち、弱い者が負ける定めです。
おまえの精子は、他の男の精子に負けた。
おまえが荒淫にふけり、精子をあたら浪費していたからではありませんか?
これすべて、おまえ自身の弱さが招いたことです」
――母親から言われたくない言葉のオンパレードだった。
「寝取った寝取られたなど、ささいなこと……最終的に、子を孕ませた者が勝つのです」
「では、私が負けたと……?」
「天佑、強くなるのです。誰よりも強く……それが帝たる者の定めです」
――スパルタ教育だった。
皇太后はおつきの者たちを連れて、しずしずと去った。
帝は拳を血の出るほど強く握りしめて、ただ立ち尽くすのみであった。
帝は皇太后にたしなめられた後、
「その子には猿客と名づけよ」と言い捨てて、部屋を出ていった。
これは「猿の客人」という意味である。
モロに浮気を疑っている。
兎児は「そんなヘンな名前、絶対にイヤピョン!」と主張して、
まだ届け出は出さないでいたのだが……。
以下、次号!